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20/33

20:私たちは許されない

2021/07/22 更新(2/2)

「――それから後の話は、キャロも知っている通りだよ」


 夕焼けも陰り、夜が迫る。そんな中で私の現在(いま)と過去を繋ぐ話は終わった。

 キャロはただ静かに黙っている。私はゆっくりと息を整えるように深呼吸をする。すると、泣きたい訳でもないのに一筋の涙が零れ落ちていった。


「私は自分がアーテル・アキレギアなのか、それともデュラハンなのかわからない。どっちでもある、が正解なのかもしれないけれど……」

「……そうね。話を聞く限り、アーテルの身体は死にかけていた。そのアーテルの肉体を魂ごと、デュラハンは融合することによってアーテルを生き存えさせたのかもしれないわね。結果として貴方はデュラハンと入り交じり、存在を保つために獲物である魔物を探して徘徊するようになりました、と」

「……だから、私に姉さんを責める資格なんて本当はないの。私は、あの人の妹であったアーテル・アキレギアだとは言い切れないから。そもそも、姉さんがいてくれたらなんて、そんなのどうしようもないことなのもわかってる。顔さえ見なければ恨み言なんて出て来ない。でも……姉さんを目にすると、どうしても思っちゃうんだ」


 どうして私を置いていったの。姉さんが私を置いていかなければ、私はあんな思いをしなくて済んだかもしれないのに。

 夢を追って、私から離れていった姉さん。それはどうしようもない事だってわかってるのに、抑えられなかった。


「……私は、もう姉さんに会うべきじゃない」

「そうね。アーテルが恨みたくない、と思っても身体に刻みつけられた恐怖はそう簡単に克服することは出来ないわ。貴方が死にかけたのは事実なんだもの。その事態を回避することもルーチェ・アキレギアには出来た、と言うのもまた事実よ」

「でも、お互いの人生なんだ。それで納得しないといけない」


 デュラハンであった時は、ずっと続く悪夢だった。三年も続いていたと認識も出来ない程の絶望感。

 あの絶望だけで、きっと私は一度心が死んでしまっている。一度、死んでしまった心は前と同じように戻ることはない。


「――辛かったわね」


 キャロが私の肩を抱いて、自分に寄りかからせるように抱き寄せる。そんなキャロの優しさに甘えるように、私はキャロの胸に顔を埋めた。


「……姉さんにあんなことが言いたかったんじゃないの。辛くて、苦しくて、許せないけれど、でも、恨んでる訳じゃない。私に関わらないなら幸せになって欲しい。ただ、それだけなの」

「えぇ、わかるわ」

「苦しいけれど、キャロが助けてくれたから……いつか、あの悪夢だって見なくなるかもしれない。もう、私は魔物の命を闇雲に貪りたいと思ってはいないから」

「そうね。貴方ならきっと大丈夫」

「……ねぇ、キャロ」

「なぁに、アーテル」

「――私、生きてて、いいよね?」


 どんなに強がっても、記憶を取り戻したばかりで不安定なんだと思う。アーテルとしての自我も、デュラハンとしての在り方も、それがまだぐちゃぐちゃに混ざったままで、自分が何になるのか予想が出来ない。

 その先に待っているのが、結局悪夢になるしかないのだったら。私は生きてていいのか不安になる。死を選ぶことが出来ないまま、悪夢に戻るしかないのだとしたら。私は、本当に生きようとしてもいいんだろうか。


