94 念には念を押してみまして
‥‥‥昨日の大きな鳥モンスター。
調べてみると、どうも本来はこの辺に出没するようなものではなく、かなり険しい山岳の方に生息するらしい。
それなのに、なぜあの森の上空で遭遇したのか‥‥‥‥
「大抵の場合は、縄張り争いに負けたとかだろうけれども…‥‥この辺りにあの鳥が生息できるような山岳ってあったっけ?」
「無いようデス」
夕飯時、解体が終わり、母さんの手とノインの手によって見事に美味しく調理された焼き鳥を食べながらその疑問をつぶやくと、ノインがそう返答した。
「誰かの召喚獣とか、そういう可能性はないですの?」
「いや、無いとは思う」
鳥の召喚獣である線も考えてみたが、それもどうやらないようだ。
そもそも契約とかを除けば、召喚獣は元々違う世界と言っても良いよう場所のモンスターでもあるし、誰かの命に従っていたとかにしても、俺をあのタイミングで攫う可能性もないだろう。
「謎でござるなぁ。飛行性能は拙者の方が上でござったが、縄張り争いにそう簡単に負けるようには見えなかったでござる」
ルビーを召喚して討伐してもらったが、彼女から見てもあの鳥があそこにいたのはおかしいと想えるようだ。
「ゼネ、死体とか操れるなら、その想いとか見ることできないのか?」
「可能と言えば可能じゃな。死霊術なら種族柄心得もあるのじゃが‥‥‥うむ、無理じゃな。丁寧に調理されたがゆえに、むしろその思念が残ってないのぅ」
ちょっと思いつくタイミングが遅かったかな…‥‥まぁ、気になるのであれば、調べた方が良いだろう」
「母さん、明日ちょっと鳥の飛んできた方向へ調査しに向かって良いかな?先日の怪物の件もあったし、ちょっと村の安全上必要そうに思えるからね」
「ええ、良いわよ。でも、危なさそうだったらすぐに帰って来なさい」
「はい」
危ない状況であれば、きちんと帰るよ。いや、逃げるの方が正しいか。
何にしても気になるし…‥‥油断しない方が良いか。
そんなわけで翌日、俺たちは再び森の方へ向かい、今回はリリスの箱に入って、ルビーに持ってもらい、周囲を見渡していた。
「んー、上空から見渡してみても、特に異常はないなぁ」
「周囲一帯に、敵性反応は感知できまセン」
箱から顔を出して見渡しつつ、ノインが頭のアホ毛レーダーを回し、交代しながら確認しているのだが、あの鳥が現れた原因が周辺には見渡らない。
「飛んできた方向とかはどうじゃ?そっちの方に、何かがあるのかもしれぬ」
「それもそうか。えっと、どの位置から飛んで来たのか考えると‥‥‥」
森に出来ていたあの穴の位置から逆算して、大体の飛行してきた方角を予想する。
ついでに調べて見たが、あの穴は単にどこかの獣が放置した巣穴だった。うん、放置しないで埋めて欲しかったなぁ‥‥‥いやまぁ、野生動物がそうするのかは不明だけどね。
何にしても、逆算して確認できた方角へ向け、ルビーに飛翔してもらう事数十分。
山岳のような物が見えてきたので、おそらくあそこからかと予想できたところで‥‥‥
「‥‥‥ん?この感じ、ちょっと不味いでござるな」
「どうした?」
近づこうとしたところで、ふとルビーが何かに気が付いて、空中で停止した。
「主殿、あの山岳にちょっとばかりヤヴァイ気配があるのでござる」
「どうやらそのようですネ」
ルビーの言葉に続けて、ノインがアホ毛をピンっと立て、そうつぶやいた。
「感アリ。反応が大きく、おそらくルビーと近い種族‥‥‥ドラゴン系統がいる可能性が大きいデス」
「‥‥‥はい?」
ちょっと今、聞き間違いでなければかなりとんでもないのが出てきたんだが。
「ドラゴン?」
「そのようデス。ヴイーヴルもドラゴンの仲間でもあるので、同種の気配を感じ取ったのでしょウ」
