308 わずかな時間も利用して
…‥‥塔のダンジョンからの無理やりすぎる脱出。
まぁ、相性的にあのハザードという相手は塔の中でやりあうのは危険すぎるし、一旦こうやって広い場所へ出る事で追いかけて来たらそれはそれでやりようがあったが‥‥‥
「‥‥‥全然来る様子が無いな」
「まだ、あの塔の上部の階層に残ったままのようですネ」
塔が見える適当な丘の上に着地し、観察してみるのだが動きが見えない。
上の方が嵐になっており、見にくいのだが…‥‥追いかけてきている様子が無いのだ。
あれだけの動きができるのだから、塔から飛び降りて追いかけてきそうなものなのだが動きが見えないのは不気味すぎる。
「むぅ‥‥‥あ、もしかしてじゃが‥‥‥ダンジョンマスターだから、出られないとかじゃないかのぅ?」
「それだ!」
――――――
『さぁ、存分に争ってくれたまえ。ダンジョンと組織の合同傑作ダンジョンマスター‥‥‥
――――――
ゼネのその一言で思い出したが、あの仮面やろうは確かにそう口にしていた。
ダンジョンマスター‥‥‥ダンジョンのコアを守る番人ではあるが、そのダンジョンコアからそう離れることが出来ない。
実際にゼネも、今の姿になる前にダンジョンマスターとして働かされていた時があったが、その時もある程度の距離を離れられなかったらしい。
つまり、あのハザードが追いかけてこれないのは、コアがダンジョンの中にあるせいで、出ることが出来ないのだろう。
「でも、あの愛憎の仮面ギリスとかいうやつがコアを取り込んでいたし‥‥‥あっちが出てきたら、つられて一緒に出てきそうな気がするな」
そう、ダンジョンから出られないという条件は、あくまでもコアがそのダンジョン内にあるからこそできる条件。
けれども、そのコアそのものになっている者がダンジョン外に出れば、必然としてハザードも一緒に出てくるのではないだろうか。
「そもそも、ダンジョンコアが外に出られるのか?」
「そのあたりは分かりませんわねぇ…‥‥」
「ノイン、ゼネ、二人がこの中で一番詳しそうだけど、分からぬでござるか?」
「そう言われてものぅ、儂は知らぬよ。ある程度の操作は可能でも、出したらどうなるのかわからんのじゃ」
「私の方も、データにはありませんネ。いえ、姉さんの方の世界のダンジョンでは、コア自身が自らのダンジョン内を歩きまわることができたらしいですが‥‥‥不明デス」
コアそのものがダンジョンの外に行けるのか、そもそもコアと一体化した人が出られるのかどうかという部分が分からない。
けれども、ああいう輩だと大抵こちらの想定を超えたような馬鹿をやらかすことも考えられるし‥‥‥ひとまずはハザードが外に出たらどう対応するかということを議論したほうが良い。
「そもそも、コアと一体化するとか、怪物を作り出すとか無茶苦茶なところだし、出てこれると考えて動いた方がいいな。‥‥‥とは言え、まともに相手をして勝てる見込みは?」
「‥‥‥難しいですネ。塔の崩落を考えずに屋外で戦闘をすれば、それなりに確率は上がりますガ…‥」
「再生能力、斬撃飛翔、何か付与、光弾…‥‥数、多い」
「無茶苦茶な応用も効きそうでありんすし、何かと苦しい戦いは避けられなさそうでありんす」
…‥‥出てきたらソレはそれで、戦闘しても負ける可能性が存在しているのであった。
そしてディーたちがダンジョン外で議論しながら対策を練っていた丁度その頃。
ダンジョン全体を見れる室内にて、愛憎の仮面ギリスはその問題に直面していた。
「…‥‥ちっ、流石にやらかしたねぇ。ダンジョンマスターがダンジョンから出られないとは‥‥‥いや、コアである自分がいるせいで、制限がかかるとはね」
ハザードが塔にあいた大穴から出ようともがいているのに、まるで見えない壁に阻まれているように先へ進めない。
どういうことだとギリスは調べ‥‥‥どうやら、コアである自分からはそう遠くは離れられないという事実に気が付いたのだ。
こうなったら自分も外に出ないといけないかもしれないが、そうしたところでどう動くかが分からない。
そもそも、ダンジョンコアと一体化している自身がダンジョンからまともに出られるのかどうかも分からないし‥‥‥どうしたものかと頭を悩ませる。
「んー、仮にコアが出てダンジョンが崩落したとしたら、それはそれでだめか。同僚を折勢あの魔改造ドラゴンに食べさせたし、ここで何かしないと組織の方から目を付けられて消される可能性も大きいんだよねぇ‥‥‥」
功績があればどうにかできそうだが、このままでは自由に動けぬ化け物を作り出しただけで、何もできないものになってしまう。
まぁ、組織の方から暗殺者などが差し向けられても、ハザードやその他にもまだ塔内で生き延びている怪物たちがいるので問題は無いのだが…このままではどうしようもない。
「さて、どうしたものか‥‥‥ん?」
っと、頭を傾げて考え込んでいると、ふとハザードを移している画面の方で動きが見えた。
「‥‥‥何だ?」
大穴から出ようともがいていたハザードだったが、急にその動きをやめ、部屋の中央部へ歩み始める。
そして中央へ来たところで、自身の触手を回転させ始め…‥‥
ズダダダダッ!!
