29:貴方が私を救ってくれた
2021/07/27 更新(1/3)
「レドヴィック、一体何の騒ぎ!?」
「わからん! ただ、街中で爆発が起きたのは間違いない!」
「爆発!?」
夜中に響いてはならない程の轟音を耳にした後、私たちはすぐさま着替えて部屋を飛び出した。するとレドヴィックさんも起きてきたのか、廊下で鉢合わせる。
「私が向かうわ。レドヴィックは状況把握と住民の保護、場合によっては避難誘導をお願い」
「えぇい、俺がギルド長だっつーの! だが、それで行くぞ! すまんが任せた!」
「私も行く!」
キャロは一瞬、ちらりと私を見る。その目に負けじと真っ直ぐ見つめると、キャロは小さく頷いた。
「わかったわ、付いて来て」
「うん!」
そして、私たちは夜明けの光が差さぬ街へと飛び出した。
魔道具が発展して、人は夜の闇に光を灯すことが当たり前になった。とは言っても、人が眠る深夜にはささやかな程度の明かりしか灯らない。
けれど、眠れる街は突然の爆音で目を覚ましたかのように外灯は光を灯していた。
急な魔物の襲撃などあった場合、住民は避難しなければならない可能性がある。その時に混乱が起きないように、暗闇であることを避ける必要がある。
なので街の明かりはある程度、自動化されている。そして住民たちも爆発音に起こされたのか、不安げに窓を開けたり家の外へと出てきている。
「……まさかとは思ったけど、これは」
「キャロ?」
「爆発があったのは――精霊教会の方角よ」
「え……?」
精霊教会。その一言に心臓が嫌な跳ね方をした。不安が腹の奧から迫り上がってきそうな感覚を覚えつつも、私はキャロに置いていかれないように必死に走る。
そして、キャロの予想は的中していた。他の建物に比べて荘厳で、そして美しかったであろう教会。その一部が内側から爆破されたように崩れているのが遠目でも見えた。
私たちが爆発しただろう現場まで近づいていくと、そこには神官や信徒の人たちが呻き声を上げながら転がっていた。
「なに、これ……」
一体、何が起きればこんなことになるのか。軽傷で済んでいる人もいるけれど、見るからに重傷な人もいる。その傷の付き方も様々だ。ざっと見ただけでも切り傷、火傷、打撲跡、あまりにも種類が多すぎる。
そして、その倒れている人の中に私は見知った顔を見つけてしまって、思わず叫んだ。
「アーヴァインさん!?」
慌ててアーヴァインさんに駆け寄って、私は息を呑む。
――アーヴァインさんの片腕が、まるで吹き飛ばされたように無くなっていたから。
「っ、まず止血を……!」
「……ぅ……? 俺は……」
「アーヴァインさん! 大丈夫ですか?」
アーヴァインさんは意識が朦朧としているのか、どこか焦点が合ってない。けれど、その視線が私を捉えた時、アーヴァインさんは脱力したように生気を失ってしまった。
「……アーテルか?」
「はい、アーヴァインさん! しっかりしてください!」
「……お前に心配される……筋合いなどない……俺は……やはり間違えたのだ……はは……なら……これは報いか……」
ぶつぶつと、何かを呟いている内にアーヴァインさんが目を閉じようとする。このまま目を閉じれば彼が死んでしまうような気がして、私はアーヴァインさんに呼びかけ続ける。
「どいて、アーテル」
「キャロ……!」
キャロがアーヴァインさんの側に膝をついて、手持ちの道具で応急処置を施していく。その間にアーヴァインさんは譫言を呟きながら気絶してしまった。
「……最低限の処置しか出来なかったけれど、あとは本人の生命力と運次第だわ。レドヴィックたちが間に合えば良いのだけど……」
「アーヴァインさん……どうして、こんな腕が吹き飛ぶような事に……!」
かつて仲間だった人の惨状に、私は思わず声を震わせてしまう。キャロは険しい顔で周囲を見渡すけれど、処置が必要そうな人は他にもいる。正直、私たちだけでは手が足りなさすぎる。
それに、どうして爆発が起きたのかもわかってない。その爆発を起こした何かが今、どうしているのか。それも探らないと街の人たちが危険に晒されるかもしれない。
「――おぉ、おぉ! 神よ! 何処へ、何処へ行かれたのか! 何故だ! どうして、我らにこのような仕打ちをぉおおっ!」
ふと、そこに錯乱した男の声が響いた。私が驚いて視線を向けると、そこにはオスニエルがいた。
オスニエルの側には、信じられないといったような表情で息絶えている身なりの立派な男が倒れている。その男の死を、オスニエルは嘆いているように泣き喚き続けている。
「……神?」
「……キャロ?」
神という単語を耳にした瞬間、キャロはゾッとするような低い声で呟いた。
そのままキャロは立ち上がり、泣き喚くオスニエルの襟首を掴んで無理矢理、自分の方へと向けさせた。
「ヒッ!? き、貴様は……!」
「答えなさい。貴方たち……何に手を出した!?」