「ふむ、これまた厄介な話しじゃのぅ」
この距離で見る限り、その姿は見えない。
おそらくは山岳のこの角度から見えない場所に洞穴でもあって、そこに巣が作られている可能性があるようだ。
あの鳥モンスターも、おそらくはそのせいで追い出され、俺たちのいた森の方へやってきていたのだろうと推測できた。
「うわぁ…‥‥まぁ、その様子だと刺激しない限り特に何もしないと思いたいけど‥‥‥」
「‥‥‥あ、しまったでござる」
何かこう、嫌な予感を感じ取ったかのように、ルビーがそうつぶやく。
「主殿、拙者もドラゴンの仲間故か、その気配が分かったように…‥‥あちらさんも分かっちゃったようでござる」
「え?」
「ギャォォォォォォォォォォン!!」
物凄い雄たけびと共に、空気が震えだす。
そして轟音が響き渡り、山岳の一部が吹っ飛び…‥‥その体が現れた。
…‥‥召喚士として夢見ているときに、召喚獣でドラゴンもある事を知っていたので、その手の事に関してはしっかりと学んでいた。
ゆえに、見ただけでその種族が分かってしまったのだが…‥‥流石にこれは、ちょっと不味いのではなかろうか。
「『ボルテニックドラゴン』じゃん!?」
――――――――――――――――
『ボルテニックドラゴン』
ドラゴンの中でも、電気に長けたサンダードラゴンに種族は近いが、電気のブレスを吐くのではなく、電気を纏って体当たりしてくる、物理的雷攻撃を得意とするドラゴン。
体全体が雷雲に包まれており、頭だけしか見ることができないが、雷雲の中の胴体も物凄くぶっとく、体脂肪率89%という驚異の値も持つ。
なお、かなりの巨漢もとい巨体ではあるが、動きは素早く、自身の纏う雷雲からの電気刺激で己の素早さを高め、飛行する際には風の魔法を身にまとっているという研究もある。
――――――――――――――――
「ギャォオオオオオオオオオオオ!!」
「ちょっと不味いでござる!!あっち完全に、拙者たちが縄張りを侵しに来たと勘違いしているでござるよ!!」
「早とちりしすぎだろ!!」
こっちとしては様子を見るだけで、刺激せずに帰りたかったのだが‥‥‥どうも相手の方がけんかっ早いようで、すでに遅かった。
巨大なボール状の体つきで雷雲を纏い、すごい勢いで電撃を纏い体当たりを仕掛けてくる。
「ルビー!!一旦リリスの箱の中へ入れ!!」
「了解でござるよ!!」
飛行速度から見て逃走するには間に合わない。
素早くリリスの箱の中に引き込み、蓋を閉じると同時に轟音が鳴り響く。
ドゴオォンガッシャァァァン!!
「うわぁぁぁ!?」
「きゃあああああ!?」
「ひええぇええ!?」
幸いというか、リリスの箱の耐性は非常に高く、防御力もすさまじい。
今の雷突進を耐えられたようだが、それでも間近すぎて音が凄まじく、耳に強烈なダメージが与えられる。
「リリス、大丈夫か?」
「グゲェ!」
ビッと指を立て、まったく問題ないという仕草をするリリス。
そうこうしているうちに箱は落下し、地面に落ちた。
「ギャオオオオオオオオン!!」
「次の一撃が来るようですネ」
「言われなくても分かっているが、今は一旦様子見だ!」
ドォォォォンっと、再び雷が落ちたかのような轟音が鳴り響き、ボルテニックドラゴンが全体重をかけて潰しに来たらしいというのが分かった。
「グゲグゲェ!」
だがしかし、頑丈さがうりのリリスの箱は全くダメージを受けた様子がない。
彼女の方も特に喰らった様子もなく、ぴんぴんとしていた。
‥‥‥とは言え、この様子を見る限り相手は攻撃の手を緩める気はないらしい。
「逃がしてくれる様子もなさそうだよなぁ‥‥‥」
「ふむ、だったらもう、いっその事倒すしかないのぅ」
