王都への道
森の中で道に迷うというのは不安なことだ。木々はこれまでより生い茂り、肝心の太陽のある方角が分からなくなっていた。
「これから、どうする?」
「せめて、太陽の方角さえ分かればいいんだけど……」
「そうね……」
彼女は真剣に考えている。どうやら、彼女は考える時に手を顎に当てる癖があるようだ。
そんな典型的な癖を笑わずに見ていられるのは彼女の容姿が整っており、様になっているからだろう。
僕がそんなことを無駄に考えている間になにか思いついたようだった。
「ここから太陽が見えないんだったら、木を登ればいいのよ!なんで気付かなかったのかしら!」
そこから、僕たちは木に登るためのあらゆる思考錯誤をすることとなるが、全くもって登ることは叶わなかった。
そもそも、木には苔がびっしりと生え、よく滑る上に、手を掛けるための枝は僕が四つん這いになり、アメリアの踏み台となっても届かなかったのだ。
僕たちは木に登ることを諦めることにした。その間にも、日は昇っていく。急がなければならない。
僕は考える。魔法を木の上部に向かって放てばよいだろうか。そうすれば少なくとも今よりは視界が開けるだろう。
しかし、音でまた魔物が寄ってくる可能性もあるし、木に火が付いてしまえば取り返しのつかないことになる。
とにかく木が邪魔だった。そう思い至ったところで僕は昨日思い出していた記憶の中の"そこだけ木がくり抜かれたように生えていない円形の草原"を思い出した。
僕はその円形の草原を思い出した経緯から彼女に話し、そうなっている場所を探すことを提案する。
「昨日、私が頑張って道案内してる間に貴方、そんなこと思い出してたわけ?
もっと、目の前のことに集中しなさいよ!…まあ、いいわ。とにかくそうなっている場所を探しましょう」
僕たちは二時間ほど歩き回り、"そこだけ木がくり抜かれたように生えていない円形の草原"を見つけ出した。
そこは記憶のものより少し狭いように感じたが、太陽は見えたのでよしとする。
王都はノインの里の北にある。僕たちは太陽から方角を読み取り、北を目指して進むことにした。
それにしても、状況からして仕方なかったとはいえ、何の準備もせずに飛び出したのはあまりに迂闊だった。
お金もほとんど持ち合わせていない上に、何より食べるものがなにも無かった。昨日からほとんど歩き詰めでそろそろ空腹は無視できなくなっていた。
それに昨日から一睡もできていない。アメリアにここで一度休憩をとることを提案する。
「何言ってるのよ!早くしないと日が暮れるわよ!それとも、貴方もう限界なのかし……」
彼女は話している途中でその場に倒れ込む。どうやら、彼女の方に限界がきているようだった。
倒れ込む彼女に駆け寄り、声を掛ける。反応はなく、気絶するように眠ってしまったようだ。
顔色もまだそこまで悪くはないが、予断は許されない。僕は彼女を背負いとにかく前へ進むことにする。
このまま進めばなんとか明日の朝には王都へたどり着けるだろう。僕はひたすらに歩いたが、やがて僕の方にも限界がやってきた。僕は彼女を背負ったまま、その場に倒れ込んだ。
――目を覚ますと、こちらを覗き込む端正な男の顔があった。男は鋼でできた鎧を纏っている。僕が目を覚ましたことに気付くと彼は安心したような表情をした。
「アメリアは!?」
僕が尋ねると、彼は僕のすぐ隣を見た。彼女は僕の隣でまだ眠っているようだった。
僕は、彼に状況を確認する。
「私は王に仕える騎士団の中隊長だ。主にこの辺りの警備を任されている者で、名はハインリヒだ。
いつものように警備をしている途中で君たちが倒れているのを偶然見つけてね。とりあえず、この場で介抱して目を覚ますのを待っていたところだ。
その様子じゃ、しばらくなにも食べてないんだろ?」
そういって、彼は非常食だろう、干し肉と硬いパンと水を渡してくれた。僕が礼をいうと彼は軽く微笑んだ。
僕は干し肉をかじりながら、周りに目を向ける。まだ、僕らは森の中におり、明るさから考えて朝のようだった。
彼の周りには三人の彼の部下らしき人物が周囲の警戒をしている。
そのうちに、アメリアは目を覚ます。僕は安堵した。
何とかなったものの道案内に努めてくれていた彼女に倒れるまで無理をさせ、責任を果たさぬまま倒れた自分を責めた。戸惑っている彼女に、僕は自分の口から今の状況を説明した。
そして、最後には、倒れるまで無理をさせたことと自分の不甲斐なさを謝罪した。
「貴方って本当に情けないわよね。魔物が怖くて足止めるし、私を背負って倒れるし、そのせいでほら、手と膝擦りむいちゃったじゃない。
……だけど、道案内としてついていくって決めたのも私だし、自分の状態を把握できなかった私にも問題はある。
だから、もういいわよ!いつまでも情けない顔しないでよね!」
彼女はわざと最初に責めてくれたのだろう。僕があまり気にしないで済むように。僕は彼女に感謝を口にした。
ハインリヒは話が落ち着いたとみて、アメリアに僕に渡したものと同じ非常食を渡した。
僕らは黙って非常食を食べた。干し肉をこれほど美味しいと思ったことはない。
僕らが食べ終わると、ハインリヒは口を開いた。
「君たちはこんなところでなにをしていたんだ?見たところ何も持っていないようだし。王都を目指していたにしても不自然だ」
僕はこれまでの経緯を説明した。成人の儀のこと。僕の異なる世界の主に藍澤有紗に関する記憶のこと。
そして、人間の材料を納めた祠の情報を集めに王都を目指したことなどだ。
ハインリヒは時々、眉を挟めたりしながら僕の話を聞いた。ただ、最後の人間の材料を納めた祠については何か心あたりがあるようだった。
僕は話をしながら、様々な可能性を考えた。このまま、里に送り返される可能性、気が狂っていると思われ、王都に連行される可能性、など悲観的な可能性だ。
しかし、次の彼の言葉は、どれにも当てはまらない、僕らにとって非常に都合の良いものだった。