09:幕間 密談(Side:キャロ)
2021/07/12 更新(2/2)
ぱたん、と音を立ててネレシャに連れられたアーテルが部屋を出て行く。
二人が遠ざかったのを注意深く窺っていたレドヴィックが、表情を引き締めて私へと顔を向けた。
「キャロ、幾つか悪い報せがある」
「朗報はないの?」
「あってくれたら、どれ程良かったか……」
はぁ、と大きく息を吐き出しながら、傷がついた禿頭を乱暴に手で掻くレドヴィック。見た目は厳ついけれど、面倒見が良くて優しい子だ。
それ故に苦労を抱え込んでしまい、元から強面な顔が更に凶悪になっているのが可哀想なところだ。
「それで、悪い報せって?」
「とあるハンターチームが、デュラハンを討伐したハンターを探してるそうだ」
「ハンターチームが? 私を?」
「あぁ、『黎明の空』っていうSランクのハンターチームだ」
『黎明の空』。レドヴィックに告げられたチーム名に私は眉を上げてしまった。
「レドヴィック、そのチームって」
「あぁ。……アーテル・アキレギアが所属していたハンターチームだ」
私が『黎明の空』というハンターチームを知っていた理由が、正にそれだ。
「今から三年前か。アーテル・アキレギアがデュラハンと遭遇して、死んだとされたのは」
「それまで彼女が所属していたチームが『黎明の空』」
「あぁ、優秀なチームだよ。若年ながらAランクの認定を受けるまで早く、すぐにSランクになって栄光を掴むだろうと言われていた。アーテル・アキレギアはメンバーの一人だった。ただ、他のメンバーが華やかな活躍をする中で目立ってないと言われていたがな」
「それで『黎明の空』はアーテルを実力不足としてチームから脱退させたんでしょ?」
「あぁ。その後、アーテルは所属していたハンターギルドの勧誘を受けて、ソロで活動をしていた。アーテルが抜けた『黎明の空』はSランクの認定を受けるために、もっと大きなギルドへと所属を移した」
「でも、その後にアーテルが新米ハンターの教育を引き受けていた所で……」
「デュラハンと遭遇したと言われている。もしも、『黎明の空』が所属を移していなかったらアーテルは死ななかったかもしれない、と囁かれもした」
「……で? なんで、その『黎明の空』がデュラハンを討伐したハンターを探してる訳?」
「詳しくは知らん。だが、噂によれば……『黎明の空』がSランクの認定を早めようとしたのは、デュラハンの討伐資格を手に入れるためだとも言われている」
魔物につけられるランクは、その脅威を示すものだ。冒険者のランクも魔物のランクと連動しており、基本的にランク以上の討伐依頼をハンターは受けることが出来ない。
下から順に、D、C、B、A、Sでランク付けをされていて、Dが新米でも対応出来る脅威度で、多くのハンターがここで基礎を学ぶ。Cで新米から正式にハンターとして認められた駆け出しが対応出来る脅威度。
Bはベテランが対応出来る脅威度であり、Aは飛び抜けた実力者が必要となる脅威度で、ハンターにとってはエリートの証明でもある。
そして最高位のSランク。放置すれば危機的な脅威であるため、即座に対応が求められる。
Sランクのハンターともなれば各国からも認められ、ハンターギルドでは一部特権すら持つことが可能だ。その分、責任や義務などは重くのし掛かるけれど、ハンターたちの目指すべき目標なのは間違いない。
「じゃあ、何? Sランクの認定を受けるのはデュラハンを討伐するためだって言うの? なんでかしら? 脱退させたメンバーと言えども、アーテルに情が残ってたからとか?」
「そこまでは詳しくはわからん。ただ、アーテルが抜けた当時から周囲も少し不思議がっていたからな。元々、『黎明の空』は仲の良いハンターチームだったと聞いている。アーテルの脱退も合意の上で、特に揉めたという話も聞かない」
「それだったら、やっぱり仇討ちだったのかしら? じゃあ、私はその仇討ちを横から掻っ攫ったってことになるのね。あぁ、でもアーテルは生きているのだから、感動の再会って話になるのかしら?」
「それだったら俺も悪い報せとまでは言い切らねぇよ……」
「……何か厄介な事情でも?」
「『黎明の空』には、〝精霊使い〟がいる」
〝精霊使い〟。その単語を耳にした私は、思いっきり眉を寄せてしまった。
