257 そのあたりを考えはしたり
「…‥‥結局、同点で力尽きたのか」
「何とか‥‥‥勝利をもぎ取りたかったデス」
「ふふふ‥‥‥負けはしませんでしたわ」
「疲れはしたでござるが、結構楽しかったでござるよ」
「殺意/充満/でも/問題なかった」
もうちょっとで夕暮時であり、太陽が海に近くなってきた時間帯。
ようやくというか、海辺のビーチボールは終了したようだが、ノインとカトレアが真っ白に燃え尽きていた。
着ていた水着も新品であったはずが、既にボロボロでありちょっと危い姿。二人ともスタイルが良いだけに色々とこぼれそうだというか、見えそうというか‥‥‥
一緒にやっていたルビーやルンはそうでもないのだが…‥‥色々と譲り合えない部分というか、互に堂々と実力でぶつかり合った結果なのだろう。しかし、ここまでボロボロになるともう着れなくなっただろう。
まぁ、最終日用に別の水着も用意しているらしいので、その時の遊び用に不安は内容だが…‥‥とにもかくにも、彼女達完全に疲れ果て、砂浜にうつぶせに倒れてしまっているのであった。
「激しかったしのぅ‥‥‥精魂尽きた感じじゃな」
「燃えすぎ、本気出し過ぎ、手加減知らなさすぎの三拍子」
「グゲェグゲェ」
ひとまずはこのまま放置もできないので、それぞれをアナスタシアとゼネが一旦持ち、リリスの箱の中に放り込む。
互いに疲れ果てて動けないのであれば、こういう輸送手段が使えるのだろうけれども…‥どうやら本気で両者とも疲れ果てているようで、なすがままであった。
「まぁ、近寄らなければいいだけだったし、別に問題は無かったのニャ」
「遠くから見ている方が、安心でしたものね」
ルナティアとアリスが苦笑してそう口にするが、その通りだろう。
下手に巻き添えになっていれば、それこそ地獄だっただろうからな…‥‥ああ、念のために砂浜の方はきちんと後片付けはしており、クレーターとか溶解した部分とかは撤去済みだったりする。
何にしても、そろそろ海岸部の生徒たち用の宿に各々戻らなければいけない時間帯にはなっていた。
「っと、そう言えばレイアにリザにティアがまだ帰ってこないな‥‥?」
「遠泳をしているはずじゃが、どこまで行ったんじゃろうか?」
召喚で呼び戻すかと考えていたところで‥‥‥ふと、水平線の方に影が見えてきた。
物凄い勢いで水しぶきを上げ、かなりの速度で突っ込みそのまま砂浜へ乗り上げる。
だが、その乗り上げる寸前に一気に勢いを利用して飛び上がり、宙を数回転して…‥‥
ざくぅっ!!
「ただ今戻ってきたぜ我が君!!というか、報告があるぜ!!」
「華麗に着地したかと思ったのに、突き刺さったようだが…‥‥いや、それより報告ってなんだ?」
惜しいような感じで、砂浜にティアが足もといまだサメ状態の下半身を突き刺してしまったのだが、何か話があるようだった。
「‥‥‥漂流船?」
「そうだぜ。なんでも、嵐に巻き込まれて一週間ほど飲まず食わずだったようで、それに出くわしたんだぜ」
手短に話をしてもらえば、どうやら遠泳した矢先に漂流船を見つけたらしい。
だいぶボロボロな船ではあるが、それでも沈没はギリギリで免れており、生存者を確認済み。
とはいえ、酷い健康状態であるようで、一旦リザのマッサージである程度の応急処置はしたようだが‥‥‥それでも限界はあり、不味い状態のようだ。
「どこの国だとかは?」
「海洋王国モルゼの商船のようだぜ。ただ、なんか訳ありなのか、特別な船員が紛れているらしく、それの命が無くなってしまうと帰国すると全員の首が切られかねないのだとか…‥‥」
――――――――――
「海洋王国モルゼ」
大きな島国であり、主に船での産業が活発。
季節が変わらず常に常夏の国であり、リゾート地としての観光資源も豊富でそこそこに栄えている。
