31:黒き闇、白い光、二人の姉妹
2021/07/27 更新(3/3)
「何を言ってるの、アーテル?」
「わかってる。これは私のワガママだ。でも、キャロに姉さんの相手をさせたくないよ」
キャロは何も悪くない。それなのにキャロは悪者になっていて、こうして姉さんに狙われてしまっている。姉さんがこうなったのだって、キャロが背負わなくても良いことなのに。
そのキッカケは私と姉さんが道を違えてしまったからなんだろう。姉さんはSランクハンターの道を目指し、私はデュラハンと出会ってしまった。
その偶然の不幸すらもキャロに背負わせてしまうなんて、私には耐えられない。
「キャロに姉さんのことは背負わせない。これは、私が抱えなきゃいけないことだから」
「でも……」
「もし私が信じられなくなったら、その時はキャロが判断していいから。だから、お願い」
私はキャロを真っ直ぐ見つめて言う。キャロも私を見つめていたけれど、剣に手をかけていた手を離してくれた。
そんなキャロに微笑んでから、私は一歩前に出る。姉さんはぶつぶつと何かを呟いて、片手で顔を覆っていた。
「姉さん」
「……アーテル……違う……デュラハン、あぁ、デュラハン、デュラハン、デュラハン、お前が、お前が、お前がぁッ!!」
姉さんの目から涙が零れる。同時に無表情を保っていたのが崩れて、憤怒と憎悪に染まっていく。
姉さんから溢れ出す魔力が世界を揺らしているかのようだった。それは、私の知っている姉さんとは懸け離れた姿。
「……お互い、変わっちゃったね」
『黎明の空』を離れて道を違えた時、こんな事になるなんて考えたこともなかった。
もし、何か一つでも違ったら……今も笑い合えてる未来があったのかな?
でも、もしかしたら、なんて存在しない。こうして互いに変わり果てて向き直る今しかない。
「あぁ……! うぅ……! アーテルの声で、喋らないで……! あの子の声で、責めないで……! 私は、もう、何も間違えたくないの……! だから……消えてよ、消えて、消えて、消えてよぉォォオオッ!!」
「……謝らないよ、姉さん。――私、姉さんよりも優先したいものが見つかったから」
思えば、姉さんと離れる前は姉さんに逆らおうとか、反抗しようなんて考えたことなかったな。
姉さんが言うなら、きっと正しいからって。私は何も出来なくて、貴方の足を引っ張ることしか出来なかったから。
あぁ、だから……貴方は間違えられなかったのかもしれない。間違えることを、ずっと恐れていたのかもしれない。
「姉さんは、何も間違ってなかったよ」
きっと、あのまま一緒に生きてたってどこかですれ違ってたかもしれない。もっと酷い結末で別れを告げなきゃいけなかったかもしれない。
だから姉さんは間違えてない。私だって間違ったとは思わない。それでも、私たちの道は離れていく。正しい訳でもなくて、間違いでもないのなら、それはきっと運命だったんだ。
私たちは、それぞれ離れて歩いていく。それが必要なことだったんだ。
「間違いなんて言わせないから」
私のためにも、貴方のためにも。
剣を鞘から抜いて、姉さんに突きつけるように構える。展開された深緑色の魔力刃、それを見た姉さんも自分の魔剣に眩い白い魔力刃を纏わせた。
「デュラハン……ッ、デュラハンッ!! 私の目の前から……っ、消えてよォ――ッ!!」
姉さんが地を蹴って、凄まじい速度で迫ってくる。振りかぶった白色の魔力刃が揺らめき、斬撃の瞬間に膨れ上がって吹き飛ばす勢いで私に迫る。
あぁ、以前の私だったら絶対に反応出来なかった。だから、その動きを目で追えている時点で私は別物になってしまっていると実感してしまう。
それが今の私なんだと、そう思う度に強く胸が疼く。
迫る脅威に生存本能が疼き出す。生きたいと、強く訴えるように。
わかってると、私も応えるように湧き上がる衝動に身を任せた。
「――私は、生きるよ」
まるで、胸の内に鼓動の音が二つあるように。異なっていた音が、やがて共鳴するように同じ音になっていく。
幻視していた輪郭が、幻から現へ。そして私は、この身が持つ力を自分の意思で解放した。
膨れ上がった姉さんの魔力刃を、私の魔力刃が両断する。
剣を振るった私の腕は漆黒の手甲を纏っていた。いや、纏っているというのは正確じゃない。腕そのものが鎧を纏ったように変化したのだ。
湧き上がる力は、姉さんの膨れあがった魔力にも負けない。姉さんは自分の魔力刃が両断されたことに驚き、目を見開いている。
「デュラ、ハン……! 漆黒の鎧……死神……妹を殺したァ――ッ! お前がァ――ッ!!」
