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06:記憶は未だ絶望の底に

2021/07/11 更新(1/2)

 崩れ落ちた素材の山からキャロを引っ張り出した後、素材を整理しているとキャロは目当てのものを見つけたのか、それを私へと差し出してきた。

 それは短剣。柄の根本には精霊石が填め込んであって、魔道具であることは一目でわかった。


「魔道具の中でも汎用性が高くて、所持している人が多いのが〝マナ・ブレイド〟よ。剣の場合は単純に魔剣なんて呼んだりもするわね。魔道具の中でも古くから愛された魔道具で、派生品が数多く生み出されたわ。大きく分けて〝魔刃型(マジックタイプ)〟と〝付与型(エンチャントタイプ)〟に分けられるわね」

「魔刃型と、付与型?」

「マナ・ブレイドの共通する機能は、自分の魔力を使って魔力の刃を展開することよ。その刀身を全て魔力で作り上げるのか、或いは本来の武器に纏わせるように付与するのかで型が異なるのよ。魔刃型と付与型の特徴を両方備えたものもあったりするけれどね。アーテルに渡したのは魔刃型のマナ・ブレイドよ、私のマナ・ブレイドの予備ね」

「……そういえば、私と戦ってる時に光の剣を使ってた覚えがあるような」


 意識がはっきりしていない時だったので、その時の記憶は朧気だったけれどキャロが淡く赤い光の剣を振るっていたような光景が朧気ながら浮かんだような気がした。


「魔刃型のマナ・ブレイドの利点は刀身を魔力だけで形成する分、コンパクトにすることが出来て、持ち運びが楽なのよ。魔力量が多くて器用な人なら刀身を変形させて自由自在に戦うことが出来るわ。ただし、魔力が枯渇したら使えなくなるのが欠点ね」

「じゃあ、付与型の利点は?」

「魔力を纏わせなくても使えるし、刀身が実際にある分、付与の力を強めたり、刃に付与する効果を追加することも出来るのが利点よ。一振りの性能として突き詰めたい時は付与型の方が人気があるわね。魔刃型は護身用の武器として、付与型はハンターに限らず、騎士たちの共通装備として配備されているわ。騎士たちが扱っているのは量産品だけど、中にはオーダーメイドで仕上げたマナ・ブレイドもあって、その種類は多岐に渡り……」

「その説明、長くなる?」


 長くなるならお茶でも淹れてこようかと思ったんだけど、私の指摘にキャロは罰悪そうな表情を浮かべる。


「ごめんなさい、つい魔道具の話となると饒舌になっちゃって」

「キャロは魔道具が好きなんだね」

「……そうね。好きになれたから、語れるようになったのかもね」

「……キャロ?」


 キャロはどこか遠くを見つめながら、いつもとは違う雰囲気で呟きを零した。

 その雰囲気はすぐに霧散してしまったけど、そこには間違いなく私が知らないキャロの一面が垣間見えていた。


「とにかく、そのマナ・ブレイドはアーテルのものよ。気に入ったらそのまま使って頂戴。もし魔刃型が合わないなら、付与型も作るけれど」

「それって剣を一本そのまま作るってこと? キャロって鍛冶も出来るの?」

「ふふ……やろうと思えば出来なくはないけれど、マナ・ブレイド専門店にはカスタム前提の素体となる武器の販売もしているのよ! 作るとしたら素体を買ってきて、アーテルに合わせた調整を私がすることになるかしら」

「へぇ……マナ・ブレイドって奧が深いんだねぇ」

「……ここまで話しても記憶に引っかからないってことは、アーテルはマナ・ブレイドとは縁がなかったのかしら?」


 ふと、キャロが疑問を零した。言われれば確かに、マナ・ブレイドに関しては知っているというような感覚はない。

 けれど、何か飲み込めないような感覚が腹の底で蠢いた気がする。例えるなら、何かを確信しているのに、その何かを掴めずに手が空を切っているような……。


「アーテル?」

「……ごめん、思い出せないみたい」

「それは知らない、じゃなくて?」

「……多分。でも、わからない」


 私の記憶は未だに欠落したままだ。知らないのではなく、思い出せないのだとしたら。

 キャロに訪ねたら、もっと詳しく教えてくれるんだろうか。アーテル・アキレギアとは、一体どんな人物だったのか。

 でも、私には尋ねることが出来なかった。まるで水の中に落とされてしまったように息が苦しくて、意識したくなかったから。


(私は、怖いのかな)


