旅立ち
「じゃあさ、その藍澤有紗って子、創っちゃえばいいんじゃない?」
一瞬、彼女が何を言っているのかが分からなかった。創るとはどういうことだろう。彼女は続ける。
「人間の材料が納められた祠があるって話聞いたことない?そこで材料を集めると人間を創ることができる。
……私のおじいちゃんが昔、冒険者をしてたらしくてね。そういう話を聞かされたことがあるの。
無茶苦茶な話だと思うんだけど、貴方の話を聞いて思い出したの……」
どこかで聞いたことのある話のように感じる。フリッツが図書館で見つけた妙な本の妙な知識をひけらかしている時に聞いたのかもしれない。フリッツはそんな謎めいた話を見つけてくるのが得意だった。
「友人がそんな話をしていた気がする。でも、そんなの創作の類いだと思ってたんだけど」
人間を創るなんてありえない話だ。そう考える一方でもし、藍澤有紗を創ることができれば、彼女に会うことができるのではないかと考える自分がいた。
「おじいちゃんは嘘だけはつかなかった。それは断言できる。それとも何、せっかく貴方のために教えてあげてるのに礼の一つもないわけ?」
僕は釈然としないまま、礼を言った。まだ、人間を創るなんて頭では理解できないでいるのだ。
「大体さ、貴方、私とは契りを交わす気はないのよね?じゃあさ、これからどうするの?私は契りを交わした振りをして貴方の里へ行くなんて、絶対してあげないわよ?
一人だけ女の子を連れて帰らずに友人に馬鹿にされる貴方の顔が思い浮かぶわ!」
友人に馬鹿にされるどうこうはどうでも良かったが、彼女の口振りが気に食わず、思わず反論する。
「君だって、このままだったら里に一人で残ることになるだろ?それこそ、友人になんて思われるだろうね。それに親だって、悲しむだろう?」
喋りながら、彼女がここまで怒るのは全て僕自身が原因のくせに自分が随分と意地悪な物言いをしていることに気づいた。発言を訂正しようとしたその時、
「今の私には友達も、親もいない」
彼女は冷たい声で呟いた。
「ごめん。そんなつもりじゃ……」
「こんな性格だから、友達もいないし、お父さんは私が生まれる前に死んでるし、お母さんは一昨年に病気で死んだ。おじいちゃんも五年前に死んだわ。」
彼女はそう一息に説明した。僕はもう一度、今度ははっきりと謝る。
「まあ、私の方が先に貴方に失礼な物言いをしたんだから、そんなに謝んなくていいよ。ただ、貴方、本当にこれからどうするつもり?儀を失敗して帰ったら、立つ瀬無いわよ?」
彼女はとりあえず許してくれたようだった。言葉にトゲはあるものの、これまでの行動から考えても、根は優しいのだろう。今もこうして、僕の心配をしてくれるほどに。
僕はこれまでの彼女の話と自分の考え、そして今の状況を整理する。人間の材料を納めた祠があり、その存在を教えてくれた彼女のおじいちゃんはもういない。
僕は、人間の材料を納めた祠に興味があり、もっと知りたいと思っている。そして、儀式は明日には終わり、アインスの里に強制的に帰ることとなる。
一通り考え、整理した後、僕はある覚悟を口にする。
「僕はこのあと、コテージを抜け出して王都に向かおうと思う。人間の材料を納めた祠についてもっと調べたいし、ここからの方が王都は近いから。
それに友人に馬鹿にされるのだってごめんだからね」
最後の一言は僕なりの冗談だ。僕の言葉に彼女はかなり驚いたようだ。口が半分開いたその表情は小動物を連想させた。これまで見た彼女の表情で一番幼く可愛らしいものだった。
「それ冗談のつもり?だったら、一つも笑えないんだけど。成人の儀の途中でコテージを抜け出すなんて無茶苦茶よ!
それにいくらアインスの里からより、ここから王都に向かった方が近いって言ったって、歩いたら丸二日いや、もっとかかるのよ?
夜は魔物の活動だって活発になるし、あまりに危険すぎるわよ!大体、さっきまで貴方、私のおじいちゃんの話全然信じてなさそうだったじゃない!」
彼女は捲し立てる。正直、王都の方角は知っていたもののここから、さらに丸二日以上もかかるとは想定外だった。それでも僕の覚悟は揺らがない。
「もう決めたことなんだ。君には散々迷惑をかけた。本当に申し訳ないと思ってる。
この機会を逃したら、僕はもう行動に移す勇気を失うような気がしてるんだ。
手紙を残していくから、この後のことで君に迷惑はかからないと思う。短い間だったけど、楽しかった。ありがとう」
僕は正直な気持ちを述べる。
「ちょっと、待ってよ。そんな一人で納得しないでくれる?ここに一人で残される私はどうなるのよ?どう責任とってくれるのよ!」
「じゃあ、僕はどうすればいい?」
彼女のいうことは最もだが、どのように責任をとればよいのかも分からない。
いや、分かってはいるのだがもう後戻りはできない。僕は頑固者で通っているのだ。
しかし、次に彼女の口から出た言葉は想像を絶するものだった。
「私も一緒に王都に行くわ。おじいちゃんの話の続きだって、確かめたいし。
……大体、貴方、その様子じゃ王都に行ったことないんでしょ?道案内してあげるわよ。」
「本気で言ってるの?」
「冗談で言えるようなことじゃないと思うんだけど。それにこれまでの責任は、これからの道のりで私を守ることで取って貰うから覚悟することね」
「……分かった」
彼女がなぜ、そこまでしようとするのかはまるで分からなかったが、王都までの道案内をしてくれるというのはありがたかった。僕は素直に礼を言う。
「貴方があまりに勝手だから、私も勝手にするだけよ。礼なんていらないわ」
そういう彼女は少し照れ臭そうだった。
僕は両親とフリッツにこれまでの感謝と勝手な行動の謝罪を綴った手紙を書き、テーブルの上に置いた。彼女は手紙を書こうとはしなかった。
僕らはコテージを後にする。周りのコテージの灯りはついていない。僕らにとっては好都合だった。
月の光に照らされた、石畳の道を歩く。足音がならないように、細心の注意を向けながら。程なくして、里の出口の門に着く。
この里に来た時、入り口の門を通ったはずだが、その時余裕のなかった僕は覚えていない。里の出口の門を目に焼き付ける。そして、門を抜け里の外に出る。
僕らは夜の森の中を進んでゆく。不思議と恐怖はなかった。