243 互いの利益
‥‥‥‥蒸し暑い真夜中だが、せめてもの癒しは冷えた氷枕。
「というか、結構良いなこれ‥‥‥この時期には心地いい」
「中々、良い感じの氷出来た」
ぐっとこぶしを握り締め、自信満々に言うアナスタシア。
この夜には最適な氷枕。ちょっと警戒で精神的に疲れてくる頃合いに渡されると、中々具合が良い。
「というか、警戒していてもなかなか来ないし…‥‥流石に今晩は何もないのかな?」
「それなら良いのですが…‥‥まぁ、今のところセンサーに反応もありませんネ」
ぐるぐるとアホ毛を回しつつ、ノインがそう答える。
まぁ、流石にあの狂愛の一件以降静まり返っているゼネの妹たちだし、今はもう執拗に追いかけていないのかもしれない。
トラウマをがっつり残すほどの狂愛ぶりではあったが、それでも時間というもののおかげで無事に鎮静化してくれたのだろうか?
そう思うと、今こうやって警戒しているのも馬鹿らしくなりそうな気もするが‥‥‥それでも、警戒するに越したことがないというか、嫌な予感は消えないんだけどな。
そう思いつつも、月がどんどん移動していき、夜も深まっていく。
このまま何事もなければ、明け方頃には警戒を解除してもいいのかなと少し思い始めていた‥‥‥その時であった。
「にしても、周囲に全然姿も見えないが…‥‥ゼネの幻術のような物を身に付けているとかないよな?」
「それはそれで探知しにくいですが、その可能性も言われてみれば捨てに、ッツ!!」
ビィンっとノインのアホ毛がいきなり立った。
「ご主人様、後ろ!」
「後ろ?」
そう叫んだので、振り返ってみれば…‥‥そこには、何もないはずの空間からにょきっと手が出ていた。
いや違う。手のようであって、手ではない…‥‥ちょっと雑な義手のようなものが飛び出していたのだ。
「緊急事態、即冷凍!!」
異常に気が付き、素早くアナスタシアが氷結させて拘束したが‥‥‥続けて空間から別の手が飛び出て、その手には刃物があった。
そして華麗に振るわれ、手のようなものが切り飛ばされる。
血が噴き出るとかそう言うことはなく、中身の方にも何やらうねうねと動いているものがあったが、相手も反応したようで、引っ込めるかのように消え失せた。
「‥‥‥何だったんだ、今の?」
「これは‥‥‥ちょっとした、義手モドキですネ」
切り落とされた手のようなものを拾い上げ、ノインがそう口にする。
どういうものなのかと聞いてみれば、以前にアリスに作った義手に似ているけれども、中身が全く別のもの。
あれが歯車とかそういう機械仕掛け的なもので動かしているのに対して、こちらの手のようなものは‥‥‥
「‥‥‥神経、筋肉などに似た、繊維が内部に詰まってマス。これならより自然な動きで手の動きと同じになりマス。わかりやすく言えば、甲虫の外骨格の構造のようなものですネ」
「でも、見かけ的に硬質的過ぎるんだよな…‥‥」
なんというか、改めて見ると手のようなと表現した自分の言葉が当てはまっている物体である。
一見すれば手の形で有れども、よく見ればちょっと虫とかの手足に似ている。
皮膚らしい皮膚が無いというか、あっても硬そうな物質というか…‥‥何だろう、コレ。
「空間探知センサーも稼働させておいて正解でしタ。正攻法で来るわけがなさそうなので、ある程度想定していましたが…‥‥まさか、本当に手だけを出すような真似でくるとは驚きデス」
「どんなセンサーなんだよ」
ノインいわく、以前の狂愛の怪物のように、ゼネの妹たちはぶっ飛んだ行動を起こす可能性が想定された。
例えば平べったくなったり液状化して隙間から侵入だとか、気体になって風に流されてきてとか、あるいは小さくなってとか…‥‥それらができる時点ですでに人間を辞めていないかと言えるような芸当をしてもおかしくはないと思い、対応できるようにしていたらしい。
