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19/33

19:記憶を辿る 05

2021/07/22 更新(1/2)

 カトリちゃんを案内して、森の中で気をつけるポイントを教えている内にカトリちゃんが入れそうな最奧までやってきた。

 森を歩くには体力がいる。カトリちゃんは少しくたびれた様子だったので、昔の自分の姿を重ねてしまう。


「疲れた?」

「はい……でも、大丈夫です」

「そう。でも無理は禁物だよ、あくまでここはカトリちゃんが入れそうな最奧ってだけで、必ずしもここまで来る必要はないからね」

「はい!」


 元気よく返事をするカトリちゃんに、本当に素直で良い子だと頬が緩んでしまう。

 出来れば、この子には私のような挫折は味わって欲しくないと考えてしまう。どうか身の丈にあった仲間と出会って、翳ることがない人生を。そこまで考えて、私は首を左右に振る。


(……思ったより参ってる。でも、今は仕事に集中しないと)


 後悔なんて一人になってからすれば良い。そう思ってカトリちゃんに帰ろうと声をかけようとした時だった。



 ――全身の血液が凍り付いてしまいそうな悪寒、凍り付いた身体を粉々に砕いてしまような圧迫感が襲いかかってきた。



 鬱蒼とした森の奥。その暗がりから、闇が形になったような鎧が音を立ててゆっくりと歩いて来る。

 全身鎧のその影は、しかし頭がなかった。黒い霧のような靄がかかっている頭部が辛うじて頭のように見えるだけ。その靄の中に僅かに浮かぶ目のような光が私たちを見据えている。


(――ダメだ。これは、死んだ)


 ――〝死神〟デュラハン。

 その名前を、私は知っていた。あらゆる情報を頭に叩き込もうとした際に入れたことがある、出会えば死を免れないと言われているSランク認定の魔物だ。

 唯一、生き残った人も多大な犠牲の上に生き残っただけであり、ハンターとして再起不能になったという逸話がある程の大物。なのに、その出現先は以前として不明。いつ、どこで出会うかわからない死を告げるもの。


 どうしてここに、と思うよりも先に膝が屈しそうになった。圧倒的な死の気配に抵抗は無意味だと、魂に直接刻みつけられてしまったかのような脱力感。

 このまま死んでしまった方が楽になれる。そう思う程に圧迫感に、私よりも先にカトリちゃんが崩れ落ちた。濃密なまでの死の予感に、彼女は絶望しきった表情を浮かべていた。

 ここで、私たちは終わる? さっきまで明るく笑っていた筈のカトリちゃんが、ここで死ぬ? あぁ、そんなの――見過ごせる訳がない。


「――カトリちゃん、立って」


 私の声にカトリちゃんが顔を上げる。何を言われたのかわからないという彼女から視線を外して、私は腰に下げていた魔剣を抜いた。


「立って、走って、逃げなさい」

「ぇ、ぁ、で、も……」

「立って! 走りなさいッ!!」


 これまでの人生で一番の怒声が飛び出てきた。私の怒鳴り声を受けたカトリちゃんは身を竦ませ、顔を恐怖に引き攣らせて涙を零したまま絶叫して走り出した。

 遠ざかろうとしていくカトリちゃんの気配を感じながら、私はデュラハンと向き合う。デュラハンは逃げるカトリちゃんを追うような素振りはなく、私をジッと見つめているようだった。


(……はは、何やってるんだろ。私)


 ここで抗っても勝てる気が一切しない。あっさり殺されて、逃げたカトリちゃんだって殺されてしまうかもしれない。

 だったら、ここで頑張っても意味なんてあるんだろうか。どうせ死ぬのなら、遅いか早いかの違いでしかない。


 どうせ死ぬ。ここが私の最後だ。そう思ったら、今までの出来事が脳裏に駆け巡った。

 ままならない人生だった。ぴったりと噛み合うことがなくて、色んな人に迷惑をかけながら生きて来た。


 先祖返りで魔石を産まれても、その力を上手く活用することも出来ず。

 両親を失った後は、姉さんと離れたくないためにハンターをやっても、パッとせず。

 結局、追いつけないまま半端な結果に終わって、今、こうして形になった死と向き合ってる。

 本当に意味なんてない人生だった。私はここで何も為せずに終わる。それだけは確実だった。


(――それでも、最後くらいは自分に恥じない人でいたい)


 姉さんと、笑い合った。一緒にハンターとして生活して、楽しかった。

 目標に向かって全力を尽くすのは苦しかったけれど、充実していた毎日だった。

 褒めてくれる人もいて、貶す人もいて、喜んで、悲しんで、怒って、笑って。

 確かに、私は生きてきたんだ。


 カトリちゃんを死なせない。カトリちゃんさえ間に合えば、デュラハンの出現は報せることが出来る。そうすれば他のハンターたちが対処してくれるかもしれない。

 だから何の準備もないまま、デュラハンを他の人と遭遇させる訳にはいかない。時間を稼ぐ必要がある。それがたった一秒だとしても、何の意味がなかったのだとしても、ここで諦めることだけはしたくない。


