22:迷える光 中編(Side:ルーチェ)
2021/07/24 更新(1/2)
その報せが届いたのは、Sランクへの昇格を目指してギルドを移ってから数ヶ月経った頃だった。
「なに、これ……? アーテルが、殉職……?」
報されたその事実を、私は受け止めることが出来なかった。
報せてくれたのはリエルナさんで、その手紙の文面から彼女の後悔と無念を感じることが出来た。でも、それが理解出来ない。
(どうして? アーテルが死んだ? リエルナさんが面倒を見てくれている筈なのに、なんでリエルナさんが謝ってるの? なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで――ッ!)
何も考えられなくなって、私はただ真実を知るためだけに故郷へと舞い戻った。
そこで私を迎えたのは、後悔と無念、憐憫と罪悪感が入り交じった表情を浮かべる見知った人たち。
中でも酷かったのが、私を出迎えるなり泣き崩れたリエルナさんだった。
「リエルナさん! どういう事なんですか! アーテルが、アーテルが殉職って、死んだって! なんで!」
「ごめんなさい……ルーチェ」
「謝らないで! 謝ってないで説明してよ!」
「落ち着け、ルーチェ!」
興奮してリエルナさんに掴みかかる私を、カーティスが止める。息を荒げながらも、私は制止されたことで最低限の落ち着きを取り戻した。
でも、その取り戻した落ち着きも一瞬にして消え去る。意気消沈として、痛ましい程の姿を見せるリエルナさんはぽつぽつと喋り始めた。
「……アーテルに任せていた仕事は、命の危険があるようなものじゃなかった。あれは、そう。本当に不幸なことだった……犠牲が一人だけで済んでるのが奇跡な程に……」
「それって、どういう……?」
「アーテルを殺したのは、〝死神〟デュラハンよ」
「〝死神〟デュラハンだと……!? あの神出鬼没のSランクの魔物がここに現れたというのか!?」
アーヴァインが目を見開いて驚きの声を上げる。死神デュラハンの名は私だって聞いたことがある。アーヴァインの言う通り、神出鬼没で出会えば死を免れないと噂されていた危険な魔物だ。
その魔物が、アーテルを殺した……?
「……そうよ。そして、新人ハンターの研修中に運悪く遭遇してしまったアーテルが、その子を逃がすためにデュラハンと交戦したの」
「……嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!」
「私だって! 嘘ならどれだけ良かったと……!」
信じられないまま、私が叫ぶとリエルナさんも負けない勢いで叫びそうになる。
ぽろぽろとリエルナさんが涙を流したことで、私は動きを止めてしまう。
「こんな、こんな事になるなんて……何も想像出来てなかった……! 私だって、信じたくないわ……でも、デュラハンと交戦したと思われる場所はあまりにも酷かった。血だって、あれだけ酷ければ致死量まで失血してるのは間違いないわ。この目で! 確かめたのよ!」
そう叫んで、リエルナさんは泣き崩れてしまった。親代わりとして、ずっと私たちの面倒を見てくれて、影から見守ってくれていたリエルナさん。
アーテルを自分の後継者にしたいと、そう言ってくれたリエルナさんがアーテルが死んだことについて何も思ってないなんて、そんなのあり得ない。なのに、私の口は言葉を止めてくれない。
「……どうして、アーテルが一人で死ななきゃいけなかったの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「どうして……! ねぇ、なんでっ!」
「ルーチェ!」
カーティスが私の手を掴んで止めようとしてくれてるのに、私はそれを振り払おうとしてしまう。感情が入り乱れて、自分が制御出来ない。
「……アーテルをパーティーから追い出したのは自分たちの都合だろ。お前たちがアーテルを追い出したからこんな事になったんじゃねぇのかよ」
ふと、そんな呟きが聞こえてしまった。