それで、ある程度想定した内容の中には、空間を移動してくる可能性もあったようで…‥‥その対応策のセンサーも同時に稼働して、空間そのものも見張っていたようダ。
「気を付けてください、ご主人様。先ほどは切り飛ばせましたが、まだ空間そのものに潜んでいる可能性がありマス」
「この手を出してきた意味は?」
「こちらの方が、普通の手を使うよりも力が出るでしょうし…‥‥こういう攻撃も想定しての、遠隔操作での稼働をしている可能性があるでしょウ」
要は飛び出てきたものにどう対応するかは相手も分からないので、その反応を確認する役目もあるようだ。
技術的にはけっこう高いもののようで、組織の介入の可能性も考えられたが‥‥
「これは多分ないでしょウ。独特な狂愛しか感じませんし、むしろ技術を強奪して作ったと考えるのが正しいでしょうネ」
‥‥‥強奪して作り上げたかもしれないという言葉に、俺たちは驚愕するのであった。
あ、でもあの狂愛の怪物になれるゼネの妹たちなら可能かもしれん。どうしよう、そう考えると凄い納得できてしまう。
‥‥‥空間から飛び出た手に対しての警戒をディーたちは行っていたが、少し抜けていたことがあった。
それは、この場で探知できていたのはセンサーもあるノインだけであり、他の面子はその言葉のすぐ後に気が付いて行動したという部分である。
つまり、この手段はノインのいる場所であれば無力化をどうにかできるのだが…‥‥
「…‥‥何と言うか、まだ来ぬなぁ」
「今晩は無いのかしらね?」
警戒していると気が疲れてくるのだが、それでもゼネたちの方は警戒を怠らずに起きていた。
正直、疲れてきたような気がしなくもないのだが…‥‥こう、何もない状況だと拍子抜けするだろう。
「んー、動きもないし、大丈夫そうだぜ?」
「暇/月明かり/照らすも何もない」
周囲を見渡しても何も動きはないし、起き続けても意味が無そうに見える。
けれども、あの恐ろしさを知っているゼネとしては、気が抜けない。
「ぬぅ…‥‥妹たちが、儂がここにいる事を知って何もしないわけがなさそうなのじゃが…‥‥幻術で姿を隠して入国したし、バレていないのじゃろうか?」
「でも、マスターと一緒の時点でバレそうなものですわよね」
「マスター/召喚獣/セット扱い」
「お主ら御前様に対しての言い方が同じじゃのぅ‥‥‥‥」
とはいえ、そう言われると余計に警戒を強めたくなるゼネ。
バレない用に入ったつもりでも、バレている可能性が大きいとなるとどう考えてもやってこない可能性が無いのだ。
「いつじゃったかなぁ…‥‥生前にも、こっそり抜け出して別の場所へ行っていたら、いつの間にか傍におったし‥‥‥妹たちの情報収集能力も、半端じゃないんじゃったよなぁ」
昔を思い返すと、やってくる可能性の方が大きくなってくる。
不安感というか、嫌な予感が増してきた…‥‥丁度その時であった。
「っと!!ゼネ、後ろ後ろでござる―!!」
「ぬ!?」
上空の方で旋回して警戒していたルビーがそう叫んだ声が聞こえた。
周囲を見渡し、空から見る分より広範囲を見ていたようだが‥‥‥ふと見降ろして、気が付いたようだ。
何事かと思い、ゼネが振り向けば、そこには何もない空間から手がひょっこりと飛び出してきていた。
いや、手のような何かであると直感的に悟り、素早く体をひねって向き合い、バックステップで距離を取る。
それに合わせるかのように、手のような物が伸びてきたが‥‥‥このわずかな時間さえあれば、直ぐに対応は取れた。
「切り飛ばすぜ!」
「即切断/判断!」
ティアとルンの刃物がきらめき、掴みかからんとしていた手首部分をそれぞれきり飛ばす。
