21:迷える光 前編(Side:ルーチェ)
――私は、正しいことをしているのか。
私――ルーチェ・アキレギアはそんな疑問が浮かびそうになるのを、唇を強く噛むことで堪える。
私の視線の先には、私の妹――アーテルがいる。信じられない、といった表情で私たちを見つめている姿に迷いは強くなっていく。
(今更、迷ったところでなんだと言うの? もう、私には止められない……)
そうだ。選択肢なんて私にはなかった。むしろ、ない方が良いのかもしれない。
もし選ぶ権利があったのだとしても、何を選んだところで間違えることしか出来ないのだから。
私は、いつからこんな間違いばかりの人生を送るようになってしまったんだろう?
きっと、最初の始まりはアーテルを切り捨ててしまったことだ。それから私の人生は何もかもが上手く行かなくなってしまった。
後悔が記憶を苛む。苛まれた記憶が悪夢となって私に幻覚を見せる。
私の妹であるアーテルは、珍しい先祖返りの魔石持ちだった。そのせいで不義の子ではないかと疑われて、難産で弱った母が打ちのめされた姿を見たことがある。
幸い、噂はすぐに父と母が仲良い姿を見せたことで消え失せていった。成長するにつれて少しずつ両親の面影を見出せるようになったアーテルに、ちゃんと自分の妹だと認識することが出来た。
弱った身体が戻らないまま母が力尽き、私たち姉妹を育てるために父が無理をした挙げ句、病に倒れてしまった。
置いていくことを申し訳ない、と謝る父は出来る限りのことを私たちにしてくれた。別れは悲しくあったけれど、悲しんでばかりもいられなかった。
アーテルを守れるのは、もう私しかいなかったのだから。
だからハンターになる道を決めた。幸い、私は他の人にはない精霊使いの才能に恵まれた。この才能を使えば、ハンターとしてやっていくことが出来ると思っていた。
そこでアーテルもハンターになりたいと言ったのは予想外だった。
最初は危険なことはして欲しくないと思ったけれど、側にいた方が守れると思った私は結局、アーテルと一緒にハンターになった。
……今思えば、あの時期が一番幸せだったのかもしれない。姉妹二人でハンターとして生きて、日々の生活を力いっぱい生きていたあの日々が。
――けれど、私はアーテルと道を違えてしまった。
アーテルが成人となり、ハンターランクが上げられるようになって新たな仲間が増えた。
馬鹿で考えなしだけど、勘は鋭くて思いやりのあるカーティス。頭の回転が速くて、効率的に物事を進めようとするアーヴァイン。
二人と出会えたことで、私たちは一気にAランクのハンターまで駆け上がることが出来た。そこまでは順調だったと思う。
ランクが上がる中で、問題になってきたのはアーテルだった。アーテルはサポートに集中していたので、あの子自身の実力は評価されるものではなかった。
そんな中で、最初に私に苦言を零したのはアーヴァインだった。
「このままアーテルを依頼に同行させるのは……私は正直、反対だ。アーテルは全体のサポートと私の護衛も兼ねているが、サポートに関してはともかく、ランクが上がってからは護衛を任せるだけの実力が足りていない。信頼して身を預けられないと思ってしまった以上、この不安を隠し続ければいずれアーテルへの不満を増すことになるかもしれない。そうなる前に俺はリーダーであるお前に打ち明けるべきだと考えた」
「アーヴァイン……でも、それなら私が後ろに下がれば解決しない?」
「一人守るのと、二人を守るのとでは話が違う。はっきり言おう、ルーチェ。俺はアーテルには『黎明の空』を抜けてもらうべきだと考えている」
アーヴァインにはっきりとアーテルを抜けさせた方が良いと言われた時、私は今までで一番大きな衝撃を受けてしまった。
