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30:願いの果てに

2021/07/27 更新(2/3)

「――今よりもっと昔、それこそ魔道具が登場する前の話よ。魔道具が人類の歴史に登場する前までは、精霊使いは魔法使いと呼ばれ、その力を血筋で継承していたわ。魔法使いが王であることを求められた国も存在していた程、精霊使いの存在は誰からも尊ばれていたの」


 街を出て、森の中を駆け抜けながらキャロは説明を続ける。私はキャロの横に並んで走りながら、言葉に耳を傾ける。


「そして精霊使いを生み出した最初の〝魔法使い〟、その人が魔法を使えるようになった精霊との契約を〝精霊契約〟と人は呼んだわ」

「精霊契約……」

「おかしな話だと思ったでしょ? そう、精霊に意思や人格といったものは存在しない。魂あるものに寄り添ってくれる世界からの祝福にして、世界の欠片そのもの。それが精霊よ。そんな意思なき存在と契約を交わすだなんて、しっくり来ないわよね」

「それは、そう思うけど……」

「でも、昔は精霊の実態なんてわからなかった。だから魔法は精霊に乞い願うことで発動する奇跡の力とされてきたわ。今の精霊教会の前身にあたる思想ね。それは間違いであり、同時に間違いとも言い切れないの。精霊教会が崇める精霊とは、私たちの知る精霊とは少し異なるのだから」

「それって……神官が口にしていた神や大精霊のこと?」


 神、そして大精霊とは伝説や御伽話の存在だ。神も大精霊も、魔法の力を使って人を守護したり、或いは災厄を齎したとも言われている。


「神や大精霊は、過去の精霊使いが起こした事件が教訓として、伝説や御伽話として話が盛られた広められた創作と言われているのが一般的よね。でも、それは事実を隠すために広めた話でもあるのよね」

「事実を隠す……?」

「神や大精霊と呼ばれた強い力を持つ精霊使いは実際に存在していた人の方が多いわ。そして、その精霊使いは普通の精霊使いとは違う。伝説や御伽話の通り、Sランクの魔物すらも圧倒出来るような力を持つ者すらいたのよ。そうして力を得た精霊使いを〝精霊契約者〟と呼んでいたの」

「精霊契約者……」

「さっき、普通の精霊使いじゃないって言った理由はね……精霊契約者になるための代償は、自分の魂を精霊化させることなの」

「自分の魂を精霊化させる?」

「そう。私たちの魂には生まれた時から精霊の祝福がかかっていて、相性の合う精霊を魂に含んでる。その魂の内にある精霊と完全に一体化することで精霊契約者は生まれるの。だから精霊に干渉する力が普通の精霊使いに比べて圧倒的なまでに強い。精霊契約者一人いれば、国を幾つも滅ぼせたと言われる程ね」


 キャロに告げられた事実に背筋に悪寒が走る。そんな危険な存在が過去、実在していたなんて……。


「しかも、精霊契約者には問題が多いの」

「問題……どんな問題があるの?」

「精霊契約者は精霊と一体化すると言えば聞こえは良いけど、精霊使いとして素養が高いと人としての自我が弱くなるという欠点も孕んでるのよ。何せ人と精霊で交ざり合ってる魂の中で、精霊の方に比重が傾いてるんだからね。だから感情が薄くなったり、欲求が薄かったり、人間味がない人が多いという特徴があるの」


 そこで私は思わず姉さんを思い出してしまった。再会してからの姉さんはどこか不安に思えて、心配になってしまうような様子があった。

 まさか、姉さんにもその特徴があった? 確かにあまりワガママらしいワガママも言わないような人だったけど……。


「だから、本当は精霊教会の役割って精霊使いを保護するための組織の筈なのよ」

「保護?」

「強い素養を持つ子は精霊としての側面が強いから、誰かに何をされても、何を命じられても言う事を聞いてしまうことさえあるの。望むものがないことが多いからね。そうして精霊使いの力を悪用されないために教会が保護をして、生きていける場を整えるの」

「そんな……! じゃあ、モルゲンの精霊教会がやったことって!?」

「完全に私が知る教会の使命に反してる。……まぁ、もうそんな使命も忘れられて、組織の在り方も変わってるのかもしれないわね。人は代替わりが早いし」


 キャロは少し寂しそうに微笑んでから、そう言った。気を取り直すように首を左右に振ってから、話を戻す。


「精霊使いを保護する理由は力を悪用させないためだけど、もう一つあるのよ。こっちの方が深刻」

「保護しなきゃいけないもう一つの理由って?」

「精霊契約者は、精霊使いが自分の魂を内なる精霊と融合することで精霊化するって言ったけど、そこには強い願いがいるの」

「願い……?」

「そう。素質がある程、意思が弱いとされる精霊使いがその逆境すらも超えて心から願った時、精霊契約は果たされる。それは、ある意味で覚悟とも言い換えられるわ。自分という存在を変革させても構わないという強い願い。それ事態は素晴らしいことではあるんだけどね、その後が不味いの。精霊契約者は、至った時に望んだ強い望みに行動原理を縛られる。例えば、かつて虐げられた人を救うために精霊契約者になった人が、虐げた人を憎むあまり、虐げるのに関わった全て人がいなくなるまで暴れ続けたという話だってあるの」

