08:ハンターギルドへの勧誘
2021/07/12 更新(1/2)
レドヴィックさんと挨拶を交わした後、私とキャロはギルド長の執務室へと移動した。執務室にいた綺麗な秘書さんにレドヴィックさんがお茶を頼みながら、私たちはそれぞれソファーに座る。
「何か変わったことはあった?」
「ねぇよ。そう簡単にキャロに頼らなきゃいけないことなんて起きてたまるか。俺の繊細な胃が悲鳴を上げるぞ」
「繊細なんて言える顔付きしてないじゃないのよ」
「顔と胃を同じにするんじゃねぇ。中身は繊細なんだよ、俺様は」
軽い口調でやり取りするキャロとレドヴィックさん。そんなやり取りが出来るだけ二人は親しい仲なのはよくわかった。
その間に秘書さんがお茶を用意してくれて、一礼をしてから部屋を後にしていった。残されたのは私とキャロ、そしてレドヴィックさんだけになる。
レドヴィックさんは秘書さんが出て行ったのを確認してから、口を開いた。
「それで、キャロ。――その子が、例の〝死神〟デュラハンってことで良いんだな?」
「えぇ、そうよ」
私は、突然の話題に目を見開かせてしまった。身体が強張り、身構えてしまいそうになる。それを見たレドヴィックさんが慌てたように手を振った。
「安心しろ。俺は事前にキャロから説明を受けてる。お前さんの正体を公にするつもりはないぞ」
「デュラハンの情報を得るために協力してくれたのが、そもそもレドヴィックなのよ」
「そうだったの?」
「キャロには色々と貸しがあってな。それで良いように使われただけだ」
ふん、と鼻を鳴らして嫌そうにレドヴィックさんは呟いた。そんなレドヴィックさんの忌々しそうな視線を気にした様子もなく、キャロはお茶を飲んでいた。
「……で、お前さんはやっぱりアーテルなのか」
「……確かに私は自分の名前をアーテルだと思っています。でも、アーテル・アキレギアとしての記憶は思い出せていません」
「そうか。……いや、すまない。どうしても聞いておかなければならないからな。先程も言ったが、俺はお前さんの正体を公にするつもりもないし、キャロの庇護下にいるなら何かするつもりもない。そこは安心してくれ」
「自分が危険な存在だったことは自覚していますので、お気になさらず……」
私がそう言うと、レドヴィックさんは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。元々、厳つかった顔が更に凶悪なものになってしまう。
「お前さんがアーテル・アキレギアだって言うなら、むしろ俺はお前さんに感謝をしなければならない」
「感謝……?」
「お前さんが一人でデュラハンに立ち向かってくれたから被害が最小限で済んだ。お前さんは多くの命を救ったんだ。お前さんとの交戦の後、デュラハンはむしろ厄介な魔物を始末してくれたことで俺たちの仕事も減ったしな。無論、だからってお前さんを手放しに歓迎することは出来ない。そこは理解してくれ」
「……はい」
「もし、記憶を取り戻せたら改めてお礼を言わせてくれ。ハンターギルドを代表として、お前さんの献身には報いたいと思っているんだ。でも今、そんな話をされても困るだろう?」
「そうですね……」
レドヴィックさんの言う通り、私はレドヴィックさんの会話に合わせて頷くことしか出来ない。
私自身、そんな善行を為した覚えはないのに感謝をされても困る。むしろ厄介者として警戒された方が自然なんじゃないかと思う程だ。
あの悪夢のことを思い出せば、とてもじゃないけど自分が大丈夫な存在だと自惚れるようなことは出来ない。
「今後、どうするのかってのは決めてるのか?」
「えっと……特には。キャロの弟子になって、彼女の手伝いをするとは決めていますが……」
「そうか……それなら、アーテル。改めてウチのギルドにハンター登録をしてくれないだろうか?」
「え? 私がですか?」
「理由は幾つかあるんだが、まずウチのギルドは人が足りてない。特に高位ランクに対応出来る人材となるともっと限られてくる。実際、Sランク級の問題が起きた時に対応出来るのはギルド長である俺か、キャロぐらいだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
いきなり振られた話に私は思わず動揺してしまう。自分を落ち着けるように深呼吸をした後、レドヴィックさんと向き直る。
「いきなり言われても、その、困ります。それに私は自分にそんな実力があるとは思えませんし……」
