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第三話 「冒険とは言えない何か」

 


 三大迷宮と呼ばれるダンジョンには、それぞれテーマがある。

 その中の一つ、タオラル大迷宮のテーマは「竜の住処」だ。

 中層以降のフロアでは、知恵の回るリザードマンや、強力で強大な地竜や飛竜とエンカウントすることもざらにある。運が悪ければ、それらが徒党を組んで冒険者を追い詰めることもあるという。


 しかし、十層以下、低層と呼ばれるエリアは、その限りではない。

 タオラル大迷宮・低層域第九階層にて。

 俺はもう数えきれないほど繰り返してきた作業を行っていた。


「相変わらずすばしっこい……」


 目の前では、四足を忙しなく動かし必死に逃げる標的の姿があった。

 標的の名はコリザード。同種のリザードより二回りほど小さく、体長は小犬ほど。

 口から火を吐くことができ、素早い脚をもっている蜥蜴型の魔獣。地竜の亜種。

 こう聞くと強そうに聞こえるが、そんなことはない。


 火を吐けると言っても火花程度のもので、頭も回らないのだ。

 辺り一帯は木々が囲んでいる森林地帯。

 木を使っての回避や、登って隠れるなどすればいいのに、しようとしない。

 基本的に徒党を組むこともない。ようするに、ただの雑魚モンスターである。


「【炎よ焦がせ(フレアム)】」


 俺は人差し指を標的に向け、呪文を唱えた。

 炎系統の初級魔術が炸裂し、標的の左脚で炎が燃え上がる。


「グギャッ!?」


 体勢を崩し、小竜(コリザード)は地面に突っ伏した。

 左脚は真っ黒に焦げ、唾液まみれの長舌が口の中からチロりとはみ出す。

 俺は痙攣している標的に歩いて近づき、背に負う剣の柄に手を伸ばした。

 力を込めると、手の甲で棒人間が開脚したような『大』の紋章が白く光る。


「ふん!」


 勢いと共に、剣を小竜の首筋に突き立てる。


「グゲェッ」


 小竜はもう一度素っ頓狂な声を上げ、遂には力尽きた。

 約三秒後、小竜はその体を霧散させ、宙に灰が舞った。

 コトンと落ちる魔石を拾い、俺は小石並みの大きさのそれを背中に背負うバックパックに収納する。


 俺は立ち上がると、ふぅと息を吐いて再び目的地に向けて歩き出す。

 歩みを進めていると、木々の隙間から青く光る湖の姿と、次の層へと繋がっている巨大な鉄塔が見えた。


 あの鉄塔の中には螺旋階段が入っており、それを登ることで次層へと到達できる。

 基本的に迷宮内で冒険をする際は、フロア内にあるあのような鉄塔を目指すのである。

 無論、細い曲がりくねった道を探索する際は、鉄塔の位置を視認することは難しいが、現在、四十階層までは冒険者とギルドの協力によって地図が公布されている。


 俺の今回の到達予定階層は第十二階層。

 過去何度も上ってきた道のりだ。経路など考えずとも分かる。


「よーし、あと少しで休憩できるぞ」


 間食で持ってきたチーズパンと、途中で採集した迷宮の果実に胸を躍らせ、俺は歩みを再開した。



         ◇◆◇



 湖前の砂場に着くと、すっかり重くなった腰を下ろした。


「……ふぅ、ようやく到着っと」


 辺りには白い砂浜と絶景の青、そして次の階層に続く鉄塔があった。

 暖かな風が吹き、体中の疲労が癒されていく。


 ここはダンジョンの中に存在する、安全地帯と呼ばれる場所である。

 次の階層へと続く鉄塔の付近には、この安全地帯か、階層主の生息域かのどちらかが存在する。

 しかし、階層主が生息するのは十層ごとである。ここ九層に階層主はいない。

 代わりにあるのが、綺麗で透き通った湖の景色なのである。


 ここまで来るのに、おそらく六時間程度は経っているだろうと体内時計と経験から予測した。勘というやつである。

 といっても何の根拠もないというわけではない。

 大体いつも早朝に出発して十層まで到達し、街に戻るのは日が落ちたころなのだ。

 その約半分だと思えば、あながち外れた予測というわけでもないだろう。


「ふぅ……はぁ……」


 ここ二十数年ですっかり慣れてしまった迷宮攻略といっても、中年の体には堪えるものだ。思わず仰向けになり、迷宮に浮かぶ疑似的な空を見上げる。

 そこには青空が広がっていた。

 ぼーっとしていると、まるで日の光に照らされたような感覚を得ることもできる。


 無論、本物の青空ではない。迷宮の壁には発光する魔石が埋め込まれている場合が多く、この青空も、そうやって作られているものなのである。

 時には誰が置いたかも分からない松明が燃えていて、それが通路を照らすこともある。

 発光するものが何もなく真っ暗な場合は炎の魔術に頼るしかないが、極まれといっていいだろう。


「よし、そろそろ飯にでもするか」


 俺は呟いて、バックパックの中から回収してきた魔石の山の底に手を伸ばす。

 がさごそと手の感触を頼りに探し、チーズパンを三個と、途中で拾った赤い果実を取り出した。


 赤い果実の名は苺林檎(モリンゴ)

