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05:師弟の契約

2021/07/10 投稿(2/2)

「落ち着いたかしら?」

「……うん。ありがとう、キャロ」


 キャロが伝えてくれた事実に安心して泣きじゃくっていた私だけど、落ち着いてくると気恥ずかしさが込み上げてくる。

 きっと赤くなってしまっているだろう目元を軽く擦って、改めてキャロと向き直る。


「話の腰を折っちゃってごめん……」

「いいのよ。アーテルが一番気にしていたところでしょう? 自分が人を殺していたかもしれないかどうかは」

「……うん」

「もっと早くに話しても良かったのかもしれないけれど、自我が不確かなままで聞いて暴走されても良くないから様子見していたのよ」

「相変わらず記憶が戻ったような実感はないけどね……」


 私がデュラハンと交戦したアーテル・アキレギアだったのは間違いないと思う。だけど、その時の記憶は浮かんでこない。思いだそうとしても何も引っかからず、空を切っているかのようだ。

 常識や知識は言われれば思い出したり、無意識でも覚えているものもあるのに自分というパーソナリティは一切わからないままだ。


「それは、時間をかけていくしかないかもしれないわね。話を戻しても良いかしら?」

「あ、うん」

「私がデュラハンを追っていたのは、その変化が珍しく思えたからなのよ。もし理性もない魔物に成り果てているなら、その魔石を頂戴しようかと思ってたのだけど……」

「素材として?」

「まぁ、そういう事ね」


 キャロの趣味は魔道具作成だ。だから素材を得るためにデュラハンを追っていたと言われれば納得だ。


「実際に会ってみれば、貴方は極限まで餓えて暴走していた。常に死にかけていたといってもいいわね。それでも生きようと本能で動いていただけ」

「えぇと……それって、凄い状態だね」

「えぇ、とても興味深かったわ。だから無力化に努めたのだけど、そうするとアーテルが出てきたって訳なのよ」

「……改めて助けてくれてありがとう、キャロ」

「構わないのよ。私は好奇心を満たすためにアーテルを助けたのだから。貴方を観察させてくれればそれで十分、お礼になってるのよ。美味しいご飯を食べさせてくれるし、掃除もやってくれるしね」

「でも、私はキャロに命を救われたんだ。だから、もっとキャロに恩返しをしたい」


 不安が解消されたのなら、今度は受けた恩を返したいという願いが沸き上がってきた。

 キャロが来てくれなかったら、それこそ人を殺していた可能性だってあったかもしれない。そのまま死んでいた可能性だってある。

 そう考えれば、私はキャロに返しても返しきれない恩がある。食事の用意や掃除だけでは全然足りないだろう。それなら私に出来ることがあるなら、キャロの力になりたいと思う。


「そうねぇ……それなら、アーテル。貴方、私の弟子になりなさい」

「弟子?」

「一緒に魔道具を作ったり、素材を集めるのを手伝って欲しいのよ。あと、美味しいご飯を食べさせてくれて、掃除してくれると嬉しいわ。作業に没頭していると、生活周りが雑になりやすいし」

