231 ぬるりつるりと入り込み
‥‥‥ガランドゥ王国の王城は、昼間は国にふさわしい姿に見えているだろう。
芸術の国というだけあって、中庭には噴水や小川、様々な草花で作られた自然の像など、シンプルながらも豪華絢爛を魅せつけ、芸術が分からない人であろうとも芸術とはこういうものなのかと納得させるほどらしい。
だがしかし現在の時刻は真夜中であり、しかも月明かりの無い曇り空ゆえに、辺り一面が闇に覆われている。
「‥‥‥そう考えると、昼間に入り込んだほうが良かったような気がするが…‥‥問題は無いか」
「しいて言うのであれば、魔道具の影響が強くなってきたようですネ。既に外観部分から影響が出ているようデス」
「なんというか、悲しくもなってきますわね…‥‥今はもう見られぬ木々や草花が、泣いているようですわ‥‥‥」
そんな中に、ディーたちは侵入しつつ、警戒して先を進むが…‥‥王城だというのに、まったくと言って良いほど警備の者たちがいる気配はない。
寝静まっているという訳でもなく…‥‥‥
「‥‥‥動いているけど、うつろな表情だな。暗くとも、この暗視ゴーグルとやらで見えるが…‥‥見たくもなかったな、こんな光景」
「強力な道具の影響じゃろうなぁ‥‥‥これでは、もしどうにかできたとしても、その後に後遺症が残りそうじゃ」
ノイン御手製の暗視ゴーグルという道具のおかげで、月明かりも何もない暗闇で有ろうとも、視野に影響はない。
しかしながら、はっきり見えすぎるせいで、王城内で起きている悲惨さがより鮮明に見えてしまう。
「リリス、アリス王女に何もないように、しっかり入れていろよ」
「グゲェ」
箱のふたを閉じつつリリスはそう返事する。
「しかしニャ‥‥‥ここまで静かなのもおかしく感じるのニャ」
「まぁ、罠の可能性が無きにしも非ずだよな…‥‥」
庭を突っ切り、王城内に侵入したところでルナティアがそうつぶやいたが、俺としても同じように奇妙さを感じている。
なんというか、何もいなさすぎるというか…‥‥廃人が多く出来上がっている悲惨な状態とは言え、仮面の者とかがいるのであればそれなりに守りの者とかも配備していておかしくはないはず。
それなのに、生きているような気配が薄すぎるような気がして、不気味さを感じさせるのだ。
「センサーを全開にしてますガ…‥‥ふむ、生きている人の反応はありますネ」
「さっき見た廃人護衛を除く反応か?」
「ハイ。王城の構造図を参考にすると、謁見室、地下牢獄、それぞれに反応が感じられますが…‥‥どれもこれも、アリス王女と同じような細工をされた人たちがいる可能性が考えられマス」
そのノインの言葉が聞こえたのか、リリスの中に入っているとはいえ、アリス王女の息をのむ声が聞こえたような気がした。
「国王の安否も確認したいが、地下の方も気になるな…‥‥他の王族がいるかもしれないし‥‥‥」
とはいえ、他の王族の顔なんぞ知らないし、確認を取れそうなのはアリス王女ぐらい。
であれば、ここは一旦二手に分かれたほうが良さそうだ。
「ゼネ、リリス、リザ、レイア、ティア、お前たちでアリス王女を護衛しながら地下の確認を頼む。いざとなれば彼女の家族たちを収納して、安全な場所まで隔離するように。ああ、連絡は素早いリザが頼む」
「「「「了解」」」」
「グゲェ」
残る俺、ルナティア、ノイン、カトレア、ルビー、アナスタシア、ルンで国王のいる謁見室の方へ向かうことにして、ここで二手に分かれた。
人数が多い分、こうやって分散できる利点は良い。
いざとなれば召喚で全員まとめて呼び出せるし‥‥‥‥臨機応変に対応した方が良い。
「あ、この国全体に影響を与える魔道具…‥‥王城外が廃人まみれだから廃人製造機とも言うべき場所はわかるか?」
「ちょうど、謁見室の方に反応アリですネ。まぁ、国王をそもそも虜にしているのであれば、そちらの方に置く意味も分かりますガ…‥‥」
…‥‥とは言え、無防備で置く訳もないだろうし、何かに偽装している可能性もある。
そう考えつつ、俺たちは先を急ぐことにしたのであった‥‥‥‥
「‥‥‥っと、御前様と別れて地下の方へ来たのは良いのじゃが…‥‥こちらは酷いのぅ」
「なんというか、滅茶苦茶でありんすな…‥‥」
「騎士道の風上にも置けない惨状…‥‥いや、相手がまず騎士ではないかもしれぬが、倫理を外れているな」
「うげぇ、この光景はきっついぜ…‥‥」
‥‥‥ディーたちと別れ、ゼネ、リリス、リザ、レイア、ティアたちはアリス王女共に、地下の方へ来たが‥そこに広がる光景はすさまじかった。
リリスが流石にこれは不味そうだと判断したのか、蓋を閉じてアリスに見せないようにしたが、そのほかにみてしまうものたちからすれば、グロイ光景。
実験され尽くした蹂躙の跡というべきか、それとも何も用をなさない廃棄処分場と化したのか…‥‥何にしても、胸糞悪い状態のまま、人々が放置されている光景は見続けたくはない。
「というか、瘴気というべきか悪いものが多すぎるのじゃ‥‥‥ここは一旦、全体に浄化魔法をかけるのじゃ」
さっさと治療を施して解放したいが、どうもそうはいかない状態。
そうつぶやき、ゼネが杖を振って浄化の魔法を発動させる。
じゅわあああああああああああああ!!
