王女、ミライア=サイリス=エルタミナ
僕は、ミライアの言ったことが信じられずに固まっていた。王女だったなんて……。しかしそれはミライアも同じようだった。一言も喋らず、ただ俯いている。
「……、本当なの……?」
やっとの思いで出た言葉だった。
「うん、本当。私は商業都市エルタミナ王国の第3王女、ミライア=サイリス=エルタミナ」
信じられなかった。一緒に旅をしてきた女の子がまさか……。
「ギルドには、ミライア=サイリスで登録してあるから、今のところバレてないみたいだけどね……」
「どうして、エルタミナを抜け出して冒険者なんかに?」
理解できなかった。明らかに王女様の方が安定して生活できるはず、さらに第3位と言えども王女だ。
「私の母が、今のエルタミナ国王の側室になってね。10年くらい前のことかな、私が6歳の頃だから、私は母の連れ子だったんだ……」
ミライアが話を続ける。僕は、黙って彼女の話を聞くしかなかった。
「私の母、レオノワトは、ボルテの街の出身だったの。ボルテの街で生活をして、結婚もして私を産んだ。ただ、私の父が結構乱暴な人でね、母は離婚を決意したんだ」
ボルテの街はエルタミナからはやや距離がある街だ。キアムが幼なじみなんて言うから、ニカの村出身だと勝手に思い込んでいた……。
「さらに母は、微力だけど魔力を持っていたの。ボルテの街の中では『聖女様』なんて言われててね、美人な母だった。
簡単な回復魔法は使えたから、それを活かしてエルタミナの教会で働くことにしたの……」
僕よりも前に魔法が使える人がいたなんて、それも微力な魔力で回復魔法が発動できるのだからなおさら驚きだ。
メルスティアでは、一つの系統の魔法に優れた人は優秀な魔導師として重宝された。僕は全魔法を使えたけど、
この魔力が希薄な世界では、ミライアのお母さんは本当に素晴らしい能力を持っていると思う。
「たまたま教会に巡礼に来たエルタミナ王が、私の母を気に入って側室として迎え入れることになったんだけど……」
そこでミライアは言葉を詰まらせる。言いにくいことなのだろう、ミライアが口を開くまで待つ。
「メイスだったらわかるのかな、魔法を使えることは結構、気味が悪いと思われるのよね。
メイスくらい魔法が使えれば気持ち悪いなんて思われないと思うけど、母は少しだけしか能力がなかったから
『異常者』なんていわれて王宮ではいじめられていたらしいわ……」
『聖女様』から『異常者』か……。王室には確執があるのだろう。素直に能力が認められない人も多いのか、
それにしても不憫だ。予期せぬことで身分が高くなっていくのは2人にとって精神的に厳しかっただろう。
「正妻もいたから、私たちは王位継承順位も下だったし、大して期待もされていなかった。私が7歳の時だったわ。
周りとも打ち解けることができなかった。それはそうよね、平民の出身なんだから、王族の価値観と合うはずも
ないんだもの。でも一番辛かったのは間違いなく母だった」
言わなくてもわかる。いきなり平民が、王室に迎い入れられることは、名誉であること以上に不安で仕方がないはずだ。
「母はずっと苦しんでいたと思う。でも、私の前ではそんな顔はせずに、ずっと明るく接してくれたの。
『一緒に頑張ろうね』って。母と一緒ならどこまでもついていけた、どんな苦しいことでも乗り越えられたの……」
胸が痛くなるような話だ。『魔力は人柄に現れる』なんてよく言うけど、ミライアのお母さんは本当に優しい方なんだとすぐに理解できる。
「でもね、ある時エルタミナの領土内を母が巡察することになったの。本当は国王の仕事だったんだけど、政務で離れられなくなったって言われたらしくて、正妻の人がが母に任せたらしいわ。私はずっと母について回っていたから、その巡察もついて行くって頼み込んで、ようやく許可が下りた……」
ゆっくりと、そして紡ぐように話すミライア。決して明るい話じゃなかったけど、逃げずに話してくれるミライアの気持ちには答えなければと思った。じっと聞く……。
「巡察用の馬車が、道に迷い込んだらしくて、いきなり魔物に襲われたの……。護衛はついていたんだけど、あっという間に壊滅しかけてね……。母はそれで……、命を落としてしまって。護衛の1人が私を庇いながら戦い続けてくれたの。私は護衛の1人とただひたすら逃げた。怖くて怖くて仕方がなかった」
ミライアから聞かされたのは、最愛の母を亡くしてしまった、とても苦い話だった……。