17:記憶を辿る 03
姉さんにチームを抜けて欲しいと言われても、私は即決することが出来なかった。
でも、誰も私を引き留めるようなことは言わなかった。
「正直、俺は向いてないのかもなって思っちまったよ。アーテルが弱いから悪いって訳じゃなくて、別にお前は戦うのとか好きな訳じゃないだろ? 俺はこれしか向いてないからハンターやってるけれど、お前は違うような気がするんだよ。だから、このまま漠然とハンターをやってたら、いつか後悔するんじゃないかって思うんだ」
カーティスさんは私の実力不足だけじゃなくて、私がハンターであることが向いてないんじゃないかと付け加えて。
「私たちは快挙とも言える速度でランクを上げてきた。しかし、その中でアーテルの働きは君でなければならないものでもなかった。逆に、君がいることでルーチェの動揺を誘うこともあるだろう。君の働きは評価するが、必ずしも君自身が必要かと言われれば私は厳しい判断を下さざるを得ない。今まではそれでも良かった。だが、今後までは保証しかねる」
アーヴァインさんは淡々と、今後を見据えての話をしてくれた。実力が足りない私では姉さんの足を引っ張ってしまうんじゃないか、と。
「以前、私が言ったことを覚えていますか? アーテル。貴方がルーチェの隣でハンターをやっていくために必要なのは、折れない心だと」
カーティスさんとアーヴァインさんの話を聞いた後、私はリエルナさんと話をした。
リエルナさんはまず、話を切り出す時にそう言った。その内容を私はすぐに思い出すことが出来た。
「私は土台となりなさいと言いました。貴方自身が活躍が出来なくても、誰かの活躍を支える土台となれるように、と。貴方はルーチェと並ぶ限り、貴方が主体になることが出来ません。貴方はあくまで支える者。その支えが、むしろ土台を崩してしまうのなら本末転倒です。貴方たちの成長は私が思っている以上でした。誤解を受けないように先に言っておきますが、アーテルが無能なのではありません。あの三人がむしろ規格外なのです」
精霊使いであり、魔法だけでなく剣士としても強い万能である姉さん。
剣の腕前だけなら姉さんをも越え、野性的な勘の鋭さを持つカーティスさん。
状況を冷静に判断して、適切な援護を行うことが出来るアーヴァインさん。
その三人に並べると、確かに私は凡才だとしか言いようがなかった。
「この問題は、いつか必ずぶつかると思いました。どんなに備えてもルーチェは貴方を置いていくだろうと。こればかりはどうしようもないのです。人は生まれ持った才能を選ぶことは出来ないから。その上で、それでもルーチェと共にあることを望むなら、心を折らないことは前提になってしまうのです。そこから先を望むなら、もっと大きな負担が貴方には降りかかるでしょう。――アーテル、貴方はそれに耐えられますか?」
――無理だと、心が悲鳴を上げた。
だって、それでも一緒にいたいと望むのは私のエゴでしかない。私は弱いのに、それでも一緒にいたいと望むのは他の三人の負担にしかならない。
それでも良いと、かけた分だけの負担に報いられるものを私は何一つ持ち合わせていないから。
私が弱いから、と。そう弱音を吐いた私をリエルナさんは優しく抱き締めてくれた。
「誰が悪いという話ではないのです。貴方はよくやっています、アーテル。その挫折の経験はルーチェには得ることは出来ないのです。あの子は光です、ですが光に照らされることで生まれる影もあるのです。それは時に痛みを伴います。貴方は、そんな痛みと寄り添える人になれます。それは貴方が頑張ったからこそ、貴方が得たものなのです」
だから、貴方にはいつか私の後を引き継ぐ人になって欲しい。
華々しく第一線で活躍するハンターではなく、そんなハンターたちを支えるギルドの職員として。
そんなリエルナさんの誘いに心が揺れた時点で、私の心は固まっていた。