「……アーテル」

「キャロ……?」


 不意にキャロが覗き込んできた。そのまま至近距離まで迫って、互いの吐息を感じるほどまで近づく。

 キャロの真紅の瞳に魅入られるように、私は彼女から視線を離せなくなる。そして、キャロの指が私の心臓の位置をなぞった。


「もし、貴方が見境もなく人に害を為すような存在になった時は安心しなさい。――私が優しく殺してあげる。悪夢を見る暇もなく、穏やかに眠れるように」


 ――それは、希望に溢れた優しい死刑宣告(やくそく)だった。

 気を緩めてしまえば嗚咽が零れ出てしまいそうだった。それでも、ここで泣いてしまうのは自分が許せなくなって、必死に噛み殺す。


「……これからも一緒にいて、いい?」

「えぇ。それが貴方を助けた私の責任の取り方なのよ」

「……嬉しい」


 助けてくれてありがとう。嫌な約束をさせてしまってごめんなさい。

 感謝と罪悪感で心が乱れてしまうけれど、そのどちらも呑み込んでみせると唇を噛む。

 果たしたい約束と、果たさない約束と。そのどちらをも抱えて、私はまだ生きていたい。生きていていいのだと、許されたいから。


「私、生きるよ。キャロ」


 貴方が許してくれるなら、まずは貴方と一緒に。

 貴方とこの世界を一緒に生きていたいから。



   * * *



 キャロと話をして、落ち着いてから私たちは眠りについた。今日は不安定気味な私のために一緒に寝てくれるということで、私はキャロと並んでベッドで寝ていた。

 私は眠るまで、何事もなく朝が来ると信じていた。――それが、どれだけ甘い考えだったのか、私は思い知らされることとなる。


「――アーテル、起きなさい」

「……キャロ?」


 キャロの呼びかけで、私は目を覚ました。ベッドの側に立つキャロはいきなり服を脱ぎ捨てて、手早く着替えている。

 そして、キャロはいつもの外出する時の装備を身につける。その慌ただしい様子に私は目を丸くしてしまう。


「どうしたの……?」

「どうやら、あっちも手段を選ばなくなってきたのかしらね」

「え?」

「――来るわ」


 キャロが呟いた瞬間、衝撃が私を襲った。

 家が揺れて、破砕音が響き渡る。突然のことに悲鳴を上げてベッドから転げ落ちてしまう。


「な、何……!?」

「アーテル、マナ・ブレイドは身につけておきなさい」

「キャロ、今のって……!」

「覚悟を決めなさい。これから何が起きても」


 キャロは一切、笑いを含まない表情で言い切った。私は戸惑いながらも枕元に置いてあったマナ・ブレイドを腰に下げる。

 私がマナ・ブレイドを腰に下げたのと確認して、キャロは私の手を引いて窓から家を飛び出した。キャロと私が家を飛び出すのと同時に二度目の衝撃が家を襲った。

 焦げ臭い臭いがして、勢い良く顔を上げる。視線を上げればキャロの家が燃えているのが見えた。夜の闇は炎の明かりによって照らされ、眩い程だ。


「なに、これ……」


 どうしてキャロの家が燃やされているのか、まったくもって訳が分からない。

 困惑に呆然とするしかない私は、聞こえてきた物音に反応して視線を向けた。

 そこには人が立っていた。数は四人、その内の三名を見て、私は息を呑んだ。


「……嘘」


 なんで、と声が漏れた。ただ信じられなかった。どうしてあの人たちがここにいるのかと。

 そして、その手に武器を持ち、今にも戦いを始めそうな雰囲気を纏っていることも。


「……姉さん! カーティスさん! アーヴァインさん!」


 姉さんは一切感情を見せず、カーティスさんは険しい表情で、そしてアーヴァインさんは忌々しげに私を見つめていた。

 まさか、キャロの家に火を放ったのはあの人たちなのか。どうして姉さんたちがキャロの家を攻撃してきたのか、まったくわからない。

 私が困惑していると、キャロが一歩前に出て私の前に立ち塞がる。


「やってくれるじゃない、神官様。……えぇと、名前はなんだっけ?」

「オスニエル・サンセットだ! 忌々しきヴァンパイアめ! 貴様の暗躍も今日、ここまでとなる!」


 キャロが声をかけたのは、モルゲンの街でキャロに難癖をつけていたあの神官だった。


「人の家に火を放っておいてそれ? 暗躍も何も、私は何もしてないのだけど?」

「何度も言っているだろう。貴様の証言など、何一つ信用がおけぬ。人の心を惑わし、操るヴァンパイアの言葉になど耳を傾けると思うたか!」

「……それで、わざわざ『黎明の空』まで連れて焼き討ちに来たってこと?」

「貴様の悪行の証拠は一目瞭然だ! そこな少女、アーテル・アキレギア……いや! デュラハンを討伐したと偽り、自らの配下に加えたのは動かぬ証拠よ! 貴様はデュラハン撃退のために尊い犠牲となったアーテル・アキレギアの肉体を奪ったデュラハンを匿い、人を害なす悪行に手を染めようとしていたのだ!」

「妄想も過ぎれば怖いわねぇ」

「何が妄想なものか! 最早、貴様の存在は看過しておけん! 貴様を討伐し、その栄誉をもって私は神官長となり、この街を正しき信仰へと導くのだ!! この街の住人は幾ら、言葉を重ねようと、神官として尽くそうとも貴様の存在を受け入れようとする! 悪しきヴァンパイアだと知りながらも排斥に動かない! これは既に貴様が人心を思うままに操っているからであろう!!」

「何ですかそれ……それで、こんなことが許されると思ってるんですか!?」


 あまりの言いがかりに私は叫んでしまう。するとオスニエルは怒りに表情を歪め、叫び返す。


「貴様等こそ、何故自分たちの存在が許されると思っている! 穢らわしき魔石持ちめ! 精霊を食い荒らし、その力を我が物のように扱い、人の生活を脅かす悪しきものよ! 魔物がどれだけ危険な存在か、人はわかっていないのだ! その力を利用することすらも精霊に対する不遜そのもの! 貴様等の存在全てがこの世界の理に、人の世の在り方に反しているのだ!!」

「な……っ!?」

「ヴァンパイアと共に生きる街? そんな夢物語が実現する筈もなかろう! その噂が広まれば、教会の権威は失墜し、街にはあらぬ噂が流れるだろう! 人は一度、疑えば止まらぬ! モルゲンがヴァンパイアに支配された街だと誰かが言えば、その誤解を誰が正す? 街ごと滅ぼせと、そんな声が上がってからでは遅いのだ!! 故に! 私が正義を為すと言っているのだ!!」


 オスニエルは、その手に立派な杖を構えキャロへと向ける。その瞳には不信感と憎悪が入り交じっていて、炎に照らされた瞳が熱意に燃えているかのようだった。


「我が信仰のために、そしてモルゲンのために、人の世のために! 貴様等、悪なる存在を私は許容しないッ!!」


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