砕け散った光が再び集まるように姉さんの剣に集束する。形を取り戻した魔力刃を今度はそのまま叩き付けてくる。
応じるように剣を合わせると、互いの魔力が反発するように衝撃が走った。でも、姉さんの剣を受け止める両腕に何も不安はなかった。
荒れ狂うように姉さんが苛烈に私を責め立てる。私は冷静に姉さんの剣を受け止めることが出来ていた。けれど、あまりの勢いにじりじりと押されるように後ろへと下がってしまう。
後ろに下がった私を突き飛ばすように魔力刃を膨れ上がれさせ、破裂させる姉さん。炸裂した衝撃で浮き上がりそうになった足を、自分から飛ぶことで制御する。
「――〝シャイニングランス〟!!」
着地した瞬間、私は四方八方を光の槍に囲まれてしまった。
姉さんが断罪者のように頭上に掲げた剣を振り下ろし、展開されていた無数の光の槍が私へと殺到する。
――しかし、光の槍は目標だった私を捉えることはなかった。空中で互いにぶつかり合い、甲高い音を立てて消えていく。
「ッ!? どこに――ッ!?」
姉さんが動揺して視線を周囲に巡らせる。――そんな姉さんの背後に私はいた。
私の気配に気付いて振り返る姉さんだけど、一瞬だけ遅い。私が放った蹴りが姉さんの脇腹に入り、姉さんの身体がくの字に曲がる。
「かはッ――!?」
受身も取れずに姉さんが地を転がって、脇腹を押さえながら血を吐いた。倒れた姉さんを見つめて、私はそっと息を吐く。
(……〝鎧越し〟でも感触があるの、凄く変な感じ)
腕の手甲と同じく、私の足は漆黒の鎧を纏ったものへと変化していた。触ってみると鎧の感触なのに、肌を触れられたような感覚があるのは不気味だ。
でも、それを自然のものであるように受け止めている自分もいる。今までの常識が侵蝕されていくような感覚に襲われながらも、今は戦いに意識を集中させるべきだと構えを取る。
姉さんも息を整えたのか、脇腹を押さえながらも立ち上がって――次の瞬間、私の足下が盛り上がって、噴出するように崩れた。
「うわっ!?」
空中に打ち出されて、身動きが取れなくなった瞬間を狙って、また光の槍が私を取り囲んだ。
さっきはデュラハンの脚力を活かして強引に回避したけれど、地から足が離れてしまっている以上、同じ手段は使えない。
「――なら、キャロがやったみたいにッ!」
魔力刃を鞭のように変形させて、打ち出される前に光の槍を払い落とす。
無理矢理に身体を捻ったので、軋むような音がした。それでも槍は一つ残らず消えて、私は着地出来た。
その着地の瞬間と共に、姉さんが冷たい目で私を見つめているのに気付いた。既に構えられていた魔剣からは、迸るような光が解き放たれる瞬間を待ちわびていた。
「跡形もなく消し去って、光の焔……! 〝ディバインフレア〟!」
姉さんの魔力の色を示すような、白い焔。それが熱線となって私に迫った。
意識するよりも先に身体が反応して、その場から飛び退く。しかし、掠った左手と左足が蒸発するように焼き尽くされた。
「――ッ、痛みが、なくて、良かったぁッ!」
ずるりと、闇が集まって形を作るように左手と左足が再生する。ごっそりと魔力を失った喪失感はあれども、戦いを継続することは可能だ。
姉さんは先程放った白い熱線の焔を複数、構えている。今度は威力ではなく、数を重視で私を狙って放っていく。
私が逃げ回る度に森が焼かれていく。まるでバターをナイフで切るように木々が切り裂かれ、思い出したように発火する。
「デタラメ……!」
これだけの規模の魔法は、私の知っている姉さんだったら数発しか撃てなかった筈だ。なのに息を切らした様子もなく連発しているのだから、あの人も大概人間を辞めてしまっている。
ここからどう巻き返すべきか、と思いながら熱線を回避していると――遠くからキャロが叫んだ。
「――ダメよ、アーテル! 〝誘われてる〟わよッ!」
誘われてる? 一体、何に? そう思った瞬間、足下に白い焔が走った。
地に走った焔は、木に燃え移った焔が点となり、それぞれを結ぶようにして発生したものだった。
誘い込まれたというのは、私がこの陣の中央に移動させられたという意味だったことを悟った時、焔が眩く輝き始める。
「全てを白く染めて、灰に、灰にィ――!」
姉さんの憎悪を込めた声が響き渡り、私は白い焔の渦の中に呑み込まれた。
焔の中心に置かれた私は息もままならず燃やされていく。このまま燃やされれば、骨すら原型も留めないだろう。
(……ね、……い)
苦しい、苦しい、息が出来ない。
存在全てが灼き滅ぼされていく。これが姉さんの憎悪そのものだと言われても納得出来る程だ。
(――それでも……〝死ねない〟……ッ!)
