プロローグ
屋敷の扉を開けると、血の匂いが鼻を刺し穿つ。
「……ひでぇもんだな」
「ええ、全くですよ隊長」
中で確認を行っていた部下の兵士が口を布で覆い、青ざめた顔をしながら私を案内する。
やれやれ……長年兵士をやっているベテランだとはいえ、こういった現場の処理や原因の調査を行わないといけないのは気が引ける。本職は都市の防衛と交易路の警護なんだ、専門職を雇ってもらいたい。
……それは無理な話か。記憶に影響を与える魔術を使える魔術師はそう多くない。それに、今回の事件ばかりはそういった魔術師では足取りを終えない。
豪勢な屋敷を部下と共に歩き、現場の扉を開けるとより一層血の臭いが濃くなる。
屋敷の中央にある大広間は血が付着していない場所がない程に血で汚れていた。死体は部下たちに命じ、外に出させ墓地に安置させるため広間には置かれていない。固まった血に被さった果物やテーブルを抜けて広間の中央に落ちている剣の柄程度の大きさの黒い瓶を手に取る。
窓ガラスから差す日光に照すと瓶の内側に文字が書かれている。
私は目を細め、間を空け、嫌悪感の籠った言葉を紡ぐ。
「……『幸せでしょ?』か。ふざけやがって……!」
「だ、駄目ですよ隊長!それは大切な物なんですから!」
怒りに顔を歪め、瓶を大きく振りかぶって床に叩きつけようとしたところで部下に止められる。
分かっている……!だが、こんなの怒り狂わない方が可笑しいだろうが……!
部下に瓶を取られ、麻の袋の中に仕舞われると別の部下に「絶対に割らないように」と言って渡す。
部下の対応は……間違ってない。だが……こんなの、誰も救わないだろうが……!
「隊長、やはり……」
「ああ、あいつだ。無貌の殺人鬼、『破滅屋』が引き起こしやがったものだ」
屋敷から出て他の部下たちに指示を出し終え、犯人の目星を憎々しく思いながら吐き捨てる。
『破滅屋』『閉塞の罠』『幸福の代償』『彼岸』『咎人の呪詛』……様々な異名で呼ばれる無貌の殺人鬼。名乗る事もなく、不幸と悲劇を撒き散らす者であり、全世界の敵でしかない。
その異常性を部下は震えながらも平静を保ちつつ言葉にする。
「『破滅屋』は姿を現さない。あるタイミングである儀式を行い、条件に満たせば願いを叶える力を与える。しかし、願いを叶える、または諦めた場合一時間以内に確実に死ぬ……。まさに、悪魔の契約そのものだ」
「ああ。条件も不明、何処にいるかも不明……全てが闇に包まれた殺人鬼を私たちは何としてでも捕まえなければならない」
幸福への道に向けて背中を押し、上り詰めたところで地獄に落とす、悪魔のような殺人鬼。
絶対に、こんな悲劇を終わらせてやる……!