「私の人生の全てをかけて、足止めする……!」


 それが死を前にした私に許された、最後の一瞬だから。

 私が決意を固めて、一歩踏み出す。そのまま魔剣をデュラハンへと向けて振り抜く。

 すると、デュラハンの纏っている影が集まって剣のように形を変える。互いに切り結び、鍔迫り合いとなる。


(ッ、全然、勝負にならな――)


 勝負にならない、と思った瞬間、私は無意識に後ろへと後退った。鍔迫り合いの均衡が一瞬にして崩れる。そして、私がさっきまで立っていた空間を空気ごと断つような凶悪な一閃が振り下ろされた。

 辛うじて回避した私は、そのまま距離を取る。汗が全身から吹き出て、恐怖で身体が動かなくなってしまいそうだった。


(無理だ。私なんかの剣の腕じゃ絶対に敵わない……! 力も、技も、何もかも劣ってる……! 近づかれたら終わる……!)


 私は魔剣とは逆の手で、腰から魔杖を抜く。予め込めてある魔法を魔力を注げば使えるようにしたものだ。

 込めてある魔法は《マジックアロー》、それを私は無我夢中で魔力を込めてデュラハンへと放つ。

 しかし、何十発も数を放った《マジックアロー》を、デュラハンは剣の一振りで全てを掻き消した。


「……嘘、でしょ」


 一体、何をされたのかわからない。剣を振っただけで魔法の矢が消える? そんな事が有り得るのか。やっているとしたら、どうやって。

 相手を観察して、情報を解析しようとする。それは信じたくない現実からの逃避だったのかもしれない。

 そして、私の思考は――突如、痛みに塗り替えられた。デュラハンの剣を握っていた手元がブレたかと思えば、私は肩に衝撃を受けて背後に木に叩き付けられていた。


「ぁ、ぁが、ぁ、ぁぁぁあぁアァアアアァアアァ――ッ!?」


 魔杖を木に叩き付けられた衝撃で取りこぼしてしまう。私の肩を貫通して木に縫い止めるように、影の剣が槍へと姿を変えていた。

 肉が抉られて、激痛で思考が回らない。槍を引き抜きたくても、貫通した槍は抜けそうにもない。


「あぁぁ、痛っ、痛い……痛い、痛い……!」


 どうにかなってしまいそうな思考の中、ただ痛みから逃れるために影の槍を掴む。

 どうやったらこんな強度になるかわからない、不思議な手触りだ。けれど、その手触りに意識を回している余裕なんてなかった。

 そうしている間に、更なる追い打ちが私に叩き付けられる。影の槍が突き刺さった光から、ずるりと何かが吸い込まれるように身体から力が抜けていく。


(これ……魔力……吸われて……)


 影の槍から接した部分から、魔力が奪われていく。虚脱感によって思考が霞んでいきそうになる。ダメだ、この槍をどうにかしない限り、このまま魔力を吸われ続けて死ぬ。

 さっきの魔法の矢を掻き消したのも、この魔力を強奪する特性があったから可能な芸当だったのかもしれない。それに気付いても、為す術がない。


(……死、ぬ)


 これは、もう死ぬしかない。肩は縫い止められて動かず、魔力は相手に吸われてしまっている。魔力がなくなれば私に抵抗の術も失う。

 いや、あった所で……もう、出来ることなんてないのかもしれない。


(……私は、何のために……生まれてきたんだろう……?)


 霞む思考が、また走馬灯を私に見せる。人生を遡る中で、私は思い出す。

 魔石。私が私として生まれる切っ掛けになったもの。けれど、その力も在り方も知らない、私の一部。


(……魔石は、魔道具の核と一緒、なら)