「それは……」

「精霊契約者は一度定めた願いからは、自分だけじゃ抜け出せなくなる。そして目的を果たした後、生きる希望を失って肉体を維持する気力も失い、魂だけの存在になったりする。精霊契約者が肉体を失うと大精霊と呼ばれる訳ね」

「……だから、契約なの?」

「えぇ、そうよ。だから事前に生まれるのを阻止しなきゃいけない。精霊契約者は、それこそ神にも悪魔にもなれる存在よ。たった一人で世界を変えてしまうかもしれない。でも、精霊契約者によって変えられた世界に、精霊契約者は生きることが出来ない」

「……願いから生まれて、その願いを果たす必要がなくなったら生きている意味がなくなるから」


 ーーそれは、なんて悲しい在り方なんだろう。


 思わず私は思ってしまった。だって、そんなの悲しいよ。一つの願いに縛られて、その願いのために自分の全てを燃やしきってしまような人生だ。

 そんな人生、私にはちっとも羨ましいとも思えない。


「昔はね、魔道具がないから魔法が使えない人が魔物の相手にするなんて自殺行為だった。だから精霊使いは時代に求められた。求められすぎて、自分でも求めすぎて精霊契約に至る人まで生まれた。そんな時代をはっきりと終わらせたのが魔道具なんだ。誰にでも与えられる魔法の力。誰かが思い詰めて、一人で背負わなくて良い世界にしてくれた。教会だって、最初は精霊使いの受け皿だった筈なの」

「……キャロ」

「皆で良くしていった筈の世界なんだ。……なのに、どうして忘れられちゃうんだろうね。当たり前になりすぎて、意味なんかなくなっちゃうのかしらね。じゃあ、覚えていることに、記録を残すためだけに生きることにどんな意味があるの? だから私は森を出たの。何かがしたくて、何かをしないといけないと思って、何か出来たらいいなって思って」


 キャロが強く拳を握り締める。爪まで食い込んで、皮膚を破ってしまいそうだった。


「だから、止めないと。私が原因になって精霊契約者が、それも誰かを殺すことだけを望まれた存在になってしまうなんて……絶対に認められない。私が命と引き換えにしたって償えるものじゃないのよ」


 そう呟くキャロに、私は何も言えなかった。

 そうして、どれだけ森を走っていたのか。私たちは燃やされた私たちの家の側まで来ていた。

 焼け跡となった場所で、その人は私たちに背を向けるようにして立っていた。


「――姉さん」


 私が呼ぶと、姉さんがゆっくりと振り返った。

 空っぽにしか思えない瞳には光はなく、人間らしい感情なんて一切感じさせない無表情。

 その身体には、返り血がついていた。きっと、姉さんを止めようとした神官や、アーヴァインさんのものかもしれない。


「――あぁ、良かった」


 姉さんは、本当に心の底からホッとしたように言った。

 けれど、表情は一切変わらない。そのままゆっくりと、けれど隙もなく血濡れの魔剣を構えた。


「ようやく見つけた。これで――殺せるわね、貴方たちを」

「姉さん」

「妹の顔で喋らないで。……そうよ、殺して、助けてあげないと。もう終わりにしてあげる。正しいことのために、正しくなるために、正しくあるために、正しくならないと」


 正しく、正しく、正しく。

 そして――殺す。滅ぼす。姉さんは、壊れたように繰り返している。

 そんな姉さんの姿を見て、キャロは酷く傷ついたように唇を震わせた。


「……ごめんなさい」

「謝るの? えぇ、謝って。生まれてきたことを謝って。邪悪な人、悪しきもの、世界のために消えて?」

「……本当に、ごめんなさい」


 キャロは顔を俯かせ、ゆっくりと自分の剣に手をかける。

 きっと、こう思ってしまっているんだろう。姉さんがこうなったのは自分の責任だと。自分が決着をつけなきゃいけないのだと。

 ――だから、私は剣を抜こうとしたキャロの手を押さえた。


「……アーテル?」

「キャロは下がってて。手を出したら、許さない」

「は? 手を出したら許さないって――」


 困惑するキャロを無視して、私はキャロと姉さんの視線の間に挟まるように立つ。



「――姉さんは、私が相手をする。だからキャロはそこで見てて」


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