最底辺の少年
「……分からん」
人気のない図書館の中、教科書の上に突っ伏す俺は呟く。すると、頭を軽く叩かれる。
「たく……このくらい出来なさいよ。魔術の基礎理論よ?」
対面に座るアイラが丸めた紙束で肩をトントンと叩きながら呆れたようにため息を洩らす。
「だがよぉ……こんなの、俺が使える分けないだろ……俺の魔術の成績は最底辺なんだし」
「でも、こういった理論だけでも覚えておくのは重要なことよ?将来どんな職に就くのか分からないけど、憶えておくことに損はないわ」
「へぃ……」
「それより、私としては儀式の方を教えて欲しいの。ほら、次の授業、テストだし」
「……わかった。そういう契約だし」
アイラが持ってきたバックから取り出した辞書のような書物に目を通していく。
実家の職のせいでこう言ったものを丸暗記しているし理解できているけど、普通の貴族のアイラじゃ理解は難しいよな。
というか、これは何に必要なんだか。少なくとも、こっち側の儀式を行う人間にしか必要ないと思うのだが。
「死祭……葬儀の内容かぁ……。これは儀式に使う道具と相手の地位、後は埋葬の手順が基本かな。儀礼用の祝詞はこんな教科書に書かれているような例文を基礎を踏まえれば憶えなくても良い。その人の人生の経歴から作り上げる訳だから、テストも同じ形式となる筈だ。他に必要なものと言えば墓守の仕事内容かな。ものによっては医師や猟師、処刑人を兼業している事もある」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ俺にアイラは少し呆れながら羊皮紙にペンを走らせる。
俺の言った内容を書き終えるとアイラはペンを置き、魔術の教科書とにらめっこする俺に話しかける。
「本当にこう言った儀式に関連したものは本当に得意だよね……」
「まあ、誰にだって得意不得意があると言うことだ。俺に関しては魔術が致命的に出来ないしな」
机にペンを走らせ円を同じ間隔で重ねるよう五つ描き、その中に五芒星を描く。円を囲うよう魔術に必要なルーン言語を書く。
魔術は基本的に『術式』と『意味』を必要とする。
『術式』は魔術の特性を、『意味』は魔術の属性を表している。例えるなら『術式』は白紙の紙、『意味』は絵の具のようなものだ。
――御託は良いか。そんなもの、俺には必要ないし。
意味は『小さき光』。ペンを媒介に魔力を込めてあるからできる筈だ。
――しかし、いくら待っても魔術が起動しない。
一分、三分、五分と経過していく中でアイラは少し戸惑いながら言葉を紡ぐ。
「やっぱり可笑しいな……。術式も文字も魔力も足りてるし合ってる筈なんだけど……」
「だよな。手法の違い……または書き方か?それが違うのかな……」
自己分析に入る俺の頭に衝撃が走る。
「……とりあえず、私の方でも調べてみるわ。でも、期待しないでよ?こんなの初めてなんだから」
「分かってる」
丸めた紙束を俺の顔に向け不適な笑みを浮かべるアイラは席を立ち、図書館を出ていく。
原因は、理解している。
俺は普通の魔術が使えない。正確には、普通の魔術が起動できない。生まれついてのこの魔力は死に汚染されている。
教科書の最初、幾つもの魔術の種類が書かれているページに捲り、内容を指でなぞる。
魔術にも種類がある。共通して『術式』や『意味』を必要しているがそれと同じくらい『魔力』も重要視される。
『魔力』は無味無臭無色透明なエネルギーではない。生まれつき、得意不得意が設定されてしまっている。
俺の場合、それがあまりにも尖りすぎている。他の魔術がゼロを超えマイナスになってしまう程に俺の魔力は一つの魔術系統に長けている。
あまりにも不器用で、あまりにも愚か。だからこそ俺は学園で最下位の立ち位置に位置している。
「その生活に文句をつけるつもりはないけどな。そっちの方が組織としては正解だ」
蟻という生き物は全てが働き者ではない。確実に数匹怠ける個体がある。幼い頃、それがとても奇妙だったから、取り除いてみたことがある。
しかし、取り除かれると新たな怠ける個体が現れた。
組織において、最底辺を感受できるというのは他の連中を押し上げるのにちょうどいい理由となる。
最下位に居座るのが最下位にしかなれない人間なら、目をつけられる事はない。一々他人の目を気にする必要もない。愚かな人間でいる方がはるかに立ち回りやすい。
「―――!」
「―――!――――!」
「……うん?」
教科書を革製のバックに仕舞い、寮に帰ろうとしたところで男と女の言い合いを目撃する。
先頭に立つ男の前には金髪ドリルの女が冷静な表情で諭しており、男は顔を真っ赤にしている。
腕に付けられた五枚の花弁をイメージした校章に目が吸い寄せられ、俺は納得する。
校内の治安維持や会計などを行う生徒会の人間か。相変わらず勤勉な仕事にご苦労なこった。男の方も面倒なものに目をつけられたな。
「……あ、やっべ」
女の後ろに付き添っていた女と目線があった。その瞬間、俺は顔を隠しながらさっさと寮の方に向かう。
ネクタイの色は俺のしている青と違って赤だから上級生。しかも、生徒会に入れるほどのエリート、そんなのと関わりたくない。
元より、俺は人と関わるのが嫌いなんだ。目をつけられるだけでも勘弁したい。
「あの、話をよろしいでしょうか?」
「ッ!?」
目の前に立ちふさがれ、咄嗟に制服の裏に隠している拳銃に手を伸ばしながら後ろに跳ぶ。
格闘術の成績は軒並み下手だが、拳銃は得意だが……魔術師あいてに拳銃なんて豆鉄砲も良いところだ。
「拳銃を引き抜いても良いのですよ?」
「いや、止めておこう。……勝ち目なんてないからな」
自信のある表情で促す女の言葉に流されずに拳銃から手を引く。
武装が義務としている学園において、普通の魔術師なら杖や弓、ナイフを装備する。何せ、そっちの方が魔力を込めれる量が多いからだ。
拳銃は弾丸に魔力を込めるのだが、魔力は込めれる量は込める物体の大きさに比例している。そのため、弾丸に込めれる量は矢に比べて極めて少ない。
それに、通常の魔術師なら着ている服や自身の肌を鋼鉄よりも硬くする事ぐらい呼吸と同じくらい簡単に出来る。小さな金属の塊なんてどんなに勢いがあっても貫けない。
故に、弓矢以上の連射性と精密性を持ちながら拳銃は使われない。所謂、不遇の武器なのだ。
目の前の女はそれを理解した上で促している。それは勝てるという自信があるからだ。そんな相手に真っ正面から勝てる訳がない。
「それで、何のようだ?俺はさっさと部屋に戻りたいのだが」
「いえ、先程副会長たちの口論を見ていましたので何か用でもあるのかと思いまして」
「……用なんてない。たまたま見ていただけだ」
「そうですか。では、これで」
興味をなくした女は瞬きをする間に副会長の方に戻った。
加速系の魔術か。拳銃を取り出すより速く動き、組伏せれる訳だから、あの自信も理解できる。
まあ、口論の結末を見てみたいしもう少しだけ見ているか。
激化する口論を遠目で見る。
「―――――――――――!!」
数分後、何か捨て台詞を吐き捨て、男たちは歩いて行ってしまう。
やれやれ、副会長に言い含められたのだろうな。この学園の副会長の役職に就く人は校内で最も強い魔術師な訳だからな。
さて、俺も寮に戻ろう。もう少し予習復習をしないと授業の内容を理解できない。アイラに迷惑をかけるのも何か悪いしな。