鍛錬、そして新たな旅立ち
朝起きると、既に朝食が用意されていた。アメリアに聞くと、給仕係が運んでくれたもののようだ。
更には、麻で編まれたものだろうか、如何にも頑丈そうな服まで用意されていた。
彼女は既に着替えていた。無地の亜麻色の服は以外にも彼女によく似合っている。
僕は急いで朝食を平らげ、亜麻色の服を身に纏う。少し肌触りは悪いものの、概ね快適だった。
僕らが部屋の扉を開き廊下に出た時、丁度、騎士団員の一人が僕たちを迎えにきたところだった。
そのまま、僕らは鍛錬場へと案内される。途中、今日は何をするのかと騎士団員の彼に尋ねたが、彼も詳しくは聞かされていないようだった。
鍛錬場は城の南側にあり、高い城壁がある以外は、天井も床もない、ただ広いだけの場所だった。
視界の先では騎士団員たちが槍術の訓練に励んでいた。その手前にハインリヒと王が居り、こちらに呼びかけている。 僕たちは駆け足で向かう。
「おはようアルベルト、アメリア。よく、眠れたかの。
早速じゃが、まずはお主らの能力を測って、それに合わせた鍛錬の計画を立てていくぞ。
ほれ、ハインリヒ、続きの説明をせい」
短い切りの良い返事のあと、ハインリヒが説明を始める。
「まず、魔法力を測定しようか。君たちにはこの城壁を魔法で破壊してもらう。何、城壁くらいすぐに直せる。心配は無用だよ」
「城壁を破壊!?」
僕とアメリアの声が珍しく揃う。互いに思ったことは同じようだ。城壁は石造りで如何にも堅牢で、易々と破壊できる代物ではない。
「あぁ、その通り。さぁ!難しく考えていないでまずはやってみるんだ!」
ハインリヒは、張り切っているようだ。
「わかりました!」
アメリアもそれに感化されるように、気持ちの良い返事をし、城壁の方へ歩いていく。
僕もそれに倣い、彼女についていく。しかし、魔法には自信がないため、自然と足取りは重くなる。
アメリアは真剣な表情で城壁を見つめ、やがて魔法を唱える。
「デトネ!」
爆破魔法だ。直後、城壁の一部が崩れる。彼女は続けて更に二発、デトネを唱えた。
城壁は少しずつ崩れていったが、三発目を放ったところで威力の限界を悟ったようだった。
「これ以上は、壊せません……」
「いや、十分だ。アメリア、凄いじゃないか!君は魔法を伸ばす鍛錬をしようか」
ハインリヒは笑顔でアメリアを称える。彼女の表情にも安堵の色が宿る。
アメリアの成功を見届けながら、僕はさらに自信をなくしていた。
「さあ、次はアルベルトの番だよ」
ハインリヒは笑顔でこちらを見つめる。僕は覚悟を決めて、城壁の前に立ち、見上げる。
そして、深呼吸。最も呼吸が落ち着いた段階で僕はフランを唱えた。僕はフラン以外は使えないのだ。
だが、確かな手応えがあった。狼の魔物を撃退した時よりも大きな轟音が響く。土煙が晴れると城壁には風穴が空いていた。
もう一度、唱えるが今度は火花が少し散っただけで、何も起こらなかった。
「すみません。最初の一度だけでもう唱えられないみたいです」
思えば、これまで魔法を唱えるだけで惨事が起きていたために一日に二度魔法を唱えることなど無かったのだ。
「……そうか、なるほど。アルベルトは魔法を最大威力で唱えることができるかわりに日に一度だけしか唱えられない類いの人間のようだね。
そういう人はたまにいるんだ。騎士団員のなかにも何人かね。
しかも、君の場合、フランだけじゃない、デトネも含めその他様々な魔法が混じり合ってる。
アルベルト、君は魔法は最終手段として捉えて、剣術を鍛えた方がいいかもしれない。この類いの人間は剣術の才能に秀でている場合が多いんだ」
彼の話は初めて聞くものだったが、僕はこれまで魔法が上手く扱えなかった理由を知ったことにより、自分に自信を取り戻していた。
「確かに貴方、狼の魔物と戦った時も的確に頭狙えていたものね。魔法はめちゃくちゃだったけど」
アメリアも、彼女にしては褒めてくれたようだった。