とはいえ、極稀に異常気象によって大荒れの天候が起きたりして、被害にあう事も多いが、その分直ぐに復興できるだけのたくましさも兼ね備えている。
――――――――――
なんでもその国の重要な人物が乗船しているようで、その人物が現在危険な状態らしい。
で、このまま無くなってしまえば帰国できてもただでは済まないようだが‥‥‥
「と言っても、漂流船なんぞここに運べるのか?」
「無理というしかなかったぜ。流石に船を運ぶにはちょっと厳しかったのだぜ」
やろうと思えば実はできないこともないのだが、今のその船の状態は動かすのもかなり不味いらしい。
現状風に流されるままのようだが、船底とかがだいぶ痛んでおり、迂闊にやらかせば即座に沈没の危機なのだとか。
とりあえず今は、生存者たちへ治療を行ってもマッサージだけでは手が足りないので、どうにかできないのかと尋ねるために、彼女だけが先に帰還してきたようであった。
「と言っても、そんなホイホイ他国の人をここへ連れるような真似もなぁ…‥‥」
一応、国としては国交はあるようだが、本当にその国の商船なのか怪しいところ。
商船として偽装し、実は海賊であったとか言う話もないわけでもないし、警戒をしたい。
けれども、見かけてしまった人命の危機のようなので、どうにかしたいところでもある。
「とはいえ、下手に動かせないとなるとこっちから向かうしかないだろうけれど‥‥‥」
「もう間もなく夜じゃしなぁ」
暗くなってきたらそれはそれで、夜の海の危険度が増す。
深いところに潜っているような海のモンスターなどが浮上してきたりするので、漂流船に居続けるわけにもいかないだろう。
「となると、一番良いのは…‥‥船を諦めて、リリスの中に全員投入して運ぶぐらいか」
召喚の方法が使える以上、その輸送手段も使える。
リリスの箱の中に全員投入後に、こちらで召喚して一気に保護することぐらいはできるはずだ。
「リリス、頼めるか?」
「グゲェ!」
任せて、というようにぐっと指を立てるリリス。
ティアが彼女を牽引して運んでくれるそうなので、タイミングさえあれば召喚して輸送可能になる。
「とはいえ、どのぐらいでその船員たちを運び出せそうだ?」
「そうだな‥‥‥ざっと10分ほどだぜ。というのも、命はあるけどそれなりに怪我とかしていて、動かしにくいのも多いんだぜ」
何にしても、人命救助という名目がある以上、さっさと動いた方が良いのかもしれない。
船まで向かう方に時間がかかるそうだが、飛ばせば大体1時間ぐらい待った後に召喚してもらえれば全員投入ができるようなので、さっさと俺たちは動くのであった…‥‥
「そう言えば、ノインとカトレアが既に投入済みなんだが‥‥‥二人とも、動けるか?」
「動けマス。ご主人様の命令さえあれば、疲れしらずなのデス」
「わたくしも、速攻で回復してやれますわ」
ふと思ってそうつぶやいたら、箱からひょっこりとノインとカトレアが出てきてそう返答してくれた。
どうやらすぐに回復したようで、水着は既に脱ぎ捨てていつものメイド服になっている。
…‥‥あれだけ疲弊していたのに、短時間で回復するのも驚きであった。まぁ、それはそれで人命救助しやすくなるから良いが‥‥‥
‥‥‥ざばばばばっと水面を切り裂くように高速で泳ぎ、リリスを牽引するティア。
そしてその背後からは、箱の中に入ったままのカトレアとは違い、自力で海面を進むノインの姿があった。
「うわぁ、早いぜ…‥‥水面ギリギリで進んでいるのに、かなりの速度なんだな」
「ご主人様用に開発しておいた、水上用の特殊ブーツのテストを兼ねているだけですけどネ。っと、見えてきまシタ」
水面を切り裂いて進んでいくと、彼女達の先には月明かりに照らされた漂流船の姿が目に見て取れた。
だがしかし、何やら様子がおかしい。
ドォォォォォォン!!