これからもアーテルとは一緒にハンターとして活動していけると思っていた。けれど、アーテルの実力に不安があるのは私も同じだった。そこにアーヴァインの意見も加わり、私は道を見失いそうになってしまった。
「俺は賛成もしないし、反対もしないかな。ただ、アーテルはハンターに向いてるのかな、とは思ったことはある。そりゃアーテルがいなくなると困ることはあるけど、俺やアーヴァインが抜けるのとは話が違うだろう。正直、アーテルがこのチームで必須の役割を果たせている訳じゃないと思ってる。だからって要らない、って思う訳じゃねぇけど……あの子だったら別の道もあるんじゃないかな、って思ってる」
アーヴァインの話を聞いた後、カーティスに相談を持ちかけたらそんな返答をされた。
アーテルはハンターに向いているのだろうか? アーテルのサポートが当たり前だった私にとって、アーテルはとてもじゃないけど不要だとは思えない。
でも、そのサポートが必ずアーテルじゃなければいけなかったと聞かれると……そうは言えなかった。
「いつか、そんな話が出ると思ってたわ」
「リエルナさん……」
「別に私はアーテルに実力が足りてないとは言わないわ。ただ、貴方たちのチームにいるなら力不足だと思う。アーテルは討伐よりも、調査や探索に向いているもの。貴方たちの伸ばせる実力の方向性と、アーテルが身につけた方が良い知識や能力の方向性は一致してないと思うわ」
「……方向性が一致してない」
「例えばだけど、ルーチェは私のようにギルド長の仕事が出来ると思うかしら? 全体に目を行き届かせて、必要な仕事を割り振り、ケアが必要な時は手配する……それが私の思うギルド長としての務めかしらね」
出来ない、と私は思ってしまった。リーダーとは言っても、チームの指示を全体に出して判断を下しているのはアーヴァインだ。
あくまで私が出来るのはチームの方針を決めることと、魔物を確実に倒すことだけ。チームに必要な細かいところは今まで、アーテルとアーヴァインの二人に任せてしまっていた。
そんな私がリエルナさんの言うような役割を果たせるとは思えない。だけど、だからこそ方向性が違うというリエルナさんの言うことに納得が出来た。
「アーテルには私の跡継ぎになって貰えないかと思ってたわ」
「リエルナさんの跡継ぎ……次のギルド長に、ってこと?」
「私だっていつまでも若くないし、仕事は引き継いでいかなきゃいけないわ。そして人を育てるなら早ければ早い方が良い。それならアーテルを後継者として育てても良いかなと考えていたわ」
「アーテルを……次期ギルド長に……」
私がぼんやりとしながら呟いていると、リエルナさんが何か言いにくそうに唇を引き結ぶ。少しの間を置いて口を開いて、リエルナさんが言った言葉に私は軽く身を竦ませてしまった。
「……ルーチェ。貴方、もっと大きなハンターギルドから勧誘も来てるでしょ?」
「……っ、それは、断ってたけど……」
「貴方は精霊使いよ。そして一気にAランクまで駆け上がった実力がある。Sランクだって夢じゃないでしょう。だから今の内に囲い込みたいと思ってるハンターギルドは多いでしょう。……そして、ハンターギルドの中には精霊教会と繋がりが深い支部もある。正直、ギルド長としては複雑な思いに駆られるけれど、上を目指して、引退した後は精霊教会に入ることも考えるなら、貴方も進路を考える時が来てるのかもしれないわ」
「でも、精霊教会は魔物を嫌ってるでしょう? だったら、魔石持ちのアーテルは……」
私が確認するように問いかけると、リエルナさんは静かに首を左右に振った。
「……受け入れられない可能性の方が高いわね。アーテルもエルフの先祖返りとは言われてるけれど、それが本当にエルフのものなのかどうかはわかってないんだもの。得体の知れない魔石持ちのアーテルを精霊教会が貴方と引き離そうとする可能性は大いにあるわ」
「そんな……」