こうして、次の日からアメリアは魔法を鍛錬し始めた。魔法は、ハインリヒよりも王の方が優れているらしく王自らがアメリアに手ほどきした。
アメリアの成長速度は凄まじく攻撃系の魔法だけでなく、エウロ等の回復魔法も使えるようになっていた。
調理だけで尽きていた魔力も、鍛錬を重ねることで徐々に増大している様だ。
僕はハインリヒに剣の型から改めて教わりつつ、城壁の外周を走り込むなどをして基礎的な体力も鍛え直した。
そして、一日の鍛錬の終わりにはハインリヒと一対一で打ち合いの稽古をつけてもらった。
始めこそ、まったく歯が立たなかったものの鍛錬も終盤に差し掛かると、ある程度は互角に打ち合えるようになっていた。
しかし、最後までハインリヒに打ち勝つことは叶わなかった。
鍛錬は三ヶ月にも及んだ。その間にハインリヒとは、ずいぶん仲が深まったと感じる。アメリアも王に対して最初はかなり緊張していたが、今は口調も少々砕けていた。
全ての鍛錬が終わった次の日の朝、僕らは王の間に集まっていた。
「三ヶ月にも及ぶ鍛錬、御苦労であったな。最初にここにきたときは随分と見違えておる。
もはや、お主らを見て弱そうなどとは言えぬわい!ハインリヒも鍛錬への協力御苦労であった」
アメリアは少し涙目になりながらも、王への感謝を口にする。王への感謝の気持ちは僕も同様だった。
明らかに弱者だった僕らに衣食住を与え、ここまで鍛え上げてくれたのは紛れもなく、王とハインリヒだ。
ハインリヒはと言えば、少し難しい表情をしている。
「有り難きお言葉です。労いのお言葉をかけていただいた手前で申し上げづらいのですが…」
「なんじゃ?申してみろ」
「私はアルベルトとアメリア、二人の旅に付いていきたいと考えております。
……魔王を倒す立役者になりたいわけでも、この城で騎士団中隊長として過ごす日々に嫌気がさしたわけでもありません。
ただ、彼らと過ごした日々は楽しかったのです。出来れば、ここで終わらせたくはない。身勝手な私の我儘です」
ハインリヒの言葉を聞いた王は優しく微笑む。
「……はじめから気づいておったわ。孤児としてのお前を拾い、騎士として育ててきたが、この三ヶ月の間が一番楽しそうじゃったの。
行ってこい。そして、アメリアとアルベルトを支えてやるのじゃ」
ハインリヒは泣いていた。彼の泣き顔は偶に見せる得意そうな笑顔より、彼を幼く見せた。
「ハインリヒさん、これからよろしくお願いします」
彼は涙を拭い、頷いた。
「では、お主らに儂からの最後の手助けじゃ。頭首の人素を納めた祠への地図と、新しい装備、それに僅かだが金貨も授けよう。
これでしばらくは旅に困ることはないじゃろう。お主らの旅の幸運を祈っておる」
僕らは重ねて礼を言った。地図は動物の皮でできた簡素なもので、新しい装備はそれぞれの能力に合わせた上質なものだった。
アメリアには魔法の効果を増幅させる魔導士の杖、ハインリヒには鋼の盾と槍、僕には鋼の剣、そして全員に通常の服の下に着込める鎖帷子が与えられた。
金貨の方も僅かと言いながら、一ヶ月は無理なく旅が続けられるほどの額だった。
僕らは騎士団員に見送られながら、王の間を後にする。騎士団員はハインリヒに次々にこれまでの感謝を口にしていた。彼もそれに一つ一つ答えていた。
この三ヶ月で王都にも慣れた。僕らは王都の出口の門を目指して歩く。
「ハインリヒさんは本当に僕らについてくることを選んで良かったんですか?」
門への道の途中で思わず聞く。
「あぁ、私は君たちについていくと決めた。これからは仲間だ。ハインリヒでいいよ」
彼は確信を持った声で答える。そのうちに出口の門に辿り着く。出口の門は、森に面して建てられており、人通りも少ない。
「ここから、本当の旅が始まるって訳ね!」
アメリアはいつもの強気な口調でそう言った。しかし、その顔には少しの緊張が見える。
彼女にはこれまで散々、助けられてきた。僕はこの先の旅で彼女を必ず守ろうと心に決める。
――僕らは王都の門を抜けた。これから、長い旅が始まる。