「あぁ、何もいきなりSランクになってくれ、なんて言わねぇよ。出来ればの話だ。それに単純にウチのギルドに貢献してくれるなら些細な手伝いでも良いんだ」
「……そこまで困ってるんですか?」
「ハンターは本来、魔物討伐が主な仕事なんだが……ここは辺境の街でな、街の治安を守ってる自警団ぐらいなもんだ。こいつらが、その、いまいち頼りにならなくてな。そこで兼業しながら自警団の穴を埋めてる奴が多くてな。時には専業の奴だって、特別依頼ということで駆り出される事もある」
「大きな街だったらハンター専業で生計立てている人はいるけど、モルゲンみたいな首都から離れてたり、小さな街だとそれも難しいのよね」
キャロが補足するように説明してくれたけれど、私は何とも言えない顔を浮かべてしまう。
「でも、昼からお酒飲んでた人もいましたけど……」
「兼業は強制出来ないからな……あくまでウチはハンターを支援する組織であって、自警団の面倒までは本来、管轄外なんだよ。特別依頼だって、善意の協力という暗黙の了解があってのことだしな。そんな状況のせいなのか、遠くまで足を伸ばして活躍しようっていうハンターが育ちにくいのが現状だ」
「それで高位ランクが対応しなきゃいけないような魔物の処理が滞りがちなのよね。私はその報酬が美味しいから、どうしてもレドヴィックが困るような依頼は積極的に受けているのよ」
「お話はわかりました。それで私をハンターとして誘いたいと?」
「記憶が戻ってないから定かではないだろうが、お前さんがアーテル・アキレギアなら元はAランクのハンターだ。いきなりそこまで活躍してくれとは望まないが、キャロと一緒にウチの依頼を請け負ってくれるハンターになってくれると助かるんだ」
「……その、私というか、アーテル・アキレギアは死んだという扱いにはなってますよね? そんな状態で私がギルドに登録して良いものなんでしょうか?」
「記憶が戻らないんだから、別人のようなものだろう。もし、そこで突っ込まれても俺が後ろ盾になってやれる。お前さんの身分の証明にもなるしな、記憶が戻らない間は別人だと思っていれば良い。もし記憶が戻ったなら、それはその時にどうするか考えれば良いだろう?」
「はぁ……」
正直に言えば、レドヴィックさんの提案を断る理由はない。むしろ、レドヴィックさんの頼みを聞き入れた方が私にとってメリットは大きい。
心配なのは、私がアーテル・アキレギアかもしれないということが広まるのと、そこからデュラハンなのではないかと気付かれてしまうことだ。
「……もし、私がデュラハンだということがバレたら不味くないですか?」
「驚かれるだろうが……キャロが問題ないって言うなら俺はキャロを信じる。だから俺は喜んで後ろ盾になるぜ。キャロの判断には信頼を置いてるからな。お前さんは心の底まで魔物に成り果てた訳ではないだろう?」
「それは、そうですけど……」
「それに変質した後のデュラハンと、その前のデュラハンだって同一の存在だとは言い切れないんだ。デュラハンは危険であっても、お前さんまで危険な存在だって決めつけるのは流石に暴論だろう」
ふん、と鼻を鳴らしながら言ったレドヴィックさんの言葉に胸の奥にあった何かが溶けていくようだった。
「お前さんは、キャロの弟子のアーテルだ。俺はキャロの弟子であるお前さんだからスカウトしたい。簡単な話だろう?」
「……わかりました。私がどこまでお力になれるかわかりませんが、ハンターとして登録させて頂ければと思います」
「すまねぇな、押し切るように頼み込んでよ。その代わり、お前さんには不利のないように手は貸す。それでチャラにしてくれ」
「いえ、こちらこそお世話になります」
「おう、よろしくな」
私が了承したことがそんなに嬉しいのか、レドヴィックさんは満面の笑みを浮かべた。眩しい笑顔なんだけど、凶悪すぎてこっちは苦笑いしてしまいそうになる。
「おぉい、ネレシャ! この子のハンター登録の書類、用意してやってくれ!」
レドヴィックさんが大きな声で呼びかけると、先程退室していった秘書さんが戻って来た。
ネレシャ、と呼ばれた秘書のお姉さんの姿を改めて見つめる。淡い水色の髪にアイスブルーの瞳、クールで仕事の出来そうな印象の人だ。
「畏まりました、ギルド長。それでは登録のご案内を致しますので、こちらへどうぞ」
「あ、はい。わかりました」
「頼むぜ。俺はキャロとちょっと話があるから、戻るまで色々と説明してやってくれ、ネレシャ」
「わかりました」
ネレシャさんに促され、私はレドヴィックさんに頭を下げてから執務室を後にするのだった。