「こう言ってはなんだけど……ルーチェ。貴方は自分の優秀さを少し自覚しなさい。貴方の人生の速度に付いて行ける人はそう多くない。それが才能を持つ故の孤独とも言えるわ。それなら少しでも貴方に近い人が集まる精霊教会に身を寄せるのはありだと思うの」
「でも、そうしたらアーテルとは……!」
「……親代わりとして、敢えて厳しく言わせて貰うわね。貴方と一緒に歩くことがアーテルの幸せなの? 私は確かにアーテルの背を押したわ。それが貴方たちには必要なことだと思ったから。でも、合わせて伝えたわ。アーテルがルーチェに付いて行くのに必要なのは折れない心だって」
「折れない心……」
「どんなに自分が情けなくて、誰かに迷惑をかけてしまっても、それでも責任を果たすという折れない心よ。ルーチェがこれから果たすのは偉業でしょう。でも、貴方と並ぶ限りアーテルは日陰者よ。それでも耐えられる? と私は聞いたわ」
「私が……アーテルを日陰者にしてる……?」
「貴方がずっと側にいて、力を尽くせばアーテルを守ることは出来ると思うわ。貴方にはそれだけの力がある。でも、貴方に守られ続ける限り、アーテルはずっと貴方に守られた妹でしかないわ。少なくとも、周囲の人はそう見るでしょう。アーテルが貴方の妹であるというだけで、貴方の輝きを貶める存在だと言う人も出てくるかもしれない。注目をされればされる程、そんな可能性があることを貴方は忘れてはいけないわ」
そんな話、聞きたくないと耳を塞げればどれだけ良かっただろう。でも、私が何も知ろうとしないままでいたら、その皺寄せはアーテルに行く。
ずっと一緒に生きていけると思ってた。でも、私が活躍してしまう度にアーテルが侮られてしまうなら、私は何のためにアーテルと一緒にいるの……?
「Sランクになってしまったら、そう簡単には後戻りは出来ないわ。Sランクになった途端に抜けるのと、まだAランクである今の内に抜けるのとでは周囲に与える印象も違うわ。アーヴァインからも言われたのでしょう? なら、チームのリーダーとしてよく考えなさい。それが貴方の背負った責任よ、ルーチェ」
リエルナさんは厳しく、けれど優しい声で私にそう言ってくれた。
話を聞いてもらった日の夜、私は泣き続けてしまった。両親が死んでからも、ここまで泣いたことはなかった。
私はどうしたら良い? 何が正解で、何をどうしたかったの? 泣いて、泣いて、泣き続けて。そして、ようやく出した答えは……。
「……アーテルを、私の人生の添え物にしたい訳じゃない」
アーテルは頑張っている。私の側でサポートをするだけになって、誰かに侮られるようなことになんてなったら……私は怒りを抑えられる気がしない。
アーテルの頑張ってきた姿を私はずっと見てきた。その努力は報われるべきものだ。それが私と一緒にいることで、私のせいで翳ってしまうというのなら……。
「……アーテルに、あの子自身の人生を歩んで欲しい」
私の妹じゃなくて、頑張った一人のハンターとして。きっとアーテルなら、リエルナさんのようなギルド長になれる。
そうだ、それなら私はアーテルがギルド長になった後、立派なハンターになって戻ってこよう。アーテルがギルド長として認められたなら、私が並んだって侮るようなことを言う人はいなくなるだろう。
ギルドと精霊教会の関係は難しいけれど、それでも私なら間に入ることも出来るかもしれない。いつか、アーテルがギルド長になって、そこで私がハンターとして、或いは精霊教会との間を保つ架け橋になれれば。
それは、きっと理想の未来だ。アーテルにならきっと出来ると信じられる。
「……アーテルと話をしなきゃ」
ちゃんと上手く話せるだろうか。でも、『黎明の空』のリーダーとして、しっかりしなきゃ。
でも、きっとアーテルならわかってくれる。そして、お互いに立派になったら、また一緒に歩める時が来る。
――そんな未来が来ることを、私は疑ってなかった。