キャロの濃密な殺気に当てられて、オスニエルは全身を恐怖に震わせていた。それでも気絶が出来ないのか、キャロに魅入られたように視線を向け続けている。
けれど、キャロの目を見つめている内にオスニエルは呼吸を落ち着かせ、ただ淡々とした状態へと変化していく。キャロの目に魔力が集まっているのが確認出来たから、ヴァンパイアの力を使ったのかもしれない。
「キャ、キャロ? いいの、そんな事をして……!?」
「まさかとは思いたいけど、そのまさかだったら目も当てられない……! 言いなさい! 貴方たち――ルーチェ・アキレギアに何をしたの!?」
「え?」
なんで、そこで姉さんの名前が出てくるんだろう。
「ルーチェ……そうだ、ルーチェ様……我らの新たな神となられる御方……何故、我らを羽虫のように……」
「……姉さんが、やったの?」
この悲惨な光景を生み出したのが、あの姉さん? 嘘だ、と咄嗟に思う。でも、何も根拠がない。それでも信じたくないと思う気持ちが理解を拒みそうになる。
「もう一度聞くわ、ルーチェ・アキレギアに何をしたの?」
「かの御身は……神となられるために……儀式と試練を……」
「儀式と試練? もっと具体的に!」
「古き時代を……再現するために……精霊石を用いた香を焚いた部屋で祈りを捧げてもらい……聖水で身を清め……その身を神に近づけて頂いた……それを繰り返すことで、あの御方は神となられる筈であった……」
「はぁ? 古き時代って何よ、そんなのどっから出てきた情報よ……! しかも、もしかしてその聖水って、精霊石を砕いて溶かした物!?」
「そうだ……そして……あの御方に我々も祈りを捧げた……信仰を等しくし、我らを導く神へ……」
「――この、馬鹿共がッ!!」
キャロは今にもオスニエルを殴り飛ばして、いや、首を引き千切ってしまいそうな程に怒りに満ちていた。
何が起きているのかわからない。ただ、ろくでもない話を聞かされているということだけは直感してわかった。
「精霊使いに過剰な程、魔力を注ぎ込んで、しかも意識を誘導した挙げ句に祈りの対象にした? 条件は……出来ちゃってるの? わからない、こんな、そんなの私だって実例まで知らないわよ……!」
「キャロ……?」
「お前たちは、その神とやらに何をさせるつもりだったの!?」
「……滅びあれ……邪悪なるヴァンパイア……その尖兵たるデュラハンに死を……この街を救い、正しき信仰の下に……人に……幸福を……」
キャロはその言葉を聞いて、表情を抜け落としてしまった。同時にキャロの力も途切れ、オスニエルはそのまま意識を失うように倒れる。
「……キャロ?」
「……私のせいなの?」
「キャロ」
「私がここにいたせいで……? ただ、ここにいたいって、そう思うことすら許されないって言うの……?」
「キャロッ!」
私がキャロの肩を揺さぶると、キャロは感情を取り戻したように目を瞬きさせた。
そして私を見てから、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて目を閉じる。何度か深呼吸した後、キャロは勢い良く立ち上がる。
「……ルーチェが向かうとしたら、私の家の跡地ね。とにかく、彼女を止めないと」
「待って、キャロ。姉さんに何があったの?」
「……貴方は知らない方が――」
「――キャロにだけ背負わせないよ。あの人は、私の姉さんなんだ」
キャロは姉さんに何か良くないことが起きたのを悟っている。それは、キャロにとっても強いショックを与えるものだったんだと思う。
だからこそ、今のキャロを放っておけない。一人で向かわせる訳にはいかない。だから無理矢理にでも一緒に責任を背負う。
だって、姉さんに関わることだったら私にも知る権利があるのは当然の話だ。
「……そうね。貴方は、全部知った上で私を恨んでもいいわ」
キャロはどこか諦めたような口調で、静かにそう言った。
そんなキャロの手を、私は強く掴む。痛いほどに掴んだからだろうか、キャロが顔を歪める。
「馬鹿なこと言わないで」
「でも、これは私が原因でこうなって……」
「キャロがここにいるから悪かった、なんて言う人がいたら、私が違うって反論する。貴方はここにいるだけで人を不幸に落とすような人じゃない」
私を見て、と言うようにキャロの頬に手を伸ばす。その真紅の瞳が戸惑うように私を見つめる。
「――貴方が生かしてくれた私が、それを断言するから。だから全部話して、頼って欲しいんだ。私を貴方が助けて良かったと思える人にさせて。その為に私は戦うと誓うよ」
心からの言葉を、どうか届いて欲しいと願うように告げる。
キャロは私を見つめた後、噛み締めるように唇を引き結んで、目を閉じる。
少し時間をかけて黙り込んだ後、顔を上げた時にはいつものキャロだった。
「なら、急ぎましょう。説明は走りながらするわ。――ルーチェ・アキレギアに何が起きたのかを」




