32:死神は死を告げなかった
2021/07/28 更新(1/2)
影の刃を突き立てた姉さんは、ぴくりとも動かなくなった。
その瞳は閉ざされて、どこまでも穏やかだ。そう、それはまるで眠っているかのように。
――いや、実際に眠ってるんだけどね。
私は安堵の息を吐きながら影の刃を姉さんから抜いた。その刃は姉さんの身体を傷つけることはなく、姉さんの魔力だけを喰らって気絶させたのだ。
これもデュラハンの力があったから可能なことだった。もし、この力が私になかったら姉さんを手にかけるしか方法が思い付かなかったかもしれない。
「アーテル」
戦いが終わったのを悟ったのか、キャロが側まで歩み寄ってきてくれた。私は姉さんの馬乗りになっていた体勢から起き上がろうとして、足下をふらつかせてしまう。
それをキャロが抱き寄せるように支えてくれる。流石に緊張の糸が切れてしまったみたいだ。
「やったよ、キャロ」
「……えぇ、見てたわ」
「私だって、キャロみたいに出来た」
「私みたいに……?」
キャロがずっと、その背を見せてくれたから。自分のことが不確かな頃から、キャロは私を導いてくれた。
その導きがあったから私は嘆くだけに終わらなかった。ちゃんと自分と向き合って、姉さんを止めることが出来た。
「キャロが真っ直ぐ向き合ってくれたから。だから、私も逃げずにいられた。もしかしたら責任や罪を背負うかもしれない。それでも逃げない強さをキャロは教えてくれた」
責任を負いたくないから、見なかったり、知らない振りをするのではなく。その責任を負えるだけの強さを身につけて、何を背負うのか自分で選ぶ。
それは口にするのは簡単で、実際にやってみるのはとても難しい。でも、挑もうとしなければ何も始まらない。
「キャロに姉さんの問題を背負わせたくなかった。キャロは十分、私たちの責任を背負ってくれたから。だから、これは私からのお礼でもあるのかな」
「お礼?」
「一応、ほら……私はキャロの弟子だから。師匠の真似ぐらい出来ないとね?」
キャロは驚いたように目を見開いて私の顔を見つめた。それから何かを堪えるように目を細めて、抱き寄せた私に頬を寄せるように距離を詰める。
「……生意気。でも、そうね。私は良い弟子を持ったみたいだわ」
「そう思って貰えたなら嬉しい。それに、ほら。姉さんの魔力を死なない程度に吸い続けてればあんなことは出来ない訳だし、キャロの力で姉さんの精神をどうにか出来ないかとか、色々と考えて――」
「わかった。わかったから、落ち着きなさい」
デコピンで額を弾かれると、脳がくらりと揺れて足下が覚束なくなる。そんな私を見て、キャロは穏やかに微笑む。
「貴方の言う通りね。生きていれば、何かチャンスが巡ってくるかもしれない。貴方はそのチャンスを掴んだのかもしれない。でも、ルーチェを生かしていれば恨まれ続ける可能性だってある」
「……うん」
「それでも、救いたいって言える?」
「うん。言えるよ。私は――貴方の弟子だから」
きっと、貴方がそれを誰よりも願ってた筈でしょう? 救えるのなら、全てを救いたいって。
私の言葉を聞いたキャロは、何やら形容し難い表情を浮かべた。笑っているような、それでいて怒っているような、でも呆れたようにも見える複雑怪奇な表情だ。私、そんな表情されるような事を言った?
