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第十三話 「ともに」

 

 秘密を教えると言われ、俺が連れていかれたのはリュナの家だった。

 残っている訓練を思うと後ろ髪を引かれる思いもあったが、さすがにこちらを優先した。

 まぁ、できなかった訓練の分は、後で補填すればいいだろう。

 とりあえず移動中はふくらはぎを鍛えるために爪先立ちで歩いた。


「……はぁ」


 リュナはそんな俺を見て、死んだ魚のような目をしていた。



         ◇◆◇



「おじゃましまーす」


「おじゃまされまーす」


 軽口を叩き合いながら、リュナの家に足を踏み入れる。

 俺の家の隣にあるリュナの家は、白を基調とした木造建築の家だ。

 大きさはだいたい俺の家と同じくらい。

 二人暮らしだと相当広くなってしまうのではないかとリュナに聞いたが、どうやらそうでもないらしい。

 おじさんの職業柄、置かなければならない本が山ほどあるのだとか。

 書斎も、おじさん用とリュナ用で二つあるらしい。


 リュナもかなりの読書家だったよなぁ、などと思いながら廊下を歩いていると、奥の方から唸り声が聞こえてきた。

 何事かと聞くと、提出しなければならないレポートの期限が迫っているらしい。

 頑張っている中年のおじさんを思うと、涙がちょちょぎれる。

 同時に何も頑張れなかった前世の自分を鑑み、自己嫌悪に陥りそうになる。

 だがまぁ、クヨクヨしたって仕方がない。

 失敗が見つかったのなら、それを埋めるための努力で改善すればいい。

 この切り替えの早さも、俺が日々の訓練の中で得たものの一つだった。



         ◇◆◇



 思えば転生する前は、俺の部屋で遊ぶことはあってもリュナの部屋に行くことはなかったな……などと思いながら部屋に入ると――、


「……」


 ぶわりと本の匂いが飛び込んできた。

 見渡す限り本、本、本の山だった。

 本以外にあるのは、机とベッドと本棚くらいだった。


「何というか、リュナらしい部屋だな」


「おや、また知ったような口を利くんだね。この一年無視を決め込んでいたくせに」


「まだそれを引っ張りますか……」


「そりゃあね、というか慣れ慣れしくない?」


「ぐっ」


 ニヤニヤと笑うリュナ。

 ……何というか、その。

 憧れで、小さな頃は姉のように慕っていたリュナと対等に喋ることができると思ったらついテンションが上がってしまった。

 少し心配になる。

 コミュ力が原因で縁を切られるとかならないだろうな、という心配が胸を支配する。


「ん」


 俺が長々と思案していると、リュナは呟きながら指を差す。

 そこに座れということだろうか。だが、そこにあるのは椅子などではなく本の山である。


「あのー、机の前にある椅子とか、使わせていただけませんか」


「そこはぼくが使うからダメ」


「机の上は?」


「行儀が悪い」


 本の上はいいのに?


「じゃあせめてベッドの上とか」


「ふーん、エッチだね」


「どうしろってんだよ!?」


 リュナは楽しそうにくすくす笑った。

 さすがに本の上に座れというのは冗談らしく、俺はベッドに腰かけることを許可された。

 だがなぜか、リュナは隣に座ってきた。


「なあ、椅子使うって言ってなかった?」


「ここはぼくの部屋だ。つまりはぼくがどこの何を使おうとぼくの自由というわけだ。違うかい?」


「いや違わないけど」


 食い気味過ぎじゃない?

 俺はあえてツッコむのをやめた。代わりに本題を切り出すことにする。


「それで、リュナの秘密って何なんだ?」


 俺が問うと、リュナは少しむくれた。


「むー、君はもう少しムードというやつを考えた方がいいんじゃないかな」


「そんなことに思考を割いている時間はない。訓練の時間が減るからな」


 だいたい、場所を移した意味も分からなかった。

 あのままあの場所で話を続けてもよかったし、何なら滝行の後、魔獣を狩りながら話せばよかったんだ。

 そんなことを言うと、リュナは再び死んだ魚の目をしていた。


「うん、君に期待したぼくが悪かったよ……」


 溜息をつき、リュナは立ちあがった。

 そして机の引き出しに入っていた一冊の本を取り出すと、それを抱えて持ってくる。


「ねぇ、君はこの本のこと、知っているのかな?」


「その本は……」


 差し出されたのは、全体的に真っ白なデザインをした分厚い本。

 銀の文字で『リゼ・マリベールの奇跡』という表題が彫られている。

 表紙には、一人の女性が杖を掲げている。

 もちろん知っていた。……知らないはずが、なかった。

 俺が本を見て微妙な表情をしていると、リュナは微笑を浮かべた。


「その反応は、知っていたみたいだね」


「……ああ、まあ、な」


 だって、前世で何度もリュナと読み返した本だったから。

 そして、リュナがどの本よりも大切にしていた本だったから。


「読んだことがあるなら、分かると思うけど。表題の通り、ここにはリゼ・マリベール……ぼくの母の活躍が描かれている。冒険譚の数々に偉業、そして、その死に様さえも、ね」


