11:夢に情熱を込めて
キャロがヴァンパイアだと知った後、詳しい話は家に帰ってからするということで、私たちは用事を済ませて帰宅した。
帰宅する頃にはすっかり日も落ちてしまっていたので、食事は簡単に済ませようという話になった。
そうして、いつもよりあっさりとした食事を終えた後、私たちは話をするために向き合う。お互いの間に置かれた照明の光が、私たちを照らしている。
「さて……まず、どうやって話を切り出せば良いかな」
「……じゃあ、私から聞いて良い? キャロって本当にヴァンパイアなの?」
「そうよ」
あっさりとキャロは肯定してみせた。あまりにもあっさりとした反応に、私の方が調子が崩されてしまう。
「ヴァンパイアって、あのヴァンパイアだよね? 最悪の亜人と呼ばれてる……」
「そうね。実際、アーテルにだって私の力を使ってるし」
「え?」
「ヴァンパイアの力は洗脳も嘘じゃないけれど……もっと正確に言えば、精神干渉の力を持ってるのよ」
「精神干渉……私にも使われてた……?」
「不思議に思われてないなら、それはそれで大成功ね。貴方が暴走しないように気を遣ってたのよ、私の力でね」
「暴走……」
そうだ、改めて考えてみれば記憶もなく、自我も不確かな私がこんなに穏やかな生活を送れているのはおかしいのかもしれない。
記憶が刺激されたり、思い出そうとすると白昼夢を見るように発作を起こしていたけれど、その発作を起こした時には毎回、キャロが側にいてくれた。
「キャロだったんだね、私を知らない間に落ち着かせてくれたのは」
「えぇ。だから、あの神官が言ったことは間違いではないのよ。ヴァンパイアの力はかけた相手に自覚させないことも出来るから」
水を入れたコップを指で突きながら、キャロは自嘲するような表情で呟く。
「ヴァンパイアは人の血を吸わなくては生きていけない種族なの。だから正体を隠したり、相手から血を貰うために認識を誘導してきたのは事実よ。でも、それは悪用の結果であって、ヴァンパイアが皆、自分の力を使って悪行を働こうとしている訳じゃない。むしろ、誰にも見つかりたくないから力を使って姿を隠している者だっているのよ」
「じゃあ、なんで最悪の亜人だなんて言われてるの?」
「単純にヴァンパイアが強いからよ。血さえ万全に吸っておけば、高い再生能力と精神干渉の力で逃げに徹すればまず捕まらない。魔法だって使えるし、長生きも出来るから経験が豊富なヴァンパイアほど狡猾だと言われてる。単純に並の人間には勝てないポテンシャルがある。そんなヴァンパイアが悪事を働けば、それはもう最悪と言われても仕方ないでしょうね」
「そんなにあっさり認めちゃっていいの?」
「ヴァンパイアである以上、自分が危険な存在だと思われてると自覚させられるからね。自分を戒めるためにも必要だし、ヴァンパイアだと知れば必要以上に警戒してくる人間もいる。中には危険な存在だと承知してヴァンパイアを利用しようとする人だっている」
「それは……」
「ヴァンパイアだと知られれば、もう何を言っても信じて貰えないなんてことはよくあるもの。それでも私はヴァンパイアであることは隠さずに生活しているけれどね」
「どうして?」
ヴァンパイアだと知られることで起きる問題、それをキャロは強く自覚していると思う。それなのにどうしてヴァンパイアであることを隠さないのか、私には不思議だった。
私の問いかけにキャロは黙ってから、視線を天井へと向けた。
「――つまらなかったから」
「……つまらない?」
「私の親はね、皆で固まって暮らすヴァンパイアの一族だった。私の一族は縄張りから一歩も外に出ないのが習わしなんだ。皆、日の光すらも嫌いなのかってぐらい引き籠もって、飽きもせずに知識の探求ばかりしてる。そうして長い生を研究にだけ費やして、俗世とは関わらず生きてた。私はそんな同胞に退屈しか感じなかった」
キャロは光に照らされた自分の手を見つめながら、その手を握り締める。
その表情は彼女が言うように退屈そうで、何より寂しそうにも思えてしまった。
「こんなに強い力や立派な身体、豊富な知識があるのに、それを自分たちが引き籠もるためだけに使って、なんて勿体ないんだろうって思った。外の世界は広いのに、限りある世界の範囲で満足して、何も為そうとしない同胞たち。人の血がないと生きていけないのに、その人との関わりだって最低限。気がおかしくなるかと思ったのよ。だから、私は縄張りから飛び出したの」
「飛び出したって……」