「…‥‥なんか、思いっきり蒸発するような音が聞こえるな」
「それだけ大量のヤヴァイもの満載じゃったようじゃな…‥‥体内に道具を埋め込まれているような物もいるようじゃが、そちらは稼働を抑えるしかできぬし、できればノインがこっち側に来てもらった方がよかったかもしれん」
とにもかくにも、綺麗さっぱりにしたところで、続けて誰が誰なのか判明させるために、できる限りの応急処置を彼女達は行った。
一部が失われていたり、剥がされたりしているようだが、それでも回復の魔法や、念のために用意して持ってきたカトレアの薬草ですぐに外見だけでもなんとか綺麗に整う。
しかし、精神面でも負担が大きかったのか、それとも最も道具の影響にさらされる位置にいたのか、目を覚ます気配すらはなく、完全に気を失ったままのようだ。
「グゲェ」
一応、これで何とか人に見せられるような光景になったところでリリスが蓋を開け、中にいたアリスに出てもらい、誰なのか判別してもらう。
『…‥‥これは兄様方ですね。ですが、皆…‥‥』
「案ずるな。まだ意識はあるようじゃし、場所を変えて重点的に治療すれば何とかなるじゃろう」
確認して、アリスが鳴きそうな顔になったところで、ポンッとゼネは彼女の肩を叩き、安心させるようにそう告げる。
今ここで嘆き悲しんでいても意味はないし、治せるところへ持っていく方が良いだろう。
「その他が、王妃や側室たちなのか?」
『お母様方もいますけど‥‥‥ええ、お父様以外の王族がここに全員そろってますわね。でも‥‥‥』
「ん?何か問題でもあるのか?」
『第2王子のドリス兄様の姿だけが見当たらないのよ…‥‥』
…‥‥アリスのその言葉に、改めて確認を取ってもらえばその第2王子だけがこの場にいないようだ。
第1王子や、そもそも帝国から要請のあった第3王子の体はあるのだが、その中間というべき第2王子の姿だけが無い。
考えられるのは、既に亡きものになっているか、あるいは…‥‥
「‥‥‥なんか、嫌な予感がするのぅ」
「さっさと全員、安全な場所まで運んでいった方が良さそうだぜ。リザ、我が君の元へ走って連絡を頼むぜ」
「分かったでありんすよ」
蛇足でどう走るのかというツッコミを入れようかと考えたが、彼女達に対してそれは無意味化と思い、アリスはそのツッコミを引っ込める。
それはともかくとして、姿の見えない第2王子に対して、彼女は不安を覚えるのであった‥‥‥‥
「まぁ、さっさと動くためにもリリス、全員を収納するのじゃ」
「グゲェ」
『‥‥‥すごい集団だと思っていたけど、こうやって改めて見ると、更にとんでもない集団だというのがわかるんだけど…‥‥』
「ツッコミを入れている暇があったら、収納を手伝ってほしい」
「その腕、ノイン御手製だったらかなり強い力が出るはずだから注意しておけよー」
『え?‥あ、本当だわ。兄様が滅茶苦茶軽く持、』
ぶぉん!!びったぁぁあん!!
『‥‥‥力、入れすぎたつもりもないのに、兄様が天井にめりこんだのだけど?』
「ああ、リハビリせずに、いきなり力を込めるとこうなるのか‥‥‥そう言えば書く以外の動作は特にさせていなかったが‥‥‥」
「こりゃ、今ので複雑骨折じゃろうなぁ‥‥‥第1王子、妹の手によって沈むとは…‥‥いや、天井じゃし、文字通り昇天したというべきかのぅ?」
「シャレになっていない気がするんだぜ‥‥‥‥」
入り込み、先へ進んでいく。
国が違うからこそ、王城のつくりも違うだろうが、それでも迷うことはない。
とは言え、不安が増えてきたような気がするのだが…‥‥
‥‥‥何気に義手の欠点が発覚した瞬間でもあった。まぁ、材料不足なのもあるし、まだ慣れてない王女が使ってしまったというのもあるが…‥‥
「そもそも人を思いっきり叩きつけるほどきれいに上にふっ飛ばせるような義手ってどうなんだ?」
「ちょっと設計ミスをしたかもしれまセン。構造的に、力の制限をかける部分が今一つだったのでしょウ」




