07:街へ行こう
2021/07/11 更新(2/2)
「今日は一緒に街に行きましょう、アーテル」
「えっ」
週一でキャロが街に出向く日の朝、キャロは私にそう言った。
今まで私は自分が人を殺していたのかもしれないという疑いがあったから、人里には近づきたくなかった。それが解消したなら街に誘われるのは自然なことなのかもしれないけれど、私は少し狼狽えてしまった。
「……大丈夫かな。発作の件もあるし」
「むしろ発作の件があるから側にいて欲しいのよ。アーテルの発作は記憶が刺激されることによって、白昼夢に意識が持って行かれてるようなもの。この前みたいに勝手に森にでも出られた方が困るのよ」
「うっ……」
最初に剣の振り方を思い出した時、自分の最後だと思われる記憶が朧気ながら蘇って前後不覚になってしまった記憶は私にとっても新しい。
確かにキャロがいない時にあの状態になってしまったら、私は自分で自分を止められる自信がない。それならキャロに付いていく方がいいのは当然の話だ。
「それに発作が起こるのも、それだけアーテルが前向きに自分のことを自覚しようとしたり、思い出そうとしてるからよ。なら、その内落ち着くでしょう。記憶が刺激されそうなことはさっさと済ませた方が良いと思うわ」
「……それもそっか。それなら、私も街に行くよ」
「えぇ。先に言っておくけど、なるべく私から離れないようにしてね。発作の件以外にも、街は面倒なことが起きないとも言えないから」
真剣な顔でキャロは私に警戒を促すのだった。その時、私は少しだけキャロが過保護のように思えてしまった。
彼女がどうして過保護なことを言ったのか。その意味を、私は後で知ることになるのだった。
* * *
魔道具の発明と発展によって、人の生活水準は大きく底上げされた。その恩恵を最も受けているものが何かと聞かれれば、移動手段だと答える人が多いと思う。
キャロが街に向かうのに使っているのは、エアバイクと呼ばれる飛行用魔道具だ。普段は一人で乗り回しているエアバイクの後ろに私を乗せて、キャロは森から街までの道を快速で飛ばしていく。
これが森の奥に住んでいても生活を保てている理由の一つなのだと思うと、魔道具の発展は人の生活を支えるものなのだな、と認識を新たにしてしまう。
そんなことを考えている内に私たちは街へと辿り着く。外敵の侵入を警戒してか、街の外縁には大きな石積みの防壁が聳え立っている。
「ここがモルゲン?」
「えぇ、家から最寄りの街よ」
キャロは防壁の入り口に立っていた衛兵にエアバイクを預けて、代わりに預けた証明である番号札を受け取る。
「いつもありがと、お疲れ様なのよ」
「いつもお疲れ様です、キャロさん。今日は珍しくお連れ様がいるんですね」
「えぇ、最近同居を始めたの」
「そうですか。……一応、気をつけてくださいね」
衛兵は気遣うようにキャロへとそう声をかけた後、私へと視線を向ける。どうしてか、彼は気まずそうな顔を浮かべていた。その表情が気になったけれど、キャロが先に街に入ってしまったので追いかけるように後を付いていく。
「キャロ、今のって?」
「この街は一部、信仰に篤い人が多くてね。その手の人たちは、ここが魔物の生息域にも近いから亜人にもちょっと当たりが強いのよ。そういう常識、思い出せない?」
「……精霊信仰?」
「そう。精霊は万物の源、我らに寄り添い、祝福してくれるもの。故に尊き、崇め奉ろうって訳ね。それで精霊を喰らうことで力を得る魔物は穢れているという思想よ。だから魔物に近い亜人に対しても当たりが強い人がいるの」
「あぁ……言われると、なんとなく思い出してきたよ」
キャロに促されたことで、薄らと私も自分がそういった知識を持っていたことを思い出せた。
でも、それは私にとってはどこか縁遠い感覚だ。そういう話はあると知っていても、実感が薄いといった感覚だ。
「とはいえ、人も魔物も生命には変わらない。その遍く全てを精霊は受け入れる。そこに差はないのよね、ただ精霊との付き合い方が違うだけ。そう思っている人の方が多いわ。だから精霊教の教会にさえ近づかなければ問題ないわよ。この街に定住している訳でもないしね」
「……キャロが森に住んでるのもそれが理由?」
「いえ、違うわ。この街にどういった思想の人がいようとも、ここが最寄りだから足を運んでるだけ。私が森に住んでるのは全然違う理由よ。ほら、用事を済ませちゃいましょう?」
そう言ってキャロはさっさと先に行ってしまう。その背中を追いかけながら、ふと私は疑問を覚えてしまった。
(……そういえば、キャロって亜人だよね?)