例え、憎まれて、許されなくても。生きると、そう決めたから。
マナ・ブレイドは焔によって使い物にならなくなっている。脱出しようにも、全身が燃え尽きる方が早い。
だからって、諦める理由にはならない。活路を探す私の脳裏に過るのは、かつての戦いの記憶。私を絶望させた、あの感触。
――次の瞬間、私を包んでいた白い焔を〝漆黒の影〟が掻き消した。
私の手から伸びた影、それが白い焔に触れると呑み込んでいく。私の周囲を、そして森すらも燃やしていた焔を火の粉一つ残さずに〝喰らい尽くす〟。
「ぷ、はぁッ!」
ようやく息が出来ると大きく息を吸う。真っ白一色だった視界が開けて、驚きに目を見開く姉さんと目が合った。
すると、姉さんが怯え竦むように足を後ろに退いた。首を左右に振って、子供が怯えるように私から距離を取ろうとする。
「なに、それ、なんなの……? 嫌、近づかないで……! 近づかないでぇッ!!」
姉さんは光の槍を展開して、すぐさま私に向けて放つ。私は揺らめいていた影を集めて、槍のように変形させる。
払うようにして光の槍を打ち払うと、少しだけ身体の調子が戻ってきた。正直、マナ・ブレイドを扱っているよりも手に馴染む。
「……あぁ、そっか。姉さんは、これが怖いんだね」
魔石は、それぞれ個性と言うべき特性を持っている。勿論、デュラハンの魔石にも固有の特性がある。
「生き残るのに必死だったからね。元々そうだったのか、そう進化したのかわからないけれど……怖いのは、仕方ないよね」
デュラハンの特性は――〝魔力の暴食〟。
精霊の糧とする魔力を精霊よりも貪欲に、そして時には精霊ごと喰らうことが出来る力。
最小の糧で、最大効率を得るための進化。生きるための糧を奪い尽くす、忌むべき精霊の敵。
「……あんなに届かない存在だと思ってたのにな」
「来ないで、来ないで、来ないでぇ――ッ!」
身を沈ませる。周囲の魔力を吸って得た莫大な魔力を、身体を強化することに注ぎ込む。
影の槍を構えて、私は全力で疾走を開始した。音を置き去りにしたんじゃないかと言うほどの速度で姉さんに迫る。
姉さんが放った光の槍を砕き、時には回避して姉さんとの距離を詰めて行く。姉さんも私の速度に負けじと反応して剣を振るう。
魔力刃は展開せず、形を得た影の槍と斬り結ぶ。けれど、私の身体能力は今となっては姉さんを大きく上回っていた。
「あぁ、ぁああああああああああ――ッ!!」
「ッ――!?」
姉さんを押し込むようにして、そのまま槍を振るった。押されるままに姉さんが体勢を崩して、宙へ浮く。そのまま地に叩き付けられた姉さんは勢い良く転がっていく。
姉さんが目を回している間に、私は姉さんに飛びつくようにして抑え込む。姉さんに馬乗りする格好となり、姉さんが私を恐怖に引き攣った顔で見上げた。
「ぁ……」
「……姉さん」
「……そう。私、死ぬのね」
姉さんは死を予感したように、恐怖に引き攣った表情のまま……それでも、笑った。
「……アーテル、死んだら、私も、貴方と一緒に――」
まるで遺言だ。震えながらも、姉さんは自分の運命を受け入れるように目を閉じた。
「……そうだね。これで終わりだよ、姉さん」
私はそう告げて、姉さんの胸に目がけて影の刃を突き立てた――。