 もう、私に出来ることはない。けれど、このまま死んでなどやるものか。

 本当に最後の一瞬まで、この人生を使い切る。それが正体の知らぬものであっても。


 魔石は心臓と同化している。今までその存在を感じたことはあっても、力の使い方はわからない。

 けれど、このまま死を待つよりはずっと良い。私はデュラハンの吸収に抗うように胸の魔石に意識を集中させて魔力をかき集める。



「これで砕けたっていい……! 終わってもいい……! 最後くらい、せめて、最後くらい……私が私であった意味を果たしてよッ!!」



 ――私の叫びに呼応するように、胸の奥が脈打った。

 鼓動の音と重ねるような、何か別の音。その音がどんどん早くなっていく。それに引き摺られるようにして鼓動も早くなっていく。

 デュラハンによって凍えきっていた筈の血潮が、また熱を伴って全身を駆け巡る。音が心臓が痛くなる程に大きくなる。



 ――そして、罅割れていけないものが割れてしまったようだ。



 そこからは、よく覚えていない。視点はどこか客観的だった。

 肩に刺さっていた槍を素手で握り締めて砕き、無事な手で魔剣を手にして私は走る。

 デュラハンが槍から剣へと戻し、斬り結ぶ。到底、私の出せる力とは思えないほどの力が身体から湧き出てきて、デュラハンを押し返した。


 代償は腕だった。骨が折れた音がする。筋肉が引きちぎれた感覚があった。でも、もう痛みが痛みとして認識されていない。

 迸った魔力が身体を無理矢理に支え、骨が折れ、筋肉が断裂しようとも無理矢理動かす。それはまるで、人形を操るかのような動きだ。


 腕だけではなくて、足も同じように潰れる。四肢が潰れたという事実を認識しても、私は止まらずにデュラハンに向かっていく。

 私という存在が壊れていく程、魔力が膨れ上がる。胸の奥で罅割れていく音が酷くなって、不協和音が頭の中で鳴り響き続けている。



 ――生きるために死んで、死にながら生きている。今の私は、正にそんな状態だった。



 全身から血が吹き出て、辺りに撒き散らす。デュラハンと鍔迫り合いになる度に衝撃が起きて、木々の枝葉が折れていく。木には嵐が来たかのよう無数の傷が刻まれて、周辺一帯が惨劇の場へと早変わりしていく。

 その中で私はまだ動けていた。どうして動けているのかはわからない。ただ、形が保ってるから動けているだけ。

 均衡を崩したのは、私の方だった。膨れ上がる魔力は、私という存在そのものを薪に焼べて燃やしているようにも思える。


「■■■■――――ッ!!」


 喉はとっくの昔に潰れていた。それでも上げた叫びと共に、私の残った生命を魔力に変換させて人生最大にして、最後の一撃をデュラハンへと叩き込んだ。

 デュラハンの鎧が砕け、人間で言うところの心臓へと突き刺さる。びくり、と身を震わせたデュラハンがゆっくりと力を抜いた。


(……やっ、た……?)


 デュラハンを、倒せてしまったんだろうか。正直、信じられない。

 でも、真実を確かめる力は私には残ってなかった。ただ、動きを止めたデュラハンを、その凄まじく硬かった鎧を砕いたことに私は満足してしまった。


(――生命と引き換えだったら、私にも出来たよ……姉さん)


 力が抜けていく。壊れていた身体が、壊れていたという認識を取り戻したかのようだ。

 痛みはもう感じない。ただ、どうしようもない脱力感が全身を襲う。辛うじて無事なのは頭ぐらいしか残っていない。それすらも、消えかけの灯火のようなものだ。

 思考が閉ざされ、意識が闇に引き摺られていく。これで目を閉じてしまえば、きっと最後だ。


(姉さん……私は、これで少しは生きてる価値があったかな……?)


 目が、もう開かない。何も、見えない。

 身体はめちゃくちゃで、何も感じられない。

 意識は闇の中へ。これで、私の人生が終わる。


(……でも、本当は――もっと生きたかったな)


 痛みもなく、恐怖もなく。でも、無念だけが残る。

 その無念を惜しむ間もなく、あっさりと――私の意識はそこで終わった。



   * * *



 ――それが〝私〟の終わり。

 辛うじて生き残ってたのは、頭だけ。

 でも、その全身には魔力がぱんぱんに詰まってた。


 生きるために、死にそうになりながらも抗って。

 そんな〝私〟に手を伸ばす。


 まだ、生きてる。もうすぐ、死ぬけど。

 それは――惜しいな、って思った。


 私は〝私〟で、〝私〟は私。

 元々、私は私なんてなくて、〝私〟と出会ってしまった。

 そして、どういう奇跡なのか、私たちは――〝共鳴〟していた。


 私が空っぽだったからかもしれない。私には私がなかったからかもしれない。

 あまりにも〝私〟が、燃え尽きてしまう炎のように輝いていたからかもしれない。



 ――〝生きたい〟



 何もかも失って、それしか残ってない私たち。

 それは、まるで鏡合わせ。


 身体しか残ってない私と、頭しか残ってない〝私〟。

 あぁ、なんてピッタリだったんでしょう。


 なら、一つにしてしまいましょう。いいえ、一つだったのかもしれません。

 いつから? 今から? 最初から? それはわからない。そして、必要ない。

 必要なのは、私たちはぴったりだったってこと。


 じゃあ、おやすみなさい、〝私〟。次に目が覚める時まで。

 疲れたでしょう。頑張ったでしょう。だから、次の人生まで。

 〝私たち〟の人生を、その時に始めましょう。



 だって、私たちはずっと――生きたいと望んでいたのだから。




  

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