「家族も一族も捨てて、私は外の世界に出た。最初はヴァンパイアって知られる度に怖がられたり、時には売り物にされそうになったわ。問答無用で殺されそうになったりもしたし、本当、外の世界に出てから衝撃の毎日だったわね」
「いや、全然笑えないけど……」
「そう、笑えないのよ。なんでヴァンパイアって生まれただけでこんな扱いを受けなきゃいけないのかって。私だって、望んでヴァンパイアに生まれた訳じゃないのに。それでもヴァンパイアというだけでどこまでも残酷に、残忍になれる人がいた。本当に笑えなくて、世界に失望しそうになったこともある」
笑みを消して、ただ真剣な表情でキャロは呟いた。その目に強い光が灯っていて、まるで炎が揺らめいているかのようだった。
「だから変えてやろうなんて意気込んだわ。ヴァンパイアが怖いって言われても、私はヴァンパイアであることを隠さない。血だって足りなければ貰いたいと申し出るし、力だって悪用しない。血を貰う代わりに病気などないか調べて教えてあげたし、魔法を使うのが怖いって言うなら魔道具で戦ってやる、って思った。とにかく、人の役に立って自分という存在を認めさせようと思った。そのために出来ることは全部やってきたわ」
それは、とてつもない熱が込められた声だった。キャロの中にある情熱の炎、そのものに触れてしまったような気分になる。
誰からも疎まれるヴァンパイアという種族に生まれての尚、それでも諦めずに前を向いて突き進もうというエネルギーの塊を、この人は持っているんだと理解させられる。
「流石に親密な人を作って、その人が傷つけられたらって思うと街には住めないんだけどね。でも、私はそこからでもいい。ヴァンパイアという種が認められないのだとしても、私という個人が受け入れられたなら私の勝ちよ。これは私の挑戦なの」
「……挑戦」
「まぁ、時には本当に嫌になって隠遁したくなる時もあるけど……人と関わり過ぎちゃったからさ。同い年ぐらいだと思ってた人が結婚して子供が産まれてたり、気付いたらいつの間にか老いてて、ぽっくり亡くなってしまった時もある。それでも、その人の子供がいて、縁も、人生も、世界も続いていく。ここで捨てたら、何もかも全部捨ててしまうような気になってね」
「……捨てられないから?」
「そう、私は捨てたくないのよ。自分が得られる筈だったチャンスも、未来も、何もかも。それで辛い思いをしたのだとしても、そんな勿体ない人生を私は歩みたくない」
キャロの言葉が、何故かどれも私の胸に深く突き刺さる。思わず耳を塞いでしまいたくなる程、その言葉に胸が締め付けられてしまった。
まるで私という存在そのものが軋んでしまっているかのようだった。私が覚えていなくても、まるで身体は覚えているような。覚えていない筈の記憶が、私を責め立てるような錯覚に襲われてしまう。
「だから私はアーテルのことを放っておけなかったのよ」
「……え?」
「私は、アーテルの過去を少し知ってるわ。だから貴方が私と違って、色んなものを諦めてきた人生を送ったんじゃないかと思ってる」
どくん、と。心臓が大きく跳ねた。まるで核心を突かれてしまったように、胸がざわめいて落ち着かなくなる。
「貴方には、やっぱり話しておかないといけないと思うの」
「……何を?」
「私の知る限りの、貴方の過去を。いずれ、貴方の過去は貴方の前に姿を現す。その時に貴方がどうしたいのか、何を選ぶのか。その時になってちゃんと考えられるように導くことが、貴方を拾ってきた私の責任だと思ってる」
キャロは真っ直ぐ私を見つめながら言った。
……逃げ出してしまえ、と囁く自分がいる。聞いても仕方ないことだと、聞いても私が辛い思いをするだけだと。だから、何も聞かなかったことにしてしまえば良いと囁く声だ。
その囁きを、私は歯を食いしばって堪える。震えそうな拳を握り締めてから、キャロと向き直る。
「キャロが言いたいこと、まだ全部わかるとは思えない。それをわかったと判断出来る程、私は私のことも知らないから……だから、教えて欲しい。キャロが知っている私のことも、キャロが何を考えているのかとか、そういう事も含めて全部」
「……いいのね?」
「わからない。でも、きっと後悔するとしても、何もわからないまま怯え続けるよりはずっと良い」
今出来る精一杯の決意を込めて、私はキャロへと強く言い切った。
キャロは私の言葉を受け止めてから、ゆっくりと目を閉じた。それから暫く沈黙を保っていたキャロが目を開きながら告げる。
「わかったわ。なら、話しましょう。私が知る限りの、アーテル・アキレギアという少女のお話を」




