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それでも愛してると言いたかった  作者: 和菜
三章 不安
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心のままに

 

『――初めまして。橋谷家長男、幸三郎と申します』


 普段の何処かだらしない態度とは一変して、幸三郎はその時隙のない笑みと姿勢でそう挨拶してみせた。

 先に到着していた見合い相手の親子は、そんな彼を唖然とした様子で見上げていた。

 特に、父親の顔はもはや傑作だった。

 あんぐり、という表現そのままに口を開けて幸三郎を見上げ、完全に言葉を失っていた。

 面倒だから髪の毛赤いまんまで行っていい? などとふざけた事を父に言ったのは昨日の事。

 流石に「駄目だ」と怒鳴られるだろうと思いつつ言ってみたのだが、父は殊の外あっさりと、好きな格好で行け、と答えた。

 お前の本質を見てもらえて、却って好都合だ、とちょっと失礼なことも言われたが、まあ確かに幸三郎は御曹司として型破りなところがあるし、将来結婚するんだから見合いの時点で分かっててもらった方がいいだろう。

 晴れて父の許しを得て、そのままの髪形で行けば、面白いくらいに予想通りの反応をされて、幸三郎は内心笑いを耐えるのが大変だった。


『初めまして。大善寺家次女、咲でございます』


 もっと面白かったのは、咲の切り替えの早さだった。

 父親と同じようにびっくりしていた筈なのに、幸三郎が挨拶を終えるとすぐに表情を戻して立ち上がり、綺麗な所作で挨拶してみせたのだった。

 気が強い分、こういう想定外の事にもあまり動じない質なのかね、と、幸三郎は何処か好戦的に思った。


『えーっと、幸三郎君は、普段からそういう、明るい色が好きなの?』


 着席し、料理を口に運び始めると、咲の父親が少し狼狽えつつ問うて来た。

 可哀想なくらい、見事な動揺っぷりだった。


『ええ。財閥の跡取りだからと言って、黒髪でなくてはならない決まりがある訳でもございませんので』

『い、いや、まあ確かに、そうだよな……』

『ご安心を。不良のような輩との付き合いは一切ございませんので』

『あ、ああ……』

『あら、その発言、少々古臭いお考えね?』


 幸三郎との距離の取り方を測り兼ねて四苦八苦している父の傍らで、またしても咲は唐突に凛とした調子で口を開いた。


『黒髪でないから不良、だなんて、安易な決め付けですわ。第一、不良が全員金髪とか茶髪とか一昔前のことですし、ただの先入観ですもの。

 どんな髪の色をなさっていようと、良い人は良い人、馬鹿は馬鹿』


 明け透けに物を言う咲の目は挑戦的だった。

 狼狽えまくっている父とはまるで逆の態度で、幸三郎は素直に「面白い女だ」と思った。


『そちらも、いつもそんな、無自覚に喧嘩売るような、遠慮のない物言いをあちこちでなさっているんですか?』


 わざと口角を上げて応戦するように言えば、彼女が答える前に父に肘で小突かれた。


『――そうね。貴方と同じですわ。取り繕って誰も彼もに愛想良く振る舞うより、素の自分のままで振る舞う方が性に合っていますの』

『……成程、そういう態度とか振る舞いに於いては、俺達は似た者同士らしい』

『同感ですわ。でもどうせ夫婦になるのだから、ついでに良い男だったら尚嬉しいですけれど』


 社交界の場で一言二言軽く言葉を交わしたことがある程度の男女が、出逢って三十分で好戦的な目で、されどとても愉しそうに応酬を繰り広げていた。

 二人よりもずっと歳が上の筈の両家の父親は、冷や汗を掻きながら苦笑するしかなく、無駄に緊迫感満点の席になった。

 やがて、両家の父が席を外し、若い二人だけになる。

 見るも聞くも違わぬ、気の強いお嬢さんだ。

 仮にも親同士が勝手に決めた、経済的な意味しかない結婚相手なのに、投げ遣りな態度でもなく事務的な態度でもなく、ただ毅然と、ありのままの自分で立ち向かって来る。

 機械のように座ってるだけで終わると、思っていた。

 好きな食べ物とかそういう、至極どうでもいい話を適当にして、決めることをさっさと決めて、後は適当に“交際”して、適当な時期に結婚するんだろう、と。

 ……この結婚に、感情は要らないから。

 好きになるのも、好きになってもらうように考えるのも、必要ないから。

 だから少しは楽しめるようにしてやろう、と、敢えて髪は弄らず、変に気取らず普通に振る舞った。

 それがどうだ。

 今――幸三郎は確かに、小細工なしに、咲と話すのが楽しいと感じている。

 仮面みたいな笑みを貼り付けて、無理に褒められたり称賛されたりせず、明け透けな物言いが、心地良くさえ思った。


『……何だか新鮮だわ』

『何がです?』

『貴方みたいな男性が、よ。今まで会う男性と言ったら、私のはっきした物言いは女性らしくないから多少控えた方がいいとか、人によっては不快に思うかもしれないから気を付けた方がいいとか……。