ふと、森の中に光が差し込んだ。
空に浮かぶのは朝日。空の色が黎明に染まっていく。その朝日に目を細めていると、キャロが私に微笑みかけた。
「行きましょう、アーテル」
「うん」
まずは、帰ろう。これからの事は、全部それからだ。
* * *
「――くそ忙しいぞ、チクショウがァッ!」
レドヴィックさんが目を血走らせながら、机に向き合って書類と格闘している姿を見て、私は乾いた笑いを浮かべた。
姉さんを止めてから、早くも十日ほどの時間が経過した。その間、レドヴィックさんは目を回しそうな程、忙しくなっていた。
姉さんを保護して街に戻ってくると、精霊教会の神官と信徒たちは全員拘束されていた。
事情聴取をすると、反応は主に二つ。一つは過激派の思想に染まってた人たちで、街の住人すらもキャロの洗脳下にあると事情聴取した人たちまで口汚く罵っていたらしい。
もう一つは、そんな過激派の人たちが恐ろしくて、かといって教会以外に居場所がないので仕方なく同調していた人たちに分かれた。
仕方なく同調していた人たちの証言によると、過激派の主導者は騒ぎのどさくさで死亡していた神官長。どうやらモルゲンに来る前から過激な思想で問題を起こしていた人物だったらしい。
それなのにキャロの噂が流れていたモルゲンの精霊教会に派遣された理由はわからない。もしかしたら神官長が暴走するのを待って、精霊教会が何か企てていたのではないかとも言われている。
そんな疑惑がある以上、精霊教会との交渉も慎重にならなければならない。そこでレドヴィックさんはモルゲンの町長、そしてモルゲンを含む領地の管理責任者とも連絡を取り合い、今回の精霊教会の不祥事を糾弾する準備を進めている。
裁判ともなれば証拠がいる。それを捏造だと言われないためにも、様々なところに協力のお願いをしているのだとか。大事になりそうだ、とレドヴィックさんは疲れ果てた様子でボヤいていた。
証拠と言えば、姉さんとカーティスさん、そしてなんとか一命を取り留めたアーヴァインさんはレドヴィックさんが匿うことになった。
姉さんはあれから眠り続けていて、医者もいつ目覚めるのか保証は出来ないと言っていた。アーヴァインさんも片腕を失ったので、意気消沈してしまっているらしい。
身を守ることも満足にいかない姉さんたちは、今回の事件に加担した側であり、それ以前からのハンターギルドに対して干渉する精霊教会の存在を知る人たちでもある。
下手に表に出せば暗殺されかねないとして、三人は纏めて匿われることになった。同時に脱走の防止でもあり、監視の意味合いも含んでいるとレドヴィックさんが説明してくれた。
「こうなったのは俺たちの自業自得だ。アーヴァインの奴も、色々と思うところがあるのか大人しくしてるよ。ルーチェの世話は大変だけど、レドヴィックさんが手を貸してくれるし、何とかするさ」
あの騒動の後、私は一度だけカーティスさんと会って、そんな話をした。
私は姉さんとアーヴァインさんには会わない方がいい、ということで姉さんたちがどこで匿われているのか知らない。
カーティスさんもギルドに顔を出すぐらいで、街にも出ていないそうだ。その時だって徹底的に顔を隠しているのだから、よほど秘密の場所らしい。
「『黎明の空』のことは、もう気にするな。俺たちがこれからどうなっても、アーテルが気に病むようなことじゃない」
「そんな薄情なこと言わないでよ」
「……あぁ、そうだな。薄情だったのは俺たちの方だ。こんな事に巻き込んで、すまない。アーテル。お前が一番、側にいて欲しい時に側にいられなくて……本当にすまなかった」
カーティスさんは心底、後悔したような表情を浮かべて私に頭を下げた。
確かに、本当にとんでもないことに巻き込まれたと思う。でも、こんな事でもなければ私は姉さんたちと再会しなかったのかもしれない。
再会しない方が幸せだったかもしれない。誰も不幸にならなかったかもしれない。有り得たかもしれない〝もしも〟を考えて、首を左右に振る。
「カーティスさん。そう簡単に許す、なんて私も言えない。本当に私だって酷い目に遭わされたから」
「……あぁ」
「姉さんにも、アーヴァインさんにも、正直顔を合わせなくていいならホッとしてる自分がいる。直接、顔を合わせれば我慢が出来なくなるかもしれない」
私はカーティスさんの手を取って、祈るように告げる。
「それでも、貴方たちがやり直せることを祈ってる」
「――――」
「どうか、私をお人好しでいさせてくれる人になってね。カーティスさん」
「……あぁ、あぁ……! わかったよ、アーテル……必ず、必ず……っ!」
カーティスさんがボロボロと涙を零しながら、何度も謝っていた。
そして、カーティスさんが去っていく時、私は更に告げた。
「カーティスさん」
「……なんだ?」
「――さようなら」
チームを抜けた時も、ただ抜けます、って言っただけで別れの言葉を伝えた覚えがなかった。
だから、今度はちゃんと別れの言葉を。しっかりと区切りをつけて、私は私の道を進むために。
「――あぁ、さようなら、アーテル。どうか、元気でな」