その意見しかないだろう。逃げようにも逃げられないようだし、下手に追いかけられて村に来られても困る。
それにこの血の気が多い性格を考えると、他のモンスターとかも周辺から追い出してしまうだろうし、村へ来られても困るから、ここで討伐するしかあるまい。
内心、契約できればいいのだが、どうも無理っぽいから諦めるしかないだろう。
「攻撃のタイミングを考えると、隙がある。その隙を通して一気にやれればいいが…‥‥」
雷雲で身を包んでいるので、迂闊な物理攻撃はできなさそうだ。
色々と耐性もありそうだし、頑丈そうだし、いい方法を考えるのであれば‥‥‥‥
「あ、そうだ。ゼネの魔法だ」
「ん?」
「前に健康診断時に、『ナイトメア・ガス』とかいう死の魔法を使っていたよな?あれを当てられないか?」
「ふむ、あのガスはできるだけ触れさせる必要性があるが‥‥‥この体当たりを見る限り、自分から突っ込みそうじゃし、試す価値はありそうじゃな」
そう言い、杖をくるっと回し、靄のような物を形成した。
それを箱の隙間から外部へ噴出させて数十秒後‥‥‥‥
「ギャォォォン、グゲッボォォォン!?」
「咆哮が断末魔に変わったな」
「うむ、しっかりと聞いたようじゃな。死の魔法は耐性が高い相手には効きづらいのじゃが、こやつはばっちり効いたようなのじゃ」
びったんばったんっと暴れまわる音が続き、ずぅぅんっと倒れる音がした後、俺たちはそっと蓋を開け、外の様子を確認した。
そこには、全身を黒い靄に包まれ、絶命したドラゴンの姿が見られたのであった‥‥‥‥
「…‥‥一応言っておくけどさゼネ、この魔法、人に向けないようにしておけよ」
「有事の時以外使う訳もないのじゃ。元聖女でもあるし、死の魔法を使うのはちょっとイメージ的に合わないというのもあるからのぅ」
それは確かにそうかもしれない。元聖女が癒しとかの魔法ではなく死をもたらす魔法を扱うというのも、なんか妙なものである。
そもそも聖女が現在アンデッドというのもどうかと思うが…‥‥今さらか。
「まぁ、倒せたからいいか。でもこの死体、どうしようか?」
「持って帰りマス?リリスの箱の収容能力なら、楽に持てますヨ」
「それもそうか。リリス、頼めるか?」
「グゲッ!」
びしっと決め、自信満々に彼女は答え、全員で何とか彼女の箱の中にドラゴンの死体を収容させたのであった。
「あとは、このまま帰ればいいか?」
「主殿、一つ忘れておらぬでござるか?」
「何を?」
「ドラゴンの習性には宝をため込む類もあるのでござるよ。ゆえに、こやつの住みかの方にも、何か宝があるかもしれぬのでござる」
「…‥‥そういえば、そういうのもあったな」
ルビーがポンコツなのもあって忘れていたが、宝をため込む類のドラゴンもいる。
今討伐したやつもその類にあたるだろうし、探ってみるのもいいかもしれない。
もともと襲われた側だし、被害者として命に加えてちょっと大きな賠償金を貰えるならそれで良いか。額が大きすぎて怖くなったら、国へ献上して押し付ければいい話だしな。
そう思い、俺たちはドラゴンが出てきた山岳の方へ、少し寄り道をするのであった‥‥‥‥
せっかくの宝を得る機会。
そこそこの量があれば、ちょっと土産に良いのかもしれない。前のゲイザーの時は宝の量が多すぎでもあったし、庶民からすればちょっと怖い量だったというのもある。
今回は、そこまでため込んでいない可能性もあるけど、そこそこぐらいそうだしちょっと期待できるなぁ‥‥‥
…‥‥まぁ、多すぎたらとりあえず国へ押しつけましょう。それが一番の解決策でもあるからね。
「数人ほどの胃が犠牲になりそうですけれどネ」
「気にしない方が良いだろう。国任せの方が楽でもあるからなぁ…‥‥」