 余計なお世話よと引っ叩いてやりたくなるような事を仰る方々ばかり。

 何が悲しくて、一ミリも興味のない相手に気に入られるために、素の自分を隠さないといけないのか……』


 二人きりになった途端、咲は気取った口調を和らげ静かな声で語り出す。

 それは、咲がこれまで胸の内に秘めていたもどかしさだった。


『……、お嬢さん……』

『ピエロみたいな顔でへらへら笑いながら、互いに互いの腹を探り合って、粗を探し回って。そんな気色悪い女性になるなんて、女としてとても屈辱だわ。

 財閥の世界なんて、誰もが羨む煌びやかで華やかな世界だけど、女性の扱いはまだまだ古臭い風習に囚われてる。

 それに嫌気が差して、私は誰も彼もに可愛がられるためのお人形になるくらいなら、可愛げのない女って煙たがれる女で居るって決めたの』

『……、』


 挑戦的な瞳は、いつの間にか懸命な瞳に変わっていた。

 ピエロみたいな顔でへらへら。

 それは、幸三郎が子供の頃から抱いていた、周りの大人達の印象そのものだった。

 財閥の跡取りだからって、やりたくもないことをやらされるのが嫌で。

 財閥の跡取りだからって、ホストみたいなことをしないといけない社交場が嫌いだった。


『でも、貴方は違うわ。お世辞も余計な批難や助言もしないで、真っ向から応じてくれた。……失礼かもしれないけれど、凄く、嬉しい。

 幸三郎さんって、チャラくていい加減な人なのかと思っていたけれど、それだけじゃなくて、とても面白い人ね』


 その時初めて、咲は本当に嬉しそうに笑った。

 褒められてるのかどうか微妙だったけれど。


『……俺は、全然、いいと思いますよ。お嬢さんのそういう、はっきりした態度』

『え?』

『猫撫で声で癇に障る喋り方をする女性や、その場凌ぎの美辞麗句を並べて気に入られようとする女性より、芯があって素晴らしいと思います。

 それに、咲お嬢さんは俺が今まで出逢って来たどの社交界の女性より礼儀正しくて、所作も美しい。

 今まで社交界で出逢った女性は皆、人を何処か上から見下ろしているような素振りがあって、男性の前だと変に媚びる方も多かったので』


 いつも当たり障りない言葉を選ぶ幸三郎が、この時はとても素直に、するりと思ったままの言葉を口にした。

 すると咲は、大きく目を瞠って、急に、困惑したように視線をきょろきょろさせて、俯いてしまう。

 耳まで真っ赤にして、照れているのだということは明白だった。


『そ、んなこと……初めて、言われたわ』

『……ところで、咲お嬢さん』

『、何か?』

『嫌いな食べ物は何ですか?』

『は……?』

『お嬢さんの、嫌いな食べ物です』

『……何でいきなり無難な質問?』

『知りたいんですよ。貴方の弱い部分。意地悪な意味ではなくて、ただ、純粋に』


 勘だが、咲はこれまで、こういう質問には「特にない」とか答えているような気がする。

 本当にない、というなら、それはそれでいい。

 ただ、こうしていつでも毅然と、強い己であろうとするお嬢さんに嫌いな物や苦手な物があるなら、知りたいと思った。

 自分にだけ、教えて欲しい、と思って……自分だけが知っていたい、と思った。


『……笑わない?』

『何かによります』

『……意地悪な方』

『男ってのはそういうもんです』


 しれっと言い放ってやれば、咲は口を少し尖らせて躊躇する。

 人に言えば笑われるような嫌いな食べ物って何だろう。

 そう思いつつ根気良く返答を待てば。


『……ピーマン』


 ……ああ、成程。

 思わず小さく笑みを漏らした。


『ちょっと! やっぱり笑ったわね! だから言いたくなかったのよ……!』

『いえ、すみません……なんかすっげえ庶民的な物だったんで、つい……』

『何よ、お嬢様がピーマン嫌いで悪い!?』

『いやいや誰も悪いとは言ってませんって……ただ、なんつーか……すげえシュールなギャップが……駄目だ、くく……っ』

『もう! 最低! 言うんじゃなかった!!』


 ――この後機嫌を直すのが大変だったが、別に幸三郎は、咲を馬鹿にした訳ではなかった。

 咲が何が嫌いでも幸三郎には関係ないのだ。

 無理に好きになれと言うつもりも、大人のくせにとか暴言を吐くつもりでもなかった。

 ならば何故笑いが込み上げたかと言えば、それはもう純粋に、意外過ぎて可愛いと思ったからだった。

 少なからず本人も、ピーマンを嫌う自分を恥ずかしいと思ってる素振りを見せるから、尚更に。


『もう絶対、嫌いな食べ物は誰にも教えないんだから』


 そう言って拗ねてしまった咲は、何だかさっきまで幸三郎に果し合いを挑みに来たような態度の彼女とは別人のようで。

 そんな彼女の姿を知っているのは。引き出したのは。

 もしかすると自分だけかもしれない、と思うと、堪らない優越感を覚えた。

 もっと――知りたい。

 もっと、色んな一面を引き出してみたい。

 一つ知ればまた一つ知りたくなって、独占欲が募る。

 この膨れ上がる気持ちが、今日ここに来る前とは違う気持ちが、一体何の息吹きなのか。

 この時、幸三郎は、既に理解していた。


『俺だけ知ってれば充分ですよ、そんなの』


 挑戦的に、けれど先程とは違う意味を込めた口調で言えば、咲は息を呑んで幸三郎を見遣った。


『お嬢さん、また……会ってくれますか?』

『……、!』

『貴方と俺の結婚はもう確定事項ですけど……せっかくだから俺は、咲お嬢さんの事をもっと知りたい。

 もっと知って――ちゃんと、貴方を愛したい。

 だから……ええっと……とりあえず、お友達から、どうでしょう?』


 柄にもなくちょっと必死になって言っていた。

 勝手な思い込みでなければ、咲は幸三郎のことを少しは気に入ってくれた筈だ。

 これからもっと知り合って、好きになって欲しい、と、心から、思う。

 五月蠅い鼓動に耳が痛くなる中、懸命に平然を装いつつ返答を待つ。

 すると、ふ、と咲が頬を染めながらも淡く微笑んで。


『――じゃあとりあえず、メッセージアプリのIDを交換しましょうか』


 と、言った。


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