「そこは健康のためにもしっかりして欲しいんだけど……」

「だから、私を助けると思ってこれからも一緒にいてくれない? アーテル」


 キャロは私に手を差し出しながら、微笑みを浮かべている。

 私を見つめる目は優しい。だけど、どこかそれだけじゃない感情を秘めているようにも見えた。


「私は、貴方を一人にしないわ」


 一人にしない。その言葉が、何故か胸に突き刺さった。

 ギュッと握り締められたように胸が痛む。でも、痛みの後には泣きそうになるほどの安堵が満ちていく。

 それが何を意味するのか、今の私にはわからない。ただ、心の底からキャロの誘いが嬉しかったことだけは理解出来た。

 一緒に生きる。一人にしない。そう告げてくれることが、記憶が戻らず不確かな私にとってどれだけの救いになるのか。


「……キャロさえ良ければ、貴方の弟子にして欲しい。ずっと一緒にいたい」

「えぇ、なら契約は成立だわ。改めて、これからもよろしくね。アーテル」

「うん、よろしく。キャロ」


 手を繋ぐ。キャロの手の温かさが伝わってくる。

 こうして、私は再び歩み出す決意を固めるのだった。



   * * *



 キャロの弟子になると了承した翌日から、早速だと言わんばかりに私はキャロの工房へと足を踏み入れていた。


「魔道具って言っても色々種類があって、私は気が向くまま無節操に作ってるわ。加工法にも色々あって、作りたいものによって作り方も変わってくるのよ」

「魔道具については私も詳しくは知らなさそうだけど……素人でも出来るの?」

「まずは魔道具の種類を覚えてくれれば良いわよ。別に製作そのものは私一人で出来るし、アーテルは整理や片付けを手伝ってくれた方が効率が良さそうだし……」

「……うん、そうみたいだね」


 工房の中はごちゃごちゃとしていて、もう混沌と言うべき有様だった。これを片付けるとなると、また大変そうだな。暇を持て余すよりはずっと良いけど。


「素材なんか狩ってきては適当に放り混んでる時もあるから、たまに整理した時に引っ張り出したものに手をつける感じね……」

「そういうところ、本当にダメだと思うよ」

「わかってても、改善出来るかどうかは別問題なのよ!」

「そんな胸を張って言えることじゃないから……」

「まぁまぁ。それで、アーテルには工房の整理と管理を手伝って欲しいのと、あともう一つお願いがあるわ」

「お願い? 何?」

「貴方にデュラハンの力を使いこなして欲しいと思ってるのよ」


 キャロが告げた一言に私は息を呑んでしまった。咄嗟に反応出来ず、息を吐いてからキャロを見つめる。


「デュラハンの力を使いこなす、って……」

「貴方はアーテルであると同時にデュラハンよ。力が自分の内にあるのは感じているのでしょう?」

「……うん」

「それは貴方自身の力。暴走させれば危険ではあるけれど、それなら制御してしまえば良いわ。そうすれば貴方の不確かで曖昧なままの状態から脱することが出来るかもしれないし、私が頼まなくても貴方にとっては必要なことなのよ、アーテル」

「それは、わかるよ。でも、実際に言われると怖じ気づいちゃうね……」


 デュラハンの力を扱いこなす。それは、自分があの悪夢だった頃に近づいてしまうんじゃないかという恐怖と忌避感が湧き上がってくる。

 不安に揺れていると、キャロが私を落ち着かせようとするように手を握ってきた。


「貴方が暴走しないように私が見張っているのよ。安心して任せなさいな」

「……うん、わかった」


 本当にありがたい事だと思いながら、それでも私の表情は晴れない。

 力を使いこなすために努力をするとは決意出来るけれど、実際に私はどうすれば良いんだろう?


「魔石の力は、魔法の力とも言えるわ」

「魔法……」

「魔法について、何か思い出せる?」

「魔法は精霊の力を使って起こせる現象。魔道具も人が魔法を使うために作られたもの、だよね?」

「えぇ、人にとって魔法は魔道具によって齎される力のことを示すのよ。稀に精霊と共鳴することによって魔道具を介さずに直接魔法を使える人もいるけれど、基本的に人間には魔法は使えないとされているわ」

「だから魔道具が発展して、精霊と共に歩んで来た……だよね?」

「教え甲斐、いえ、思い出させる甲斐のある弟子ね」


 キャロはくすくすと楽しそうに笑いながら言う。それからこほん、と軽く咳払いをしてから話を続ける。


「精霊の力を加工して魔法とするのは、魔道具も魔石も変わらないと言えるわ。そして魔石持ちは、魔石を持つ故に魔法が使える。魔石の力が更に強くなると独自の固有魔法にだって目覚めることもある」

「固有魔法……」

「固有魔法は魔石がどのような力を持つかで様々よ。その力を扱いこなすために必要なのが魔力の扱いよ。貴方の場合は思い出す、が正しいでしょうけど」

「確かに魔力の扱いと言われてもピンと来ないけど……」

「だから、貴方には魔道具を使って魔力を扱う感覚を取り戻して貰わないといけないわね。それが覚えられれば魔道具作りにも流用出来るし。ちょっと待ってて頂戴、確か予備がこの辺りに……」

「あっ、キャロ、そこを崩したら危ないんじゃ――」


 こんもりと山になっている、何がどう積み上がったらこうなるのかわからない山の根本を漁りはじめたキャロに嫌な予感を覚える。

 けれど私の指摘は遅かった。キャロが山の一部を崩すと、ぐらりと揺れた素材の山がキャロの方へと雪崩れ込むように倒れてきたからだ。


「ふにゃぁああああああああああああああっ!?」

「……あぁー、うん。まずは片付けからかなぁ」

「お、重いぃ……痛いぃ……アーテル……早くどけてぇ……」

「はいはい……」


 本当によく一人で生きてこれたな、この人。そんな呆れを感じながら、私は素材の山に潰されたキャロを掘り出すのだった。


 

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