「!?」
突然、鋭い刃になっている触手を自身の体に当て、次々と刺していく。
自殺でもしたのかと一瞬思ったが、何やら様子がおかしく‥‥‥その触手の先がそのまま血も何も出さずに、内部へ潜り込んでいく。
そしてそれと同時にハザードの体が大きくなり始め、皮膚下で触手が蠢き…‥‥ばきぼぎぃっと音が伝わり、何かをしでかし始めた。
「…‥‥自分の触手で、体の改造をしているのか?だが、あれは全部刃でつなぐとかは‥‥‥自分の再生能力で無理やり接着を?」
どういう事をしているのかと思っている中、ふとその動きに変化が現れた。
ハザード自身の触手のうち、体に差し込んだ一本がにゅるんっと出てきて、地面に突き刺す。
すると、その触手は潜り込んでどこかに進み‥‥‥
ずぶぅっ!!
「…‥‥がっ!?」
突然、腹部に強烈な痛みが走り、何が起きたのかギリスが見ると、自分の体をその触手が貫いていた。
数階層ぐらいは距離があり、こんな短時間で貫けるはずがないのだが‥‥‥階層の床と壁の中を見た目以上の速度で突き進んできたのだろうか。
いや、そもそもなぜ自分を攻撃して‥‥‥と思ったところで、ギリスは気が付く。
画面に映っていたハザードの顔が、ギリスを見ているかのように顔を動かしていたことを。
そしてその顔は、醜悪さを持ちつつもニヤリとおぞましい笑みを浮かべていたことを。
「ぐがっつ‥‥‥そ、そうか‥‥‥コイツ、制御下を離れて…‥‥」
ダンジョンマスターとして生み出されたせいなのか、ダンジョンコアの位置を把握していたようで、ギルスの位置を的確につかんだらしい。
しかも、ある程度コントロールをしていたつもりだったが…‥‥いつの間にかそれから解放され、自ら奴は動き始めたのだ。
そのままギルスを貫いた触手はその体を放さないように巻きつけ、無理やり室内からハザードの目の前まで引っぱる。
壁を、床をべきばきと無理やり進み、体がどれだけ痛んでも気にせずに引っ張っていき、ハザードの前にまで持って来た。
そしてハザードの前に来ると、頭を肥大化させ、更に大きくなった牙が迫って来る。
「‥‥‥くくく、はははは!!そうか、コアを己の身に取り込むか!!それならば確かに、自由になれるだろう!!」
その意図を理解して、ギルスは笑い声をあげる。
これから捕食されてしまうのに、不思議と恐怖も何もなく、むしろスッキリとした回答を得られて心が晴れやかになっていた。
「ならば喰らってしまえ、この身を!!自分で考え、より良き化け物になってもらえるのならば、これも本望だ!!」
あくまでも制御下に置けていた怪物であれば、それは「人知を超えた生物」にはなり得ない。
そもそも、人の制御に従う時点で、人の制御を受け付け、人知に服しているも同然だろう。
だが、その制御を離れ、自ら考えて行動し始めたのは、その人知に対する挑戦の第一歩で有ろう。
まだまだ成長する先がありそうだが、この様子であればもしかすると自分が組織内で一番先に、回答となり得るような化け物を生み出したことになるかもしれない。
そう思い、満足げな笑みを浮かべながら、己が砕かれていく様をギリスは確認しつつ、その意識を失っていく。
もう二度と目覚める事のない、永遠の眠りだとしても文句はなく、むしろ達成感を味わえたことにハザードに対する感謝を抱いてすらいた。
ばぎぃぼりぅぐじゃぁあ‥‥‥
もっつもっっもっつっと何度も味わうかのように音を立てて咀嚼され…‥‥その身は、ハザードの中へ取り込まれた。
【ギギィ…‥‥グギャグリィィィィィィィ!!】
ダンジョンコアと化していた人の身を食し、ハザードは咆哮を上げる。
その声は何処か歓喜に震えているようであり、そしてさらに貪欲に求めるかのようなものとなり、さらなる変化がハザードの体に起こり始めた。
そして、その体はゆっくりとダンジョンに沈み始め…‥‥ついには、塔のダンジョンすら内部からものすごい勢いでハザードは食い荒らし始めるのであった‥‥‥‥
人知を超えた怪物として生み出されたが、まだ人知の範疇であった。
けれども、その身は次第に変貌を遂げ始め、人知からの脱却を狙う。
それは狙い通りの変化かもしれないが、取り返しのつかないような怪物を生み出す結果になっているのだった…‥‥
‥‥‥仮面の人、あっさり退場。




