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それでも愛してると言いたかった  作者: 和菜
プロローグ
1/45

祈り

 

「ここだよ」


 静かに言って、橋谷幸三郎(はしやこうざぶろう)は立派なスライド式のドアを開けた。

 ホテルの一室よりも広い部屋だった。

 入ってすぐの両サイドにはトイレと浴室、洗面台があり、奥に進むと来客用のソファ、DVDプレイヤーが備え付けられたテレビ。

 全国でも屈指の大病院の、一番設備が充実した個室。

 数日入院するだけで、莫大な費用になるのは間違いない。

 そこのベッドに、青年は横たわっていた。


「……此木(くのぎ)


 幸三郎は、ベッドに眠る青年の名を、そっと呟くように呼ぶ。

 けれど、此木と呼ばれた青年は一向に目を覚ます気配はなかった。


「信じられるか? こいつ、ずっとこのままなんだぜ。ずっと、もう何年も。

 何年も何年も、ここで、こうして眠ったまんま。

 大声で呼んでも、ほっぺ(つつ)いても、好物のお菓子目の前にぶら下げても……一向に、全く、目を開けやがらねえ。

 こんな間抜け面で、本当に、ただ寝てるだけ、の筈なのによ……」

「――どうして……」


 穏やかで、何処か間抜けで無防備な顔で眠り続ける青年に、幸三郎が悲し気に苦笑を漏らすと、彼の傍らに佇んでいた女性が愕然とした声で呟いた。

 どうして、と問われたら、その答えを幸三郎は説明することが出来る、けれど。


「……俺にも、分かんねえよ」


 友が、こうなってしまった原因を説明することは、きっと、簡単だった。

 自分が聞いた事、見た事、全てをそのまま告げればいい。

 でもこういう時。

 人が“何故”と問うて、得たい“答え”は、事象ではなくて心理だ。

 それは多分、幸三郎には分からない。

 安易に、「分かる」とは、どうしても、言えない。


「でも多分……それだけ、辛かったんだろうよ」


 同じような経験を、したことがあるけれど。

 その時はとても辛くて、死にたいとさえ思った、けれど。

 実際に、自ら身を投げて“彼女”の元に行こうとした彼と比べたら、その時の自分の辛さなど……抱いていた想いなど、大したことはなかったのだと思う。

 分かることがあるとするなら、そういう、絶望的な結果に基づく現実だけだった。


「――愛してたんだ、こいつは。失って、こんな簡単に心を壊してしまうくらい、“あの子”のことを」

「……“あの子”?」

「運命の相手だよ。此木の……。でも、絶対に出逢っちゃいけなかった、好きになっちゃいけない、相手だったんだ」


 目を閉じる。

 そう遠くない過去の筈なのに、もうずっと昔のことみたいだ。


「ありふれた言葉で言うなら……“一生に一度の恋”、ってやつかな……」


 神様に祈ったことはない。

 神様の存在を、信じたこともない、けれど。

 その報せを聞いた時は神を呪った。

 彼のこの姿を見た時は神に祈った。

 その呪いも祈りも、彼がこうなってしまってから一度も届かなかったけれど。

 神ではなく、夢の世界に独りぼっちで漂う彼に、もし、幸三郎の祈りが届くのなら。


 長い話をしよう。

 君になら、“彼女”のことを話してもいいと、思えるから。


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