 自分の記憶を取り戻すことが。それは一体、何を意味するんだろう。

 私は、まだ何も知らないままだ。



   * * *



 キャロの工房を在る程度片付けて、一段落した後は自由時間ということでキャロから部屋を出るように言われた。


「アーテルは真面目ね。一日でやるようなことでもないから、自分のための時間もちゃんと使って。というか整理に付き合ってると私も付き合わなきゃいけないから。ね? ちゃんと今度から整理するから……お願い……もう許して……」

「そんなに片付けが嫌いなの?」

「私の中ではだいたい場所がわかるから」


 ダメだ、この人。早くなんとかしないと。

 そんな使命感に駆られそうになったけれど、師匠の権限とまで言われれば片付けの手は止めなければならない。

 かといって家の掃除も一段落しているし、食事を作り始めるのにも微妙な時間だった。


「それなら早速試してみようか」


 家の外に出て、キャロから渡されたマナ・ブレイドを鞘から抜き放つ。

 重さは少し、自分には軽いぐらいだ。片手で握るのに十分な長さで、柄に填め込まれているのは色のないガラスのような精霊石。

 なんとなく精霊石を眺めていると、知識が浮かび上がってきた。


「色がないのは無属性の精霊石……だったっけ」


 精霊の種類は数多い。その中でも基本となる精霊が始原の光と闇、世界を象ると言われている四大精霊である火、風、水、土の精霊。

 精霊石もこれらの属性の精霊石が多く見つかることからか、ここから外れる精霊や精霊石は亜種と呼ばれている。

 そして、その中でも属性がない無属性の精霊石は単独では他の精霊石のように力を発揮することはないけれど、その代わりに魔道具の動力にするには適したものと言われていた筈だ。


「……こういう知識は思い出せるんだけどね」


 これならマナ・ブレイドのことも思い出せても良い筈なんだけど。そう思いながら、なんとなくマナ・ブレイドを構える。

 自分でも驚くぐらい、自然な動作で構えを取れてしまった。それからは自然と身体が動いていた。短剣が空を切り裂き、次の動作へと移る。


 自分の身体なのに、自分の意思で動いていないような感覚。でも、この感覚には覚えがある。これは身体に染み付いた記憶を取り出す作業だ。

 私は剣の振り方を覚えている。ずっと、ずっと、この動きを繰り返し続けてきた。無意識でもすぐに繰り出せるように、何度も、何度も。


(そうだ、私は戦おうとしていた。強くなろうとして、ひたすら剣を振っていた)


 身体が動くままに合わせていると、記憶が染み出すように蘇る。

 悪夢に成り果てるよりも、前の私。その私は、ただ無心で剣を振っていた。だから、今でも身体が覚えている。



 ――どうして強くなろうとした?

 ただ、強くなりたかったから。


 ――どうして強くならなければいけない?

 そうしなければいけなかったから。


 ――そうしなければ、どうなっていた?

 ……辛くて、悲しくて、苦しくて。



 振るう、振るう。ただ、剣を振るう。無心に、突き詰めるように、もっと早く、もっと鋭く。

 息が荒くなろうと、全身が急激な動きで軋んでしまいそうになっても、目の前にいる筈のない敵を斬り付けるように、纏わり付く何かを振り払おうとするように。



『――嫌だよ。一人なのは、嫌だよ……』



 脳裏に雷が落ちたように記憶への刺激が止まる。

 止まる直前、あともう少しその先に、私は絶望を見たような気がした。


「――ッぁ、はぁ……ッ! あぁああああっ!」


 荒れ狂う感情が、どうして、と問う。その瞬間に何を思ったのか、自分でもわからないまま、感情に反応して魔力が吹き荒れる。

 その魔力を吸い上げるようにして、マナ・ブレイドが魔力刃を展開した。濃い深緑色の刃は、先程よりも強く空を切り裂く。


「……そうだ」


 ぴたりと動きを止めて、息を整える。汗と一緒に涙が一筋、頬を伝っていく。

 悲しかった。悔しかった。切なかった。憎かった。苦しかった。ただ、息を吹き返すようにこびり付いた思いだけが胸の中に残っている。


「……一人で死ぬのは、嫌だったんだ」


 私の絶望の始まりは、きっとそこにある。

 その絶望に繋がる道筋は思い出せない。ただ、結末しか思い出せていない。

 あの日、私は……戦っていた。自分が終わると知っていて、それでも戦い続けて。

 その先に結局、何も掴めなかった虚無だけが残っていた。


「……どうして」


 どうして、こんな思いを味合わないといけない。

 どうして、そんな思いを感じるようなことになった。

 どうして、その絶望に至るまでの過程を思い出せない。

 どうして、私は何もかも喪ってしまったんだろう……?


