316 先に言えばよかったのに
…‥‥人というのは、矮小な存在が多い。
何者も大きな力に溺れ、堕落していく様を彼女は見ていた。
ずっと昔から、人の世の映り代わりの中で、時折姿を現しては試していたのだが‥‥‥欲望に負け、あっという間に落ちていくものがいる事を、理解していた。
ゆえに、今、自身のみに起きた召喚という事象を理解しつつも、この力によって、召喚主が堕落する可能性を考えてはいた。
けれども、こうやって触れ合う限りでは堕落する様子もないし、ちょっとやそっとでは折れないような精神をふと感じ取った。
‥‥‥ゆえに、今宵、試してみようと思い立ちつつ、万が一に出もダメであればそのまま元の体に戻るだけであっという間に押しつぶし、亡き者にすることもできると考えてはいたのだが…‥‥
「‥‥‥わらわは新参者ゆえに、まだわかっていなかったのもあるが…‥‥‥ここまで手痛い反撃を喰らうとは、流石に思わなかったのだ」
「わっちたちの相手をしているでありんすからなぁ。生半可な心で挑んだからこそ、こうなるのは目に見えていたでありんすよ。っと、ここを押すとちょっと痛いかもしれないが、我慢して欲しいでありんすねぇ」
グリィッ!!
「ぎやぁあぁぁああああああああああ!!」
蛇の半身を持つリザという娘にツボを押してもらいつつも、ちょっとどころではない激痛にスルーズは思わず悲鳴を上げる。
強大な力を持つとはいえ、それでも生身であるのは変わらないがゆえに、痛みとかはあるのだ。
それに何よりも今、普段であればどのような攻撃であろうとも軽減してしまうであろう毛皮はひそめ、艶やかな人肌を見せており、防御力は格段に落ちている。
そのため、普段以上に感じてしまう痛みに、思わず彼女はビクンビクンっと痙攣して悶えてしまう。
「おおぅおおぅ‥‥‥わらわ、今、足が動かなく‥‥‥逃げようが」
ぐりぃっ!!
「ぎええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?なんかどう考えても何かの私怨を感じるのだが!?」
「それはそうでありんすねぇ、本当ならば順番的には昨晩はわっちだったのでありんすのに‥‥‥ダーリンに対して裏切るような真似をかけたことは、怒っているでありんすよ!」
ぐりぐりぅごりぃ!!
「あぶわああああああああああ!!」
‥‥‥‥蛇の嫉妬というのは、何かと執念深い物がある。
そして元が蛇のモンスターであるリザもまた、嫉妬深い所はわずかにあり…‥‥こういう時にはその片鱗を見せるのだ。
「まぁ、裏切ったというのにはちょっと言いすぎなような気もするのじゃが‥‥‥そのような姿になれるのは、もうちょっと早く自己申告したほうが良かったのじゃよ」
「でも、その前に堂々と襲っている時点で、情状酌量の余地ない。そのあたりはしっかりと、報いを受けるべき」
ぎりごりごぎぃ!!
「ほうぐぁぁぁぁぁ!?で、でも結局、わらわの方が抱き潰されたのだ!!これはこれで、大丈夫ではあったが、」
ごりぅいっ!!
「ひぐわああああああああああああ!!」
たった一点を押されているだけなのに、回復されるのに痛みを伴うこの現象に、どういう状態なのかスルーズ自身は理解できなくなっていた。
ただ一つ言えるとすれば、自分はやらかしたことぐらいであり‥‥‥‥その報いを過剰に受けさせられているようであった。
「‥‥しかし、こうやって見ると狐の獣人にしか見えないような気がするが‥‥‥あの姿でも、モンスターに当てはまるのか?」
「そのようですネ。普通の獣人とは異なり、本当に大きな獣になるようですし、センサーで簡易スキャンを行いましたが、体内構造が獣人とは異なってまシタ。見せかけでありつつ、元はあの大きな狐の姿なのでしょウ」
塔のダンジョンでの騒動も終え、帰還中の旅路。
道中にあった宿屋で一泊することになった昨晩ではあったが…‥‥その中で、スルーズが入って来た。
人のサイズしか入れないような宿屋に入ってきたスルーズは、あの子狐のような姿ではなかった。
リザの着ている着物に近いような‥‥‥いや、やや崩した感じの衣服を着た狐の獣人のような姿になり、襲ってきたのである。
敵意をもってとかではなく、何か試すような、それでいて性的な意味合いでの襲撃をやらかされたわけだが…‥‥まぁ、見事に返り討ちにしてしまった。
うん、正直言って、まともな召喚獣だと思っていたのに、人の姿を取れる召喚獣って聞いていなかった。
ようやくまともな、正統派と言うべき様な召喚獣を呼べたと思っていたのに‥‥‥‥まさかの、色気のある妖艶な美女になるとは思わなかったからなぁ。裏切られたような気分にもなったよ。
