266 ある程度の予想をしつつ
‥‥‥何もかもが寝静まり、波音だけが周囲へ響きわたる深夜。
臨海合宿の宿舎となっている建物の中では生徒たちが眠りについており、もう間もなく来る最終日の遊びの日を楽しみにし過ぎて寝付けない人などもいた。
そんな中で、その宿舎近くの浜辺に小船が停まり、人影が下りてくる。
そしてこっそりと、バレないように迫っていたが‥‥‥あいにくながら、その歩みはもう少しというところで止めてしまった。
昼間は見事に無様な醜態をさらしていた人物ではあったが‥‥‥まるで人が変わったかのような勘の鋭さ。
そのままどうするのかと思っていると…‥‥何やら異音が聞こえてきた。
――ズ、ズズッズ‥‥‥
どこに隠し持っていたんだと言いたくなるような杖を持ち、彼が2,3度ほど振るおうとしたところで‥‥‥動きを止めた。
「…‥‥物理的な罠だけでもなく、魔法の罠か。よっぽどここには腕がいい術師がいるというか…‥いや、そこか」
ぶぉんっと勢いよく杖を振るったかと思えば、その先から不気味な黒い風のような物が噴き出してくる。
だがしかし、その風は途中で何かにぶつかったように動きを止め、霧散した。
「‥‥‥ふむ、この魔法の類…‥‥人間の魔法使いとか、その職業が扱えるようなものでは無いようじゃな」
そのぶつかった何もないように見えた先に、すぅうっと人影が現れる。
そしてそれに続けて、他の者たちも姿を現す。
「職業で扱えないようなものか?」
「そうじゃな…‥‥どちらかと言えば、儂のようなアンデッドが扱う魔法に近いじゃろう。けれども、常人が扱えぬような…‥‥お主、何者なんじゃ?」
そう言いながら、その視線の先に立つ人物‥‥‥‥昼前に見た無様な姿を曝け出したガキ大将のようなオッサンとは異なる姿を持った、不気味な雰囲気を纏う海洋王国の国王に彼女は杖を向けるのであった。
‥‥‥昼間に予想していた、夜間の襲撃。
ディーたちはある程度問題が無いように防ごうと思い、色々な罠を張っていた。
「だが…‥‥それどころじゃないものを引き当てたか?」
俺はそうつぶやきつつ、装備品のガントレットを装着し、他の皆も臨戦態勢に移る。
目の前に杖を持つ人物は、確かに昼間に見た海洋王国の国王。
だがしかし、その中身はまるで別人と言えるほどの変化があったようで、纏う雰囲気に油断できない不気味さを持っている。
「くっくっくっく…‥‥魔法を一つ使っただけで、そこまで見ぬくとは。あの者たちが言っていただけあって、どうやら本当に素晴らしい召喚獣を持っているようだな…‥‥召喚士のディーよ」
全員いつでも攻め込めるようにしている状態でも、余裕を持っているかのように彼はそう笑う。
名前を今さら知られていてもそこは驚きもしないのだが‥‥‥何処から知ったのかという部分に重要さがあるだろう。
「へぇ、俺の名前を知っているなんて…‥‥あの者たちって、どこの誰なんだい?」
「それはお前が一番知っているのではないか?まぁ、言うのであればフェイスマスクの者どもだな」
あっさりと答えてくれたが…‥‥予想通りではある。
こちらの名前を知っているような奴らというのは、その組織が一番可能性が高かったからな‥‥‥そして、この事実からわかることもある。
「それと先に言っておこう。フェイスマスクの者どもと繋がりは確かにあったが…‥‥一月ほどまでには縁を切った。ゆえに、我が国にはもういないぞ」
「縁を切った?」
「流石に、怪しすぎる組織を手元に置いておく趣味はないのでな。手切れ金としての資源をある程度流したのもあるが…‥‥産まれたこちらとしては、親は邪魔なだけだ」
不気味な顔でそう言ってくるが…‥‥その口ぶりから嫌な予感を感じさせる。
それに、さっきのゼネが言っていた魔法とかも考えると…‥‥
「‥‥‥まさかとは思うが、お前は海洋王国の国王ではないな?」
「ああ、そうだ。その通りだろう。この肉体の主は、確かに海洋王国の国王ではあったが、その中身は既に喰らいつくしたからな」
