79 案外他の人の方が苦労していたり
…‥‥早朝、まだ朝日が昇ったばかりで、早起きな人々が目覚め始める中、セラはてとてとっと廊下を歩き、ディーの部屋の前に来ていた。
「ふふふ、突撃、朝の兄ちゃんなのー!」
せっかく実家に兄が帰って来ているし、妹という立場としては触れ合っておきたい。
何しろ、その兄が綺麗な召喚獣たちを連れ帰って来ている分、セラを気に掛ける量が減るのは目に見えているのだ。
「朝はちょっとやそっとじゃ起きない兄ちゃんだし、ダイブしたらびっくりするはず!」
後はちょっとしたいたずら心もあり、意気揚々と、なおかつ驚かすためにも慎重に、扉を開け、助走をつけて突撃しようとしたところで…‥‥
「…‥ん?」
中の様子が見えたところで、セラは動きを止めた。
というのも、突撃しようとした兄のベッドの方には…‥‥
「…‥‥おや?」
そこにいたのは、ベッドでぐっすりと熟睡している彼女の兄に対して、膝枕をしている褐色の美女‥‥‥ノインとは違う召喚獣の、カトレアであった。
「な、な、な、なにを」
「おっと、叫んでマスターを起こしてはいけませんわ」
あまりにも驚いて、思わず叫ぼうとしたところで、素早く後ろから蔓が巻き付き、なおかつ苦しくないように配慮されて口をふさがれる。
「小声で説明いたしますわね」
「…‥‥つまり、毎日毎朝交代で、兄ちゃんの起きるちょっと前から膝枕をしているの?」
「ええ、そういう事ですわ。マスターは体内時計も正確なようであり、疲れてもいるのか眠りも深い。その合間を狙って、こうやって膝枕をしてあげているのですわ」
小声でぼそぼそと話し合いつつ、拘束が解かれ、カトレアの説明を聞きつつもセラはその話に驚く。
どうやら普段からやっていることのようであり、ディーが起床する直前には素早く枕と入れ替わりつつも、それまでは膝枕をして堪能しているようなのだ。
「こうして触れ合う時も、召喚獣として楽しみでもありつつ‥‥‥ちょっと起きないように、寝心地の良いようにする工夫も、対価に見合うのですわ」
ふふふッと妖艶な笑みを浮かべるカトレアに、セラは言葉が出ない。
人知れずにというか、いつの間にか自分の兄に対して、彼女達は色々としでかしているようである。
たぶらかされないようにと気を付けていたはずだったが、もしかすると遅いのかもしれない。
いや、むしろその逆か‥‥‥召喚獣の方が、兄にたぶらかされちゃったのではなかろうか。
「ぐぬぬぬぬ、兄ちゃんへの膝枕…‥‥しかも、順番に‥‥‥ん、あれ?」
ふと、そこである疑問にセラは気が付いた。
「面子的に、リリスの方はどうやっているの?」
ノイン、カトレア、ルビー、ゼネの4人であれば、まだわかりやすいのだが‥‥‥箱入り娘のリリスの場合はどうなのだろうか?
彼女の場合は箱に入っているし、足元まで出していないし、それでどうやってディーの頭を膝枕するのだろうとか、疑問をぶつける。
「箱の中に入れてますわね。あの中、無限に広がっている…‥というのは言いすぎですが、かなりのスペースがありますわ。そこに、そっとマスターを入れて寝かせているようですわ」
そう言う解決方法があったのかと疑問が解消され、納得する。
「そうなのー…‥‥いや、でも兄ちゃんへの膝枕は、だ」
「んん‥‥‥」
「「!!」」
思わず声を大きくして言いかけたところで、ディーが起きそうになったことに二人は慌てて口を閉じて静かにする。
数十秒ほど経過したところで、無事にまだ眠るようだったので、ほっと安堵の息を吐いた。
「ふぅ…‥‥まぁ、何にしても、マスターの起床時間まではまだ時間がありますわね。それまでは楽しんでいますわね」
「でもでも、兄ちゃんの膝枕は私が代わりに」
「『眠り粉』」
「ふぁっくしん!?」
…‥‥まだ言い切らなかったうちに、素早くカトレアは眠りの効果がある花を咲かせていたようで、その粉をまぶしてセラを寝かせる。
「‥‥‥マスターの妹様ですので、手荒な事は致しませんわ。大事に思うのは分かりますけれども、今はまだ、私の番ですもの。そっと、寝かせてあげますわね」
しゅるしゅると蔓を伸ばして、彼女の部屋のベッドへ運びつつも、カトレアはディーへの膝枕を堪能するのであった‥‥‥‥
「ちょっと、疲れましたわね。せっかくの時間でしたが‥‥‥惜しいですわねぇ。マスター、ちょっとだけ血を分けてくださいませ‥‥‥‥」
…‥‥寝ているディーに対して、カトレアが少量の血を吸血している丁度その頃。
彼女らがいる村のはずれの方にある森の中では、獣たちが騒いでいた。
普段であれば、村人たちが猪や時には根性で熊を狩ったり、木の実や山菜などを求めて入り込む、恵みをもたらす森。
動植物たちはいつもどおりに動こうとしていたところに、それが起きていた。
ズババシュゥ!!
「ゲッゲーン!!」
「ガガーン!!」
「ハポーン!!」
襲い来る獣たちがふっ飛ばされ、周囲の木々が切り倒される。
その攻撃に対して逃げ惑う獣や、ひるまずに襲う獣などがあれども、それは意にも介してない。
「‥‥‥‥ギニャアアアアアアアアアア!!」
咆哮をあげ、周囲を斬り飛ばしつつ、自身の体に打ち込まれたそれに対して、抗いつつもどうしようもない。
ただ言えることは、抑えようのない衝動に対して暴れる事しかできない。
助けて欲しい、誰か止めて欲しい。いっその事、命を奪ってほしい。
そう心の中で叫びつつ、抗う事もできず、暴れに暴れ、それは進撃していく。
自分を止めてくれるものがいないか探し求め、本能のままに、命が多くある処へ…‥‥
毎朝快眠でもあるが、やはりツッコミ疲れのせいなのか熟睡しがちである。
でも、今日は珍しいな。いつもは妹の方が早いのに、今日は俺より遅いのか。
まぁ、まだ夏季休暇は長いし、今日は皆で川に釣りでもいって、魚でも調達しようかな‥‥?
…‥‥ところでカトレア、なんかつやつやしてない?葉っぱとか、心なしか生き生きしているんだけど。