それでいて、襲撃をされてしまったが…‥‥成り行きで、なんか返り討ちにしてしまったのである。
「そもそもご主人様の場合、私たち全員で襲って大丈夫でしたからネ。あの程度の狐であれば、動けなくなるのは当然デス」
そう言いながらも、ノインの口調がいつもの冷静な感じとは異なり、やや棘があるように思える。
うん、感情を見せているようだけど‥‥‥それがどことなく、嫉妬とかそんな感じに思えてしまうのは気のせいだろうか。
「何にしても、あれも尻尾の能力の一つか…‥‥ああいうのも持っていたのは正直言って驚いたな」
豊穣に縮小に、人化と来たか。
九尾の狐というだけあって、その一尾ごとに異なる力があるらしかったが‥‥‥まぁ、あれだけ強大な力を持っているのであれば、人の姿に近い姿を持っていてもおかしくはないのかもしれない。
そう思いながらも、どうしてああいうことをしたのか話を昨晩中聞いてはいたが…‥‥どうやら彼女、元居た世界ではまさに傾国の美女という事をしていたそうだ。
ただし、悪意をもってとかではなく、人を試すような形だったようだが…‥‥それでも大抵の人は、まずは豊穣の力の時点で欲望の海に溺れており、わずかながらに人に失望しているような心があったようだ。
「それでも、旦那様の方は違ったようだ‥‥‥‥あの者たちが弱かっただけかもしれないが…‥‥こうやってしっかりと、対応できていたのだからな‥‥‥」
「順番を抜かす理由にはなりません」
ごぎぃ!!
「ぎえぇぇぇぇぇえ!?」
…‥‥傾国の美女というが、こうやって見ると奇声の美女にしか見えない気がする。
今もなお、昨晩の疲れ故に動けなくなった腰の癒しをリザにやってもらっているようだが、何やら痛いツボばかりを押している様子。
何にしても、裏切った部分は残念ではあったが、それでも召喚獣として呼んだのだから、仕方がない。
「というか、結局美女を召喚していく召喚士って‥‥‥‥俺の職業、呪われていないよな?」
「それはないはずデス。…‥‥とは言え、断言し切れないというのもありますけれどネ」
不安しかないような言葉を、ノインに言われるのであった…‥‥‥せめて確実に無いと断言して欲しかった。
まぁ、スルーズの姿は普段の大きな狐の姿の方が基本で、あの人型は彼女の気分によっては色々と変わるらしいし、姿を元の獣のままにしてもらうのが良いかなぁ‥‥‥
‥‥‥わらわは思う。昨晩、見事に返り討ちにあったとはいえ、この召喚主‥‥‥旦那様の心の、強さは本物であると。
というか、何かと有り過ぎて鍛えられているよな感じもするが、それでもあの世界の堕落した者たちとは本当に違う、真摯に思ってくれる方だと感じ取れる。
「そう考えると、この出会いも悪くはなかったのかもしれないな…‥‥」
「後はここのツボで仕上げですが、滅茶苦茶痛いでありんすよー」
「あ、ちょっと待って、まだ心の準備が、」
ぐりぃっ!!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
正直言って、嫉妬というものの恐怖を体感したのも初めてかもしれない。
けれども、他の者たちを見る限り、あの旦那様への信頼は本物のようであり…‥‥そして、旦那様もその想いをしっかりと受け止めており、溺れることは無い。
というか、わらわ以上に絶対にメチャクチャな輩が多いのだが。そりゃ、わらわの力ごときで堕落はしないわけだ。
でも、こうやって見るとその精神とかは本当にしっかりしており…‥‥信じてついていくのも、悪くはないだろう。
そう思うと、思わずスルーズは少しだけほっとした温かい気持ちを感じたのであった。
「あ、ついうっかりあと一つあったでありんす」
「え、いや、もううごけ、」
ごぎぃ
「ひがあああああああああ!?」
それと同時に、今度からは事前説明や他の者たちとの関係性をしっかり把握しておこうと、痛みと快感で混ざりゆく意識の中で、彼女はそう心に刻むのであった…‥‥‥
‥‥‥ある意味、予想通りだったのかもしれない。
けれども、ちゃんとさらけ出して言ってくれたのであれば、叱るようなことでもない。
何にしても、今度からはその確認などをしたほうが良さそうであった…‥‥
‥‥‥もうちょっと綺麗に、彼女の過去に関して書きたかった。
ノイン、カトレア、ルビー、ゼネ、リザ、リリス、アナスタシア、レイア、ティア、ルン、スルーズ‥‥‥彼女達のここの過去話とか用意したくなってきた。設定としてはある。
あ、でもルンとノインは難しいな。彼女達の方は何かと訳ありな面もあるし、若い方でもあるし‥‥‥
あとゼネは、前から出していたりするし、トラウマをほじくり枷すことはしたくないな。




