第二話 「中年中級冒険者ラベル・エルレイン」
冒険者の街エルフレイア、ボロボロの借家にて。
多くの者が寝静まり、街の喧噪も落ち着く深夜。
とある中年の男は横になって腹を掻きながら麦酒を呷っていた。
「ふぃ~……」
男は酒瓶から手を離すと、床に雑多に置かれている書物の一つに手を伸ばす。
「うっひょ~、えっろ」
書物の表紙には「あわれ姫騎士、触手まみれ! 4」と書かれていた。
最近庶民の一部で話題のエロ同人絵巻物と呼ばれるものであった。
床の上には酒瓶の他にカチコチに固まった羊皮紙も散乱していた。
「ふむふむ、ほうほうほう! んふふふふふ! エッッッッッ」
男は同人書物を、書物に穴があくほど見入っている。
ページを一つめくるごとに笑い声と酒が止まらない。
そして最後のページを捲る直前、男はあることに気付いた。
「酒が無ぇ……」
気分が削がれた男は立ち上がり、部屋の隅に置いてあった直方体の魔道具に向かう。
魔道具とは魔力を注ぐことで効果を発揮する魔術的な武器や便利アイテムのことだ。
そして魔道具の中には、表面に刻んである五芒星の印に注がれた魔力の分、駆動し続けるものも存在する。
長期的な使用を前提としたそれは、庶民の間でも欠かせないものになっていた。
男は『冷蔵箱』と呼ばれる魔道具を開くと、落胆の溜息をつく。
「やっぱりアレで最後だったか……」
冷蔵箱の中身はすっからかんであった。
ということは酒がなくなったということである。
ということは働かなければならないということである。
男は冷蔵箱には麦酒しか置かない主義であった。
そして酒が無くならなければ働かない主義であった。
「仕方ねぇ。明日、久々に冒険でもするかな」
男はそう呟くと、フラフラとした足取りで酒瓶だらけの床に頭をぶつけ、気絶したかのように深い眠りについた。
男の名はラベル・エルレイン。三十五の夜の出来事であった。
◇◆◇
翌日。朝日が眩しいなと思っていたら昼になっていた。
「まずいな……」
大急ぎで革製の軽装備に着替え、『俺』は鉄の剣を背負って借家を飛び出した。
ギルドに着くと、玄関ホールで営業している酒場は昼間っから繁盛していた。
酒場をすり抜け、ホール奥にある受付所へと向かう。
冒険者への応対は五人の受付嬢が行っていた。
その中でちょうど真ん中の受付嬢……中級冒険者になった日から担当になった受付嬢ライカを待つ列に並ぶ。
俺の番が回ってくると、受付嬢ライカはその分厚めの金髪ツインテールをモミモミしながら興味なさげな口調で言った。
「あ、ラベルさんお久しぶりっす。うっわ相変わらずヒドイ顔面してますね。本日はご依頼ですか冒険ですか?」
「なぁその前置き必要か? 三十五のおっさん虐めて楽しい?」
「ぶっちゃけすっげえ楽しいっす。ところでご依頼ですか冒険ですか?」
俺は、自分より十八も年下の未来ある担当アドバイザーに憎々し気な視線を送ってから答えた。
「……冒険だよ。十層までのフロアで何か新しい依頼とかあったか?」
「無いっすね。ラベルさんの未来も何も無いっすね白紙っすね超ウケる」
「いやウケねぇから」
俺は頭を抱えた。
別にライカの暴言に心がダメージを負ったわけではない。
ライカとはもう二年もアドバイザーと冒険者という関係を続けているし、彼女が思春期に突入する前からの付き合いも長い。悪口暴言罵詈雑言誹謗中傷にはもう慣れていた。
俺が頭を抱えた理由はただ一つ。
報酬の著しい低下である。
冒険者には主に二つの収入源があるが、そのうちの一つが問題なのである。
まず、魔獣を倒した際、魔獣は肉体を灰に変え魔石を落とす。
これはギルドに持っていけば依頼とは関係なく換金してもらえるので、特に問題はない。これが一つ目の冒険者の収入源となる。
問題なのは、二つ目の方だ。
魔獣は時折、角や毛皮、目ん玉などをドロップすることがある。鍛冶屋や魔道具屋の依頼に合わせてこれらをギルドまで持ってくると、報酬を受け取ることができる。つまりこれが二つ目の稼ぎ口ということになる。
しかし、そういったドロップアイテムは、放っておくと死体の大半と同じように一日も経たずに灰になってしまう。それらは加工しないかぎり、その形を保つことができないのである。
だからこそ迷宮に長く潜るようなベテランパーティーは戦闘も可能な鍛冶師や魔道具製作師を連れていくことが多い。その場で武具を作ってもらうか、個人に直接交渉するためである。
よっぽどレアなアイテムをゲットすればギルドも交渉に応じてくれるだろうが、俺が主戦場としている十層までのフロアで、それほど希少な物が落ちることはない。
「はぁ……」
今週は三日も働かないといかんのか。
ホントは家に帰って酒飲んで同人書物読んでオ〇ってゴロゴロしたいのだが、働かなかいかんのか。
俺は心の中でそんな愚痴をこぼした。
俺はできることなら働きたくないのであった。
だが、文句を言っていても仕方がない。
そもそも俺は中級冒険者。本来であればもっと先の階層まで到達できるのだ。
依頼をこなせないのなら、今日は十二層辺りまで進んでみよう。
そう思った俺は、ライカに手渡された冒険許可証に「本日の到達予定階層は十二階層」と書き、提出した。
そこまですればもうここに立ち止まっている理由もない。
踵を返し迷宮に向かおうとしたが、そんな俺をライカが呼び止めた。
「あ、そうだラベルさん、一ついいっすか?」
「なんだよ。まだ嫌味あんのかよ早く言えや耳塞ぐから」
耳を塞ぐジェスチャーをする俺の手を払い、ライカは告げた。
「最近、迷宮が活発化してるって報告が上がってるっす。おそらく『魔の期間』の影響っすけど、くれぐれも気を付けて」
「あーもう、そんな時期か」
魔の期間。
秋から冬に変わるおよそ十一月~十二月の間、空気中の魔力が溜まる『魔力溜まり』が起きやすくなる期間のことである。
魔力溜まりは魔獣たちの凶暴化や迷宮の活性化を促すのみならず、かの『魔災害』の発生も引き起こすのだ。
この期間中は、世界のどこに居ようとも完全に安全とは言い難いのだが……。
「わかった、気を付けるよ」
俺は言い、ギルド本部を立ち去った。
タオラル大迷宮はギルド本部からほど近い場所にある。
目的地に向かい、俺は歩みを進めた。
辺りは暗く、思わず視線を空へと向けてしまう。
空には分厚く広がる雲の鉛が、日の光を覆い隠していた。
こりゃ一雨来るな、などと俺は心の中で嘆息した。
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