にまぁぁぁっと不気味な笑みを浮かべたかと思うと、黒い靄のような物が相手の体を覆う。
そしてある程度靄を纏ったところで離散させ…‥‥その時には姿が変わっていた。
「…‥‥ああ、自己紹介がまだだったな。我輩は、フェイスマスクの実験から生まれた、人造悪霊‥‥‥いや、そこからさらに自己進化を重ねて誕生した未知のモンスター…‥‥アンデッド系と言えばそれに近いが、名乗るのであれば、『アポトーシス』とでも言っておこう」
鍛え上げてないような、ガキ大将がそのまま大人になったかのような容姿から、変貌したその姿。
人型は辛うじてとどめているようだが、その肉体には無数の青白い血管が浮き出ており、顔は肉すらなく骨だけの状態。
けれどもその目に当たる部分には不気味な青と紫の輝きを残しており、海洋王国国王のオッドアイの面影を残していた。
「それともう一つ、昼間の無様な醜態の晒しようだが、それは我輩の者ではない。この肉体の主だった者を再現している偽装体の行った行為であり…‥‥まぁ、あれだ。我輩から見ても本当に情けない男が本当に生きていたら、まさに行った行為の再現であるからな?我輩はあそこまで無様にやらんぞ」
…‥‥どうやら既に、海洋王国の国王は死亡していたらしい。
いや、むしろこの目の前の人物に乗っ取られており、その魂だけを排除されたとでも言うべきなのだろうか。
あと、死してなおその憑りついた相手にそう言われているのもどうなんだろうか。
「それで、今は海洋王国の国王としてふるまって…‥‥ここに来るとは、どういうことだ?それに、憑りついてまだ利用して、何を目的としている?」
「くっくっくっく…‥‥ここまで話しておいたが、これ以上喋るような者と見えるか?」
「見えない」
「即答か」
即答すれば呆れたように返答されたが、そうとしか思えない。
なぜならば、こうやって話している間にも先ほどの離散した靄が再び集まっており、彼の身に纏い始めていたのだから。
「まぁ、それでもいいだろう。どうせ、我輩は説明下手だからな」
そう言いながら、アポトーシスが杖を振るうと靄が少しずつ小さな塊となる。
「何にしてもだ、ここにはある目的で来たのだが…‥‥流石にここで何も事を起こさずに帰る気もない。なので、少しは暴れさせてもらうぞ」
そう言うが早いが、杖をふるって塊を地面に沈めたかと思えば…‥‥次の瞬間、地鳴りが起きた。
ズズズズ‥‥ボゴォォォ!!
揺れた後、地面から何かが付き出し、地表に姿を現した。
「こういう時がために、ある程度の保存はしておくべきでな、その保存していたものをここで少し見せてやろう!!」
【【【アアアアアアアアアウウェエエエエエエエエエエエン!!】】】
「‥‥‥なんだそりゃ!?」
出てきたのは、肉体はどれも黒い靄を纏いつつ、時折中身の骨のような物が見えている。
というか、普通は骨とかがあるようなイメージはない生物なのだが…‥‥容姿だけ言えば、巨大な化け物イカ、クラゲ、タコ…‥‥
「ワイトなどが使える、死霊術の一種のようじゃが…‥‥『クラーケン』、『ギガジェリーフィッシュ』、『オクトロパウス』の死体じゃな」
「その通り!!海の国だからこそ遭遇するような、海洋の化け物共!!その死体であっても、アンデッドとして生まれ変わっても、その脅威が健在であることをみせてやろう!!」
そう叫ぶアポトーシスの言葉に呼応するかのように、各アンデッドたちが咆哮を上げる。
どうやらただアンデッドとして蘇っただけではなく、細工を施されたようだが‥‥‥‥とにもかくにも、こちらも戦闘を開始するのであった‥‥‥‥
ある程度の襲撃の予想はしていたが、どうやら嫌な予感が当たってしまったらしい。
というか、既にあのオッサンは死亡していたようだが‥‥‥そんな肉体を利用していた理由は何なのか?
とりあえずは、今は目の前の化け物共に対して戦闘するしかないか…‥‥
‥‥‥骨が無いとか言っているけど、イカはちょっと違うか。