私は弾かれたようにそちらへと視線を向けると、ハッとした表情で口元を抑えている男がいた。確か、ヘリオンとか言う名前のハンターで、何かと私たちに突っかかってきたのを覚えていた。
彼の言葉に頭の中が怒りで満たされていく。けれど、私が怒声を上げるよりも先に彼の側にいた彼の仲間が怒鳴った。
「ヘリオンッ!」
「な、なんだよ。俺は間違ったことは言ってねぇ!」
「君がここまでクズだとは思わなかった……! 『黎明の空』を抜けた後のアーテルを孤立させてたのが僕たちだって自覚がないのか!?」
「は……? な、なんだよ、それ! 俺たちがって何だよ!」
「アーテルが誰とも組めなかったのは、ヘリオンが自分たちのパーティーに入れと強引な勧誘していたからだ。しかも! 君が無闇に煽るから皆、表立って関わりたくなかったんだよ! 『黎明の空』がいなくなってから、自分たちがトップだと嘯いて好き勝手に振る舞ってきただろう! その結果がこれだ! アーテルを煽っていた君にも、止めきれなかった僕たちにも原因がある! それを自覚しないで、ルーチェたちにお前は何を言った!? ヘリオンだってアーテルが死んで悲しいと、そう思ってたんじゃないのか!?」
「いや……それは……」
「確かに僕だって『黎明の空』は気に入らなかったさ! 妬みもしたさ! だからって言って良いことと、悪いことぐらいの判別もつけられないのか!?」
「――もう、止めてください!」
争い合う二人を、険悪になる場を止めたのは一人の少女だった。
彼女はボロボロと涙を流して、ふらふらと私の方へと近づいてくる。
「……最後にアーテルさんと一緒にいたのは、私です。アーテルさんは、私を逃がすために一人でデュラハンに立ち向かっていきました」
「……貴方が、アーテルと……?」
「優しい人で、丁重に色んなことを教えてくれました……もし、大きくなったらあの人みたいになれたらなって……そう思ったのに……! 本当に、本当に凄い人でした……! こんなところで死ぬべきじゃなかったのに……!」
「……カトリちゃん」
「もう嫌なんです、アーテルさんのことで空気を悪くするのは! アーテルさんがそんなことを望んでる筈がないじゃないですか! 皆だって、アーテルさんが死んで悲しいのに! なんで、なんで悪者を作ろうとするんですか! 本当に悪いのはデュラハンじゃないですか!」
誰かが少女の名を呼んだ。カトリと呼ばれた少女は、泣きながらくしゃくしゃになった表情を歪め、悔しさを叫ぶ。
「私が強ければ……誰かとチームを組めてたら……もしかしたらって……! 皆、そんな後悔ばっかり……! でも、本当に許せないのはデュラハンでしょう! あんなのが、あんなのが出たから、アーテルさんが……!」
感極まったのか、カトリは自分の顔を両手で覆って泣きじゃくってしまった。
皆が、後悔や無念に表情を歪めている。言い争いをしていた筈のヘリオンとそのチームメンバーも悲痛な表情だ。リエルナさんは言葉もなく、嗚咽を零していた。
脳が理解を拒もうとする。でも、耳に入ってくる声が、目にする光景が、それを認識してしまえば嫌でも理解させられる。
アーテルは、こんなにも惜しまれながら死んでしまったという事実を。
もし、アーテルを助けてくれる誰かがいたら、アーテルは死ななかった?
なんで、アーテルが死んでしまうような目に遭うのに、私は駆けつけられなかった?
私がアーテルを置いていったから悪いの? 私は……間違ってしまったの?
――悪いのはデュラハンじゃないですか!
その叫びが、私の頭の中で何度も繰り返される。
胸の中に灯ったのは、小さな炎。それはアーテルの死を認識したのと同時に、その思い出を薪に焼べるようにして燃え上がっていく。胸に宿った炎の名前は、憎悪という。
「あぁ、あぁぁ……っ! あぁぁあああァアァアアアアアアアアアアアア――ッ!!」
デュラハン、デュラハン、デュラハン、デュラハン――ッ!!
それが、仇の名前だ。この世から消し去らなきゃいけない存在だ。
許さない、絶対に許さない。アーテルをこの世から奪った存在を、私は絶対に許すことはしない。
 