「何か砲撃音がしてますガ?」
「え?…‥‥っと、なんか襲われているようだぜ!?」
見れば、漂流船の方に煙が上がっており、沈没の秒読みを始めた状態。
そしてその船に砲撃を仕掛ける別の船がある事に気が付き、何か問題が起きているらしいことが分かった。
「…‥‥ふむ、月明かりですがそれでもこの距離でも私の目で見えますネ。…‥‥あの攻撃している船の装飾にある紋章は、本で確認しましたが、確か海洋王国の王家の紋章のようデス」
「え?なんで同国同士で争っているんだ?」
何やら面倒な話しになりそうな気もするが、このままにして置くと不味いのは目に見えている。
現状、船内の船員たちはまともに戦える状態ではないだろうし、残っているのは治療を行っていたリザとレイアだが、彼女達の攻撃手段では海戦は相性が悪い。
何とか砲弾を切り裂いたりしているのが眼に見えるが、それでも全部という訳にもいかないようだ。
「何やらややこしいことが起きているようですが、止めさせないと救助に差し支えますし、さっさと止めましょウ。ティア、そちらの方でリリスの中へ人を輸送してくだサイ。私の方で、あちらの攻撃を行っている船に攻撃を止めさせるように話してみマス」
「わかったぜ!」
一旦二手に分かれ、ティアが漂流船の方へ向かうと、ノインは現在攻撃をしかけている船の元へ進み、懐からメガホンを取り出した。
無くとも聞こえるだけの声は出せるが、一応これはこれで特殊装備の一つなので万が一にも対応しやすい。
『そこの攻撃をしている船!!直ちに攻撃を停止してくだサイ!!人命救助活動の邪魔になりマス!!』
おおんっと大きな音が響き、攻撃をしていた船の注意がノインの方へ向かったことを彼女は確認した。
いったん砲撃が止まり、確認するために船のものが海上を捜し…‥‥ノインの姿を確認したようだ。
「だれだ!!そこで叫んでいる女は!!」
「いやそもそも何で海の上にまともに立っているやつがいるんだ!?」
がやがやと声が聞こえてくるが、割とまともなツッコミをするぐらいの理性はあるようだ。
『名乗るほどのものでもありまセン!!それよりも直ちに砲撃を止め、救助活動をさせることに専念させてくだサイ!!というかそもそも、そちらの船の飾りにある紋章を見る限り、海洋王国の王家のものが乗船していると見受けられマス!!あの漂流船の方には同国民がいるのではないですカ!!』
「うるせぇ!!あの船はいらないもんだから攻撃して良いだろ!!」
『いらないもの?』
「…‥‥待て、まずはわたしに変わろう」
っと、船の方の影が動き、誰かが歩み出てきた。
月明かりに照らされ、出てきたのは威風堂々とした女騎士。
だがしかし、その目は赤と青のオッドアイをしており、隙の無いような堂々とした歩き方をして出てきたようで、ただ者ではなさそうだとノインは思う。
「‥‥‥そこの海に浮かぶ女‥‥‥何処の侍女かはわからんような衣服を着て、海に立つということをしているようだが、話をしないか?」
『話、ですカ?』
「ああ、こちらとしてのあの船を沈める正当な理由があるのでね。まぁ、そもそもあの船にいるであろうたった一人さえ亡き者にすれば攻撃する必要もないのだがな。ああ、そちらは名乗る必要がないが、話しやすいようにという配慮をして、こちらの名を名乗っておこう。わたしの名はグレイ。海洋王国の第8王女にして、父から今回の攻撃の命令を受けた者だ」
‥‥‥出てきた人物は、どうやら海洋王国の王家の一人。
第8王女グレイという名のようだが、王女というよりも歴戦の女騎士団長と言った方が似合う雰囲気を纏っているようだ。
そして攻撃理由を聞けば、どうやら今ちょっとした王家のごたごたが起きているようで‥‥‥その最中で国王からの命令によって、船内にいる王家のものを殺害するために、わざわざここまで出て来たようなのだ。
王家のものと言っているが、王子とか王女とか言ってない以上、血縁だけの繋がりのようだ。
「嵐に巻き込まれて沈没しているだけであれば、やる必要もなかったが…‥わが父からは確実に深海の底まで沈めてしまうところまで証言をしっかりとれるまでやらなければいけないという指示をいただいている。放置しても野垂れ死にそうだが、確殺したことを全員で確認できぬ限りは、攻撃を止める気もない。ただ‥‥‥そのたった一人さえ犠牲にしてしまえばこれ以上の砲撃もせずに、大人しく引き下がろう」
それはつまり、暗にその一人を素直に差し出すとかすれば、全員の命を奪うことはないと言っているようだ。
「まぁ、先に攻撃前に警告したのだが…‥‥あの船の者どもは見捨てるわけにはいかないと言って、出すことはしなかった。ゆえに、今攻撃をしているのだ。だが女、貴様は見たところ完全なる部外者のようだが…‥‥そうだな、お前自身がその者を引き渡せば、攻撃を止めよう。第8王女グレイとしての名を約束してな」
取引を持ち掛けるように、そう語りかけてきたが…‥‥生憎、ノインにその取引を受ける意味はない。
ちらりと彼女が船の方に目を向ければ、どうやら砲撃が少し止んでいる今の間に全員を入れたようで、ティアが手を振って合図をしている光景が見えた。
『‥‥‥お断りしマス!!既に全員取れたようですし、ここで失礼しマス』
そう言い、ノインはさっと身をひるがえして漂流船の方へ向かった。
「残念だ、取引成らずか‥‥‥‥なら、攻撃をするしかあるまい。砲撃再開!!」
グレイからは合図がなされたようで、再び砲撃が始まるようだ。
けれども、それはもう意味をなしてない。
水上を駆け抜け、相手の死角になる処へ向かうと、既にティアたちが準備を万端にしており、逃走可能な状態になっていた。
「ひとまずは、ここから撤退しましょウ。全員を詰め込めたのであれば、後はご主人様からの召喚があれば楽にいけますが…‥‥」
「砲撃があるからこそ、このまま待機できないでありんすしな。一旦海に潜って逃げた方が良いでありんす」
「リリス、水が入ってこれないように閉められるか?」
「グゲェ」
「なら、自分が海中へ引き込むぜ。海ならば、船に乗るよりもこちらの方が有利に動けるからな」
ノインもリリスの中に乗り込み、海上にリリスとティアの姿のみ。
沈みやすいようにおもりを装着しつつ、一気に海の中へ潜り込む。
ざっぶぅぅん!!
