16:記憶を辿る 02
「いいですか、アーテル。貴方があの子の隣でハンターをやっていくために必要なのは、折れない心です」
姉さんと一緒にハンターをやりたい、と言った私にリエルナさんはそう言った。
リエルナさんは眼鏡が似合う女性だ。赤茶色の髪を綺麗に纏めて縛り上げ、釣り上がった空色の瞳は常に誰かを睨んでいるようにも見える。
実際に厳しい人だけど、その厳しさはハンターギルドの支部長としてハンターたちを導くために必要な厳しさだと言うのは身に染みて実感した。
そんなリエルナさんに私が最初に教えられたのが、冒頭の一言だった。
「貴方はルーチェのように才能がありません。魔力量はあっても、ハンターとして輝けるようなセンスがありません。ですが、ハンターというのは栄光輝く華々しい活躍が全てではありません」
ハンターは魔物を狩るのが仕事。危険な魔物と対峙して、これに勝利する華々しさは誰もが憧れるけれど、それだけで回るような仕事ではない。
「仲間を支え、魔物の生態を探り、状況に対して適切な判断をすること。華々しい活躍の裏には誰かの支えがあることを忘れてはなりません。それはギルドのバックアップも含めて、誰かの活躍は、また別の誰かの密かな努力によって支えられているのです。貴方は華にはなれないでしょう。ですが、その分だけ華を支える土台であることを目指しなさい」
魔石は持ってても宝の持ち腐れ、戦うためのセンスは及第点。そんな私にリエルナさんが示したのが、ひたすら地盤を整えることだった。
依頼を事前に調べておいて、何が必要なのか推察する。常に最悪の状態を想定して備えること。魔道具の種類を把握することで、何が有効なのかを瞬時に判断すること。
そして何より、姉さんが万全な力を発揮出来ることが何よりの私の仕事だった。野営の準備から食事、寝床、姉さんの体力や魔力を温存するための立ち回りこそ、私が貢献出来る何よりの役割だった。
そうして二人で毎日、駆け出しのハンターが受けるような仕事を受けた。
依頼の中には街のちょっとしたお手伝いなんかもあったけれど、それもリエルナさんが言っていた誰かの活躍の裏で支えている、別の誰かの密かな努力を実感するキッカケにもなった。
魔道具の販売員さんと仲良くなれば、最新の魔道具の紹介や、効果的な使い方を教えて貰えた。
薬師さんのおば様と仲良くなれば、有用な薬草の見分け方だったり、採取の方法や使い方を伝授してくれた。
姉を支える私を誰もが偉いね、と褒めてくれて私は姉の役に立てているという実感が胸を満たしていた。
だから、幸せだったんだ。
姉さんを支えていられると実感出来る毎日が。その日々が、きっと私にとって一番、幸福な日々だった。
その日々に変化が起きたのは、私の成人を待って、私たちはハンターランク上げを行ってからだ。
この時、姉だけは単独でBランクにまで昇格出来ると言われていたけれど、コンビを組んでる以上、私の成人を待つということでお互いにDランクのままだった。
私もCランクに昇格するのはあっという間で、ランク上げを望んだらむしろそのまま判子を押されてしまった程だ。
リエルナさん曰く、もう十分すぎる程に実績は上げているから、さっさとCランクからBランクになって欲しいと言われてしまった。
そしてBランクのハンターを目指す中で、私と姉さんは後にハンターチーム『黎明の空』を組むことになる二人の仲間と出会った。
「うわっ! すげぇな、アンタ! もしかして精霊使いって奴なのか! 魔法も使えて剣も使えるなんてスッゲェー!」
剣の腕前だけなら姉さんをも凌ぐ魔剣使いで、底抜けに明るいけど馬鹿なのが玉に瑕なカーティス・マイヤー。
「君たちが話題の姉妹か。君たちの実力を目にするのを楽しみにしていた、今回の共同依頼ではよろしく頼む」