そしてすぐに逃げ出されないように、引きずり込むためにカトレアが蔓を伸ばして巻き付ける。
「良し、捕まえましたわ!!」
「っと、この空間の先じゃな!!」
動けないようにした手が生えている、何もない空間。
けれどもよく見れば微妙な隙間があり、襲撃者がこの内部にいる事を理解したゼネは、直ぐに杖を向けた。
「『ナイトメアスモーク』!!」
杖の先から煙が噴き出し、指向性を持ってその何もない空間へ入り込んでいく。
この煙はただの煙ではなく、睡眠ガスを発生させる魔法に近いが、それよりももうちょっと悪質な類で、相手に悪夢を見せながら眠らせる魔法。
突然のドッキリに、既に死んでいる身とは言え死にそうなぐらい驚いたのでその仕返しもちょっと混ざってやったが‥‥‥どうやら効果はあったらしい。
すぽんっと軽快な音をさせて手のような物が引き抜け、空間が閉じたのであった‥‥‥
「‥‥‥何じゃったんじゃ、これ?」
「分かりませんが‥‥‥この様子ですと、まだ来ないとも限りませんわね」
「上から見ていたのでござるが、突然飛び出してきたのに気が付いたのでござるよ」
「不気味な手段だぜ…‥‥」
「手ごたえ/微妙。相手/再襲撃の可能性あり」
「…‥‥お姉様の作った魔法の煙!!総員直ちに回収!!」
「急げ!!吸引すると眠りこけてしまうぞ!!」
「こんなもの、直ぐに取らないわけがない!!」
…‥‥襲撃のすぐ後、その現場では慌ただしい動きがなされていた。
今回のために用意してきた道具が破壊されたのは残念だが、これは想定内。
ある程度の対応を素早くやるだろうと考えつつ、捨て駒にしていたのだが…‥‥現場では今、想定外のものがあった。
「お姉様製の魔法の煙!!悪夢を見せる魔法のようですけれども、お姉様のものですから悪夢が悪夢になりませんわあぁ!!」
「あああ、あああ!!薄れる前には回収を!!」
「空き瓶が無ければ、吸引するんだ!効果が無くなる前に、素早く各自で保管を!!」
「眠るかもしれませんが、それは気合いで!!お姉様のものを取り入れているのだと思えば眠気が吹っ飛びますわぁ!!」
ある程度の反撃の予想はしていたとはいえ、彼女達が慕いまくるゼネからの魔法を入手できるとは思っておらず、入ってきたその魔法を逃すまいと必死になって回収を急ぐ。
回収に慌ただしくしながらも、この想定外の行動も想定内に無理やり収めつつ、次の段階へ彼女達は動き出す。
「横からのゆっくりとした手の動きは既に読まれているはず」
「警戒しているようですけれども、それが全てそうとは限らない」
「ある程度読んでいても、こちらも読み返せますし…‥‥ええ、計画は順調ですわね!!」
ゼネの魔法による煙の入手に興奮を増し、鼻血を吹き出している者が続出すれども、計画に変更はない。
むしろ、よりやる気が向上し、全員の気力がこれまでにないほど高められ、強い一体感を感じさせる。
「さぁ、まだまだやっていきましょう!!お姉様のためにもファイトォォォォ!!」
「「「「ファイトォォォォォォォ!!」」」」
…‥‥眠らせる魔法をやったつもりが、どうやら彼女達の眠気をふっ飛ばし、やる気に火をつけてしまったらしい。
そう、まだ穏やかなやり方ではあったはずが、ここで一気に気分を上げてしまった。
ゼネの放った魔法が、まさかの逆効果ではあったが…‥‥それを知るのはもうすぐなのであった…‥‥
ようやく出てきたかと思えば、ちょっと面倒な空間移動の襲撃。
手のような物を動かしつつ、捕らえようとしているのかわからないが警戒しておいてよかった。
ちょっとホラーな光景で、正直肝は冷えたが‥‥‥何て方法を取って来るんだよ‥‥‥
‥‥‥そして一方で、導火線に火が付いた模様。いや、導火線先の爆弾の威力が増加したと言えるのか?
何にしてもまだまだ始まったばかり…‥‥