(‥‥‥さてと、我が君の召喚まで海の中で見つからないように逃げるぜ!!)
水中であれば敵なしともいえるので、ここでの逃走はティアにとっては非常に容易い。
浅く沈めば見つかりやすいので、かなり深い部分まで潜ることにしつつ、時折振り返って船の方を見たが…‥‥どうやら、ついに沈み始めたようだ。
(しかし、何で同じ国の奴ららしいのに沈めようとして来たのか‥‥‥なーんか面倒そうな話になりそうだぜ)
そう思いつつ、ディーによって召喚されるまでの間に見つからないように、海の奥深くへとリリスを伴って泳ぎ始めるのであった‥‥‥‥
「‥‥砲撃止め!!船が轟沈した以上、これ以上の無駄撃ちはするな!!」
漂流船が沈み始めたのを確認して、先ほどノインとやり取りをしていた者はそう指示を出した。
「グレイ様、これであの船に乗っていた奴は死亡した‥‥‥と見て良いのでしょうか?」
「いや、多分していないだろう。先ほど、海上に出てきた女の行動を見る限り、救助された可能性がある」
配下の一人が尋ねると、その者はそう返答する。
「最後の一人まで徹底的にやれと言われたが…‥‥沈めた姿をこの船員たちが見た以上、これ以上攻め入る必要もあるまい。あちらとしても、こちらの話だけである程度察したようだが…‥‥むやみやたらに出てくることもあるまい」
そう返答し、彼女は船の中にある自室へ向かう。
「何者かは知らんが、ひとまずは船員に休息を取らせよ。一晩の停泊の後、帰国するぞ」
「了解!」
配下の者はそう返答し、だだだっと駆け抜けた後に、グレイは月を見る。
「…‥‥さてと、あの女は誰であったのかは知らないが…‥‥救助したところで、どう出るかが問題か」
先ほどはむやみやたらと出る事はあるまいと、堂々と言ったが…‥‥それでも出てくる可能性が無いと言ったわけではない。
そもそも、ここかは陸地からかなり離れた沖合であり、どこの国からの救助なのかもわからぬが‥‥‥そこで助けられた者が動く可能性はある。
「船の方にも、砲撃前に確認したが見知らぬ女たちが乗っていたし、仲間と見て良いだろう」
まぁ、その仲間の容姿自体が、人ならざる者であったことは確認が出来たが‥‥‥‥直ぐに行動を起こすこともないとも思う。
漂流していた船にいたものたちの状態を見る限り、直ぐに回復し切るとは思えないし、たとえどこかの国に保護されてもすぐに動けるようになる可能性もない。
「とりあえず、今はゆっくりと攻撃していた疲れを癒して、眠るとするか…‥‥」
とにもかくにも、これ以上考えていても自分にはどうなるかはわからないし、父である国王に報告するだけの話。
救助したところがどこなのか、その地を探し出し徹底的に殲滅しろとか言ってきそうな気もするが…‥‥このまま見つかってほしくはないという気持ちもある。
「‥‥‥王家の血を引きながらも、王家の者として扱われなかった妹よ。せめて、救助された先で平穏に暮らしてくれ…‥‥」
そうつぶやき、船内の明かりを消してグレイは眠りにつくのであった…‥‥‥
人命救助活動ぐらいは、しても問題はないだろう。
他国の船とは言え、見かけたのであれば救った方が良いかもしれないからな。
とは言え、なーんか大きな問題ごとになりそうな嫌な予感がするのだが…‥‥気のせいだと思いたい。
‥‥‥なお、敵船に乗り込んで攻撃すればいいじゃないとか言う話にもなるだろうが、それはそれで大ごとになりそうなので出来なかったというのもある。
流石にそのあたりの分別は付くのだが…‥‥まぁ、そもそも海上戦自体が苦手でもある。