――そして、私は『黎明の空』を抜けた。
私が抜けた後、姉さんたちは以前から声をかけられていた別のギルドで活動をすることを決めたらしい。
「もっと色んな経験を積みたいんだ。それでいつか立派なハンターになって戻ってくるよ。その時はアーテルも次期ギルド長かな」
「そんな簡単になれるものじゃないよ、姉さん」
「そうだね……私はリエルナさんみたいになるのは無理そうだってわかってるから。でも、アーテルなら出来そうな気がする。アーテルは本当に細かいところにも気付いてくれるし、優しい子だから。貴方は私の自慢の妹だ」
「……姉さん」
「私、立派なハンターになる。それが私の夢、絶対に叶えたいんだ。そうしたら……」
その後の言葉を、姉さんは気恥ずかしげに言うことはなかった。
お互いに頑張ろうね、と励まし合って。そして、私たちの道は別たれた。
――姉さんが去って、その数ヶ月後。私が命を落とすことになるとは知らないまま。
* * *
一気に話したことで、喉が渇きを訴えた。
それを察したようにキャロは一度、話を中断させて飲み物を用意しにいってくれた。少し休む必要もあるだろうし、と言ってお茶の用意を始めている。
話している間に日は沈みかけていた。遠くの空が夕焼けに染まる中、私はぼんやりと空を眺める。
「お待たせ、アーテル。はい、お茶」
「ありがとう、キャロ」
温かいお茶を口に含むと、思わずホッとしてしまう。すると自分でも力が抜けたな、と思うことが出来た。
過去の話をしていると、自然と整理をすることも出来た。それが今の落ち着きに繋がっているのかもしれない。
「それにしても、アーテルのお姉さんも含めて『黎明の空』は才能に溢れた子たちばっかりだったのね。半年程度で一気にランクを二つも上げたのでしょう?」
「そうだね。運が良かった、というのもあると思うんだけど……たまたまランク上げの評価に関わりそうな魔物と遭遇することが多くて」
「……それだけど、もしかしたらアーテルがいたからかもしれないわね」
「私が?」
「貴方は魔石持ちだもの。その魔石の気配で寄って来ていた、という可能性はあるわ。魔石持ちの魔物は縄張り意識が強いし、他の魔石持ちを狙って力をつけようとするもの」
「そっか……じゃあ、やっぱり足手纏いになってた可能性は高いんだね」
「でも、アーテルはデュラハンを単独で倒したのでしょう? 決して弱いという訳ではないと思うのだけど……」
キャロが軽く首を傾げながらそう言った。その疑問に私は一気に全身の熱が冷え切ってしまったような悪寒を感じてしまった。
あぁ、忘れもしない。あの最後の感覚を、それこそが私の絶望の始まりだったのだから。
「……全然敵わなかったよ」
「……アーテル?」
「デュラハンを倒せたのは、私の実力じゃない。例え、あれが実力と呼ぶことが出来ても、もう一回出せるかどうかはわからない」
「どういう事?」
キャロが訝しげな表情を浮かべながら私に問いかけてくる。私は身体の熱を取り戻そうとするかのようにお茶を飲む。それから、そっと一息を吐いてから私は言った。
「あの日、私は間違いなく死んだの。うぅん、むしろ死ぬしかなかった。デュラハンと遭遇したあの日、私はハンター志望の見習いの子の付き添いで森に入ってた。その森の案内の途中で、そろそろ街に戻ろうかと思った時に――デュラハンは現れた」
――あれは形になった〝死〟だった。見た者に死を与える〝死神〟そのもの。
頭部だけが黒い霧のようなモヤになっている、全身鎧の不気味な姿。その場で意識を失ってしまってもおかしくない絶望感を感じさせた。
「……勝てる筈もなかった。どう足掻いても勝算なんてない。でも、たった一つだけ私には出来ることがあった。私の死因はデュラハンに直接殺された訳じゃなくて、私はあの日――」
――自分の魔石を、暴走させたの。
 