「……つまり魔道具を介さずとも魔法を使えるってことね。亜人ともまた違う、純粋な精霊の申し子にして、真の意味での〝魔法使い〟」
「あぁ。だから『黎明の空』は精霊教会との繋がりが強い。最近では、ハンターギルドよりも精霊教の信徒としての活動の方が多いと言われているぐらいだ」
「あぁ……相変わらずハンターギルドと精霊教会の仲は微妙ねぇ」
精霊教会とハンターギルドの関係は複雑だ。精霊教会は精霊を尊ぶ教えを広めているけれど、魔物を穢れとして扱っていて魔物や亜人は排斥すべきだという思想を持っている。
ハンターギルドは魔物の素材などをハンターから買い取り、それを市場へと卸しているので精霊教会とは相容れない。
「中には精霊教会に同調するハンターギルド支部もあるからな。魔物の駆除はするが、素材などはそのまま破棄することになる。俺からすれば勿体ない話だがな」
「精霊石とは違って、魔物の素材や魔石を用いた魔導具は一点もの向きの素材だというのも不要とされてしまう理由よね」
「魔物を駆除していけば精霊と人との接点が深まり、精霊使いの数も増えるだろうなんて教会は言ってるが、実際はどうなんだろうな」
「どうかしらね……」
魔法を使える人間というのは貴重だ。だからこそ素質ある人間を教会は囲い込もうとしている。
その人たちが願うのは、今よりもずっと多くの精霊使いが存在していたという、過去の時代への回帰だ。中には魔道具の存在さえ、自然の摂理に逆らうものだと言う極端な意見を持つ神官もいる程だ。
「……で、更に悪い報せなんだが、モルゲンの精霊教会はお前の情報を『黎明の空』にリークしたかもしれねぇ」
「教会が? なんでリークしたってわかったの?」
「近々、『黎明の空』がモルゲン支部にやってくると連絡が入ったからだ。話を持ちかけたのは精霊教会だそうだ。で、そちらにいるデュラハンを討伐したハンターにお目通り願いたい、と言ってきた訳だ」
「ふーん、成る程?」
「精霊教会の連中はキャロを目の敵にしてるだろ? だから『黎明の空』をお前さんに嗾けようとしてるんじゃないかと思ってな」
確かにレドヴィックの情報を聞くと、私にSランクのハンターチームをぶつけて潰そうとしていると言われると納得出来る。
「まぁ、私は悪名高いし、仕方ないわ。話して駄目そうなら力尽くでお帰り願うだけだけれども」
「キャロに万が一があると思ってねぇよ。お前さんを倒せるとしたら、伝説で語られるようなドラゴンぐらいだろうさ。ただ、アーテルの嬢ちゃんはどうするつもりなんだ?」
「アーテルの関係者なら、アーテルが説得して丸く収まってくれれば、と思うのだけど。肝心のアーテルの記憶は戻ってないし、これからも戻るとも保証出来ないのよね……それに、魔物を穢れとする精霊教会と関係が深いなら、今のアーテルも纏めて排除しようと動くかもしれない」
これは面倒な話だ、と私は溜息を吐いてしまった。どうして望まない厄介事というのはわざわざ向かって来るように起きてしまうのか。
「一応、出来るだけ足止めはするし、避けられるなら避けるように動くが……」
「いいわよ。もし私のところに来たいというなら家の場所を教えてくれれば。その方がモルゲンの迷惑にはならないでしょう? 街で騒ぎを起こしたとなれば、それこそ精霊教会が黙ってないだろうし」
「……すまねぇな、キャロ」
「〝レドヴィック坊や〟に心配されるほど、落ちぶれてなんかないわ」
「だー、もうっ! 坊やは止めろ! キャロが老けないだけだろうが!」
「人間の成長と老いが早すぎるだけよ」
この強面の男が、駆け出しの若きハンターだった頃からの付き合いだ。レドヴィックと出会ったのも何十年も前の話だ。
その間に人である彼は老い、自分は若い姿を保ったまま。それが私の抱える宿命だとしても、少しだけ、ほんの少しだけ思う所がある。
「とにかく、情報提供ありがとう。『黎明の空』と精霊教会には気をつけるようにするわ。アーテルにも、私から上手く伝えられるように努力する」
「あぁ。……なぁ、キャロ」
「ん?」
「俺は、アーテルの嬢ちゃんがお前さんと一緒に歩いてくれるなら一安心出来るからよ。上手くいくように願ってるぜ」
――俺は、どうしたってアンタより先に死ぬからな。
その言葉に、私は苦笑を浮かべるのが抑えられなかった。
「気持ちはありがたく受け取っておくわ」
貴方が私を置いていっても、その気持ちを忘れないためにね。