魔法らしきものを使っていたような気もするけれど、キャロの口から彼女が亜人なのかどうかは聞いたことがない。
知れば知る程、キャロへの疑問が増えていく。いつかちゃんと、彼女から身の上話を聞くことが出来るんだろうか。
「まずは手ぶらで片付けられる用件から済ませるわ。ハンターギルドに向かいましょう」
「ハンターギルド……」
ハンターギルドとは、その名の通りハンターたちの活動を支援するための団体だ。
ハンターとは個人、またはチームを組んで魔物を狩ることで生計を立てている人たちのことを指し示していて、ギルドはハンターたちに情報を支援したり、依頼を仲介したりすることで利益を得ている。
私も記憶を失う前まではハンターだった筈なので、知識はすぐに浮かび上がってきた。
だからこそ、ちょっとだけ不安だ。流石にこれから向かうギルドは私が所属していたギルドではないと思うけど、私のことを知っている人がいないとも限らない。
「私が行っても大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。それに、もしバレたとしても私がなんとかするわよ。それにここのギルドには恩をたくさん売りつけてあるしね」
「キャロがそう言うなら……?」
悪い笑みを浮かべるキャロに、それはそれで良いんだろうかと思いつつ、私たちはハンターギルドへと向かった。
ハンターギルドはハンターたちの宿舎や食堂も経営していて、ハンターはギルドに所属することで衣食住の支援を受けることが出来る。
ハンターであるなら魔物を狩らなければならないけれど、ハンターでいられる限りは最低限の生活をすることが出来る。腕に自信があれば普通に働くよりも収入が見込める上、ハンターというのは需要が廃れない職業だ。
だからハンターギルドを最後の砦と呼ぶ人も中にはいる。
ハンターギルドは昼間から食事や酒を楽しんでる人で賑わっていた。緊急要請でもない限り、いつ狩りに行くのかは本人に任されている。勿論、ずっと狩りに出なければ資格は剥奪されてしまうけれど。
そんな自由な職業だからこそ、兼業をしている人も多かった筈だ。ここにいるのは恐らく専業のハンターたちで、今日は休みを取っている人たちなんだろう。
そう思いながら中に入っていくと、視線が私とキャロへと向けられた。その瞬間、何人かのハンターが勢い良く立ち上がる。
「キャロさん! おはようございます!」
「もうお昼だよ、こんにちわ」
「うっす! 今日も綺麗ですね! どうですか、今日こそ一杯!」
「飲酒運転は法で規制されてるからダメだって」
「キャロさんのためなら部屋の一つや二つ、余裕で空けますよ! というか、むしろ空いてますんで、どうでしょうか!」
「残念無念、また今度ー」
『そんなーっ!』
皆が揃えたように声を上げて、それからゲラゲラと笑いながら酒杯を打ち付け合って乾杯をしている。
私はいきなりの流れについて行けず、目を丸くしてしまった。今のは、一体なんだったの……?
「気の良い人たちだからね。彼等なりの冗談と歓迎なのよ」
「そういうものですか……」
「色々と世話を焼いたことがあるから、それで懐かれてるってだけ」
「世話?」
疑問に首を傾げていると、キャロが答えるよりも先に声をかけてくる人がいた。
「おう、キャロ。顔を出したか」
声の方へと振り向けば、そこには禿頭の厳つい顔をした大男が立っていた。
禿頭の頭には大きな古傷があって、それが顔の厳つさを更に凶悪なものへと印象付けている。思わず唾を飲んでしまい、身を竦めた。
「わざわざお越し頂いてどうも、レドヴィック。こちらは私の同居人になったアーテルよ」
「そうか。俺はハンターギルド、モルゲン支部のギルド長を務めているレドヴィック・ブライアンだ。よろしく頼む」
笑みを浮かべると、少しだけ凶悪さが薄れて愛嬌が感じられた。レドヴィックさんが差し出した手が握手を求めていると気づき、私は大きなその手と握手を交わすのだった。