 リュナは悲しげな表情を浮かべ、本を抱き締めた。


 彼女の母、リゼ・マリベールは英雄だった。

 冒険者だったが、実力は抜きんでており、当時の勇者たちに匹敵するほどの魔術を扱っていた。

 当然、力ある者は、その力を求められる。

 そしてリゼ・マリベールはそれに応えられるだけの力を持っていた。


 今から三年前。

 エルフたちの住む国、フェアリスで起こった魔災害で、彼女は命を落とした。

 本来、魔災害は人族の土地でしか発生しないし、亜人族を狙うことはない。

 しかし、魔災害にはイレギュラーがある。

 人族ですら対応に四苦八苦する魔災害にさらされ、フェアリスは崩壊するはずだった。


 だが、民間人の被害はゼロだった。


 そんな奇跡を起こしたのが彼女で、代償となったのも、また彼女だった。

 彼女の没後すぐに、彼女の仲間の一人が書き上げ、大ヒットセラーを叩き出した英雄譚。

 それが『リゼ・マリベールの奇跡』なのである。


「ところで、ラベルくん、ぼくね、生まれる前からの記憶があるんだ」


「…………え、えっと……?」


「ふふっ、驚いた? これがぼくの秘密」


 思わぬ彼女の発言に俺は驚愕する。

 口を開けたままの俺を置き去りにして、彼女は平然と続ける。


「あ、でも、生前の記憶はふわふわとしたものだよ。何か雲の上みたいなところでぷかぷか浮いていると思ったらお母さんの腹の中に入っていて……ずっと、彼女の声を聞いていた。彼女の凛々しい声もぼくを呼びかける優しい声も、全部覚えている」


 リュナは懐かしむように目を細める。


「それからぼくが生まれて、僅かだったけど、不器用でぎこちなかったけれど、温かく接してくれたことも。そして、彼女が死んだ日のことも、ぼくは全部覚えている」


「……」


 リュナの話を聞き、俺は一人納得する。

 異様な記憶の集積が、彼女の年齢離れした精神を作り上げたのだ。

 そしてそれが、彼女の強さや聡明さの理由なのだ。


 恐らく、彼女は圧倒的な早さで自己の意識を獲得した。

 確かに記憶を含め、魔力量など、才能の部分もあるのだろう。

 だが、彼女を強者たらしめる理由は圧倒的な『経験』にあるのだ。


「ねぇ、ラベルくん」


「……なに?」


「ぼくはね、お母さんみたいになりたいんだ」


 リュナは、ぽつりぽつりと母への……憧れた英雄への想いを告げる。

 自分の持てる力すべてを使って人々を守った彼女のようになりたいという願いを。

 それが、彼女の「強くなりたい」理由。

 けれど、俺はすでに知っていた。何度も転生前に聞いていたことだから。

 そして思い出す。なぜ俺はリュナに固執していたのか。

 どうして俺は、彼女の隣に立ちたいと思っていたのかを。


「だったらさ」


「うん?」


 俺は、懐かしむような表情の彼女の前に、拳を突き出す。

 息を吸って、吐いて。彼女を真っ直ぐ見つめて、口を開く。



「俺は、リュナを守れるくらい強くなる。

 そうすれば、誰も悲しまなくて済むだろ?」



 いつの日かした約束。

 今の彼女とは初めて交わす約束の続きを、する。


「俺は、強くなる。誰よりも強くなろうとする君を、誰よりも強くなるであろう君を、世界に祝福された君を、守れるくらい強くなる。だから――」


 固まる琥珀色の瞳を見据えて、俺は告げる。


「奇跡を起こすなら、俺と一緒に起こしてくれ」


 彼女が心配だから、彼女を戦いから遠ざける?

 そんな無粋なことは、もう言わない。そんな形を望んでいたわけでもない。

 俺は、戦う彼女の、隣に立ちたいのだ。

 リュナ・マリベールは、俺なんかがいなくたって英雄になれる。

 実際、生前の世界で彼女は英雄になった。誰もが憧れる勇者に。


 俺の力なんか、きっと彼女は望んでいない。


 それでも、俺が「こうしたい」と思うから。俺自身が「こうありたい」と願うから。

 だから、俺は拳を向けたまま、彼女から視線を外さなかった。

 場を静寂が支配する。そしてそれを破ったのは、彼女の抜けるような笑い声だった。


「ぷっ、くくっ」


「おい、なぜ笑う」


「だって、君がクサすぎるから……ぷくくっ、ははっ……」


 リュナは口を押さえ、頬を赤く染めて笑っていた。

 笑いすぎたのか、目尻には涙が溜まっている。

 彼女は笑みを浮かべたまま、俺の拳に自分の拳を重ねた。


「分かった。ともに…‥ぼくは君と共に居よう。まぁ、君がぼくに追いつけなくなったらそれまでだけどね」


 余計な一言、と俺は揶揄することができなかった。

 肝に銘じ、俺はゆっくりと首肯した。


 この日から、俺とリュナは協力関係を結ぶことになった。





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