 イチゴとリンゴの味を足して二つで割ったような、酸味と独特な食感で冒険者に人気の迷宮果実である。

 俺は懐からナイフを取り出すと、手際よく皮を剥き、噛り付いた。

 口の中で酸味が弾け、シャキシャキとした食感と中心部にある柔らかな果肉からは微かな甘味が流れ出す。自然に喉がごくりと動いた。


 俺は続いて、流れるような手際で三つのチーズパンを鉄串に刺す。

 先の戦闘と同じ炎の魔術を、最低限の威力に抑え、指先に灯す。

 そこに串に刺さったチーズパンを持っていくと、パンの表面についているチーズが溶けだし、その姿を覗かせる。

 俺は思い切りかぶりつき、空腹を訴える胃の中に落とし込んでいった。


 ……それにしてもこのチーズパン、いつ買ったやつだっけ。

 見ればちょっと端の方が黒くなっているような……。


「うん、まぁ……」


 美味かったから良し、ということにした。



         ◇◆◇



 しばらく湖の前でぼけーっと寝ころんでいたが、そろそろ進まねば夜中にも帰れないと思い、立ち上がった。


 空には相変わらず疑似的な青が広がっている。

 時間感覚が鈍ってしまうが、おそらくもう、外は日が完全に落ちた時間帯であろう。

 しばらく寝ていたため、体が全体的にダルい感じだ。

 俺は気分を変えるため、顔を洗おうと思い湖の前まで進んだ。


「…………」


 そこには、ただただ酷い中年男の姿があった。

 水面に映るのは、いつからか剃り忘れた無精髭。青黒い隈が浮かび上がるやつれた顔。

 だらしなく膨れ上がった麦酒(ビール)腹。

 ライカが酷い顔面だ、などというのも仕方がないなと思った。

 思えば、人に会うことも極端に減っていたから、容姿に気を遣うことも忘れがちになっていた。


「……ここに来た頃は、違ったんだがなぁ」


 十五の歳で踏み入れた冒険者の世界。

 夢と希望に溢れていた当時を思うと、恥ずかしくも、眩しいと感じてしまう。

 毎日が冒険の日々だった。パーティーメンバーの実力に追いつくため、最強に並び立つために何でもやってやるって、死ぬことなんて怖くないって、本気で思っていた。


 あの人に追いつきたい。

 遥か先を行く彼女の、あの日の覚悟の隣に立てる男でいたい。


 その想いは、パーティーを解雇されてからも変わらなかった。

 適正がないなんてことは分かっていたが、魔術の訓練も続けていた。

 剣を毎日振り、弓や戦斧、短剣や槍なんてものにも手を出した。

 身体能力をさらに上げるため、戦闘の経験を積むため、深夜も一人で迷宮に潜った。

 単独で二十層踏破だなんていう、当時のレコードを叩き出したこともあったっけ。


 思えば、一体いつから自分はこんな風になってしまったのだろう。

 その疑問は、虚無を感じる深夜のベッドの上で、何度も考えた。

 けれど、何度考えてみても、心を折るような明確な出来事なんてなかった。


 ただ、訓練を続ける毎日。

 迷宮に潜り続ける毎日。

 それが途切れて、冒険をしなくなったのは、何の変哲もない平日だった気がする。


 いつの間にか夢を叶えることじゃなく、追いかけることが目的になっていて。

 それに気づき、自分の弱さに絶望する日々の中。

 自分でも気づかぬうちに、夢を追うことをやめていたのだ。


 夢という言葉は残酷で、まるで毎日首を見えない縄で締めつけられているようで。

 身体中を巡り、脳をも犯す毒のようでもあって。

 弱い自分を変えられず、結果が出ない日々に紋々として。


 苦しくて、苦しくて、苦しかったから。

 忘れられないくせに忘れようとして、俺はよくやってる方だなんて毎日言い聞かせて。

 そんなことをしていたら中年のおっさんだ。

 時間は、あまりにも残酷に過ぎていってしまった。


「何やってるんだろうな、俺」


 やつれた顔を見て、俺は自嘲的に笑った。

 大して強くもない魔獣を倒して。

 換金して得た金と酒が尽きたら、また迷宮に潜るような日々。

 迷宮の中で一番感情が動くのは、何か飯を腹に入れているとき。


 ――こんなもの、冒険とは言えない何かだ。


「……馬鹿みてぇ」


 俺は湖に踵を返し、鉄塔とは逆の方向に歩き出した。



 迷宮壁の魔石から漏れ出る燐光が、丸くなった中年男の虚しい背中を照らしていた。



         ◇◆◇



 おかしい、と俺が思ったのは、迷宮の第五層まで下りたときであった。

 タオラル大迷宮の第一層~第五層までは、他の層と異なり、ほぼ一直線の通路を渡るだけである。魔獣は現れるが雑魚ばかりで迷いようがないので、鍛えられた冒険者が走れば三十分もせずに五層までなら上がれるだろう。


 冒険に向かおうとすれば、通らずにはいられない通路。

 それゆえに、この状況はおかしい。

 通路を歩けども歩けども、誰一人として出くわさないのだ。


「……はぁ、はっ」


 焦りからか、いつの間にか先を急ぐようになり、ついには走り出していた。


 第一層まで下ると、違和感はさらに大きくなった。

 迷宮の出入り口付近を見やると街には嵐のように雨が吹き付けているのであった。

 天候に左右されない迷宮を出たら、外は嵐だったなんてことは冒険者をやっていれば何度か体験することだ。


 しかし、何か……何か、胸騒ぎがする。


「…………っ」


 しん、と静まりかえった通路の中を、俺は胸に焦燥を抱えたまま走り抜けた。



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