「……ッ」


 胸の奥が、疼く。そこにいる何かが、私に囁くようだ。

 でも、それは決して不愉快ではない。むしろ、荒れ狂いそうだった感情がゆっくりと静まっていくようだった。


「……あぁ」


 急に動いたからだろうか。それとも魔力を一気に放出しすぎたからだろうか。



「――お腹、空いたなぁ」



 お腹がペコペコになってしまった。あぁ、どうしようもなく餓えを感じている。

 苦しいな、辛いな、悲しいな。だからお腹いっぱいに食べたくなっちゃう。


 でも、何を食べれば良いんだろう。何を食べたら満たされるんだろう。わからない、ずっとわからないまま。

 お腹が空きすぎて、穴が空いちゃいそうだ。そうだ、だったら探しにいかないと。私を満たしてくれるものを、私が必要とするものを。


 わからないけれど、わからないままだけど、私は、この餓えを満たすために森に足を向けようとして――。


「――アーテル」


 ……熱に浮かされていたような思考が冷めていく。

 息を吸えば、熱の籠もった身体に冷たい空気が吹き込まれていくようだった。

 振り向けば、そこには無表情のキャロが立っていた。


「もう、またいきなり発作起こすんだから目が離せないのよ」

「……キャロ」

「いや、私がマナ・ブレイドを渡したせいかしら? でも、絶対に必要になるだろうし……」

「キャロ」


 私はキャロへと近づいて、私と視線を合わせる。そのどこか柔らかい真紅の瞳に淡く光が灯って見えるのは、私の気のせいなんだろうか。


「私の目を見て、私の声を聞きなさい。ほら、落ち着いてくるでしょう?」


 あやすような優しい声。キャロの目を見つめていると、先程までの衝動の名残すら消えていってしまいそうだ。身体から力が抜けて、足下がふらつきそうになる。

 キャロはそんな私をしっかりと抱き留めてくれる。その頼もしさに縋るように体重をかけてしまう。


「……何か、思い出した?」


 わかっている、と言うように問いかけてくれるキャロ。その心遣いが本当にありがたくて、目の奧がじんわりと熱を帯びていく。


「……多分、死ぬ直前の記憶を」

「死ぬ?」

「私がデュラハンになる前の、悪夢になってしまう私の、最後の感情」


 何も残らず、何も果たせず、全てが掌の上からなくなってしまった。

 空っぽになって、残ったのは無念だけ。悔しくて、悲しくて、辛くて、全てが虚しくなっていく。


「……満たされないの。ずっと、昔から」


 満たされたくて頑張ってた筈なのに、全てが手をすり抜けて行く。

 欲しかったものは何一つ手に入らなかった。何が欲しかったのかも思い出せないのに、その結末だけが胸を焦がしていく。


「……だから、死にたくなかったんだ」


 何も残せないまま、死ぬのは嫌だ。

 孤独のまま、消えていくのは耐えられなかった。

 あんな惨めな思いをするために生きていた訳じゃない。

 それなのに、終わりが刻一刻と近づいて来る瞬間がはっきりとわかる。

 死神の鎌が首に当てられて、今にも引き裂かれそうな絶望感が襲いかかって来る。


「……苦しいよ。生きているのが、苦しいよ。キャロ」

「……そう」

「なのに、死にたくないって、矛盾してる……」

「いいえ、矛盾してないのよ」


 ぽんぽん、とキャロが背中を叩いてくれる。その声、感触、仕草、彼女の存在全てが凍り付いてしまいそうな私を温めてくれる。


「生きるのが辛いぐらい苦しんだのに、死に瀕するだなんて理不尽なのよ」

「……うん」

「生きたかったのよ。ただ、幸せになりたかった。それだけ。苦しい生を否定することも、理不尽な死を否定することも同じこと」

「……うん」

「生きて良いのよ。どれだけちぐはぐで、不確かで、曖昧でも、そう願ったら、それだけで生きていて良いのよ」


 子供を慰めて、言い聞かせるようにキャロは言う。それが今の私にとって効果は十分だった。

 キャロの背中に手を回して、彼女に縋り付きながら私は震えが止まるまで甘えてしまうのだった。

 

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