冷静沈着で、状況を冷静に見つめる魔弓使い。気難しい面はあるけれど、最善の意見を出してくれたアーヴァイン・ポーレット。
お互いCランクのハンターで、共同依頼を受けたことをキッカケに私たちはチームを組むことことになった。
「今回の共同依頼で確信した。私たちが組めばもっと上を目指せるだろう。共にチームを組まないか?」
「おぉ! それはいいな、アーヴァイン! なぁなぁ! ルーチェとアーテルもいいだろう? チームを組もうぜ!」
「……どうしよっか、アーテル」
「カーティスさんがいてくれるなら姉さんばかりが前に出なくてもいいし、アーヴァインさんがいてくれると私よりも判断が的確だから助かるかな」
私が完全にサポートに回って、前衛はカーティスさんに、後衛はアーヴァインさん。姉さんは状況に応じて前にも出るし、後ろで魔法を使うか選ぶ。
そうして私たちはあっという間にBランクへと昇格し、そして異例の短期間でAランクまで駆け上がっていった。
姉さんとコンビでハンターをやっていた頃が幸せな日々だったなら、『黎明の空』にいた時の私は充実した日々だった。
それでも、私たちには小さな綻びがあった。その綻びは繕われることはなく、時の経過と共に大きくなっていった。
……そして私たちがBランクからAランクに昇格して、半年が過ぎようとしていた頃、私の人生が決定的に変わった日が訪れたのだった。
「……ねぇ、アーテル」
「なに? 姉さん」
「アーテルはさ、ハンターギルドの職員に興味なんてないよね?」
「……姉さん?」
どこか後ろめたそうに、それでも姉さんは私にそう聞いてきた。
その問いかけに、私は漠然と抱いていた予感じみたものを感じた。
「……なんで、そんな事を聞くの?」
「リエルナさんが、そろそろ後継者を育てたいって言ってたの。次のギルド長の候補を探してるって」
「……うん」
「ギルド長ともなれば、収入だって安定するし、とても名誉なことでしょ? ギルド長だってそんな簡単になれる訳ないんだしさ。それにアーテルだったら向いてるんじゃないかって思って……」
「姉さん」
姉さんは私に呼ばれると、叱られそうな子供のように身を竦めた。
「……姉さんはさ、私にハンターを辞めて欲しいの?」
「……」
「……どうなの?」
「……」
「姉さん」
姉さんは何も言わず、俯いていた。暫く黙っていると、姉さんが私の手を取った。
優しく私の手を撫でる姉さんは、私の手に涙を落とした。ぽたり、ぽたりと姉さんの涙が私の手を濡らしていく。
「……Aランクに昇格して、相手にしなきゃいけない魔物がどんどん強くなってきたわ」
「うん」
「Aランクはエリートだから、今後名指しの指名依頼も増えてくるってリエルナさんが言ってたわ。だから危険な目に遭うことも増えてくる」
「うん」
「カーティスも貴方のことを心配していたわ。アーテルの剣の腕じゃ、これから厳しくなってくると思うって。アーヴァインも、サポートに徹するなら同行以外の道もあるって。もしアーテルが対応出来ないような魔物が襲ってきたら、アーヴァインまで危険に晒されてしまう。アーヴァインの援護がなければカーティスだって厳しくなってきたわ」
「うん」
「……私は、アーテルに死んでほしくない。危険な目に遭っても欲しくない」
「姉さん」
「わかってる。……約束したよね。私を守ってくれるって、私も貴方を守るって」
姉さんは、涙を流したままの目を私に向けた。瞳の奥で慈しみと恐れが入り交じったように揺れてしまっている。
「貴方を守りたい。嘘じゃない。危険に晒したくないし、だから全力を尽くす。だから、この判断も私が貴方に出来ることだと思って言うわ、アーテル」
――『黎明の空』を、抜けてくれないかしら。
その日は雨だった。曇り空から、ざぁざぁと音を響かせる雨が涙のように降り注いでいた。




