200 課題解決はどこかしらでも
‥‥‥雪が降り積もり、あちらこちらで雪かき作業が行われている丁度のその頃。
フルー森林国の中で、とある少女が実家でぐったりとしていた。
「よ、ようやくこれで終わったニャ…‥‥」
尻尾も耳もうなだれつつ、疲労困憊な様子を見せる少女‥‥‥ルナティアは、先ほど出してきた大量の返答用の手紙の重さを思い出すと、更にぐったりと疲れ果てた。
‥‥‥彼女はヴィステルダム王国の適正学園に留学しているが、長期休暇の際にはきちんと帰国する。
ずっと同じ国に留学し続けるわけではなく、こうやって帰郷できるのは良いのだが‥‥‥その帰郷した矢先で休めるのかどうか、と問われれば「否」としか回答できないのだ。
何しろ、彼女が留学させられる理由にあるのは、ディーの存在。
以前、森林国で騒動が起き、その解決に力を貸してもらえたのは良いのだが…‥‥そこに目を付けられ、色々と分け合って彼と親しくなった彼女が、様々な任務を課せられて送られているのである。
一応、進展というべきか召喚獣たちとの友情も築き上げつつ、彼女にとってもその内容は悪くもないし、国からもそれなりに援助が出たりするので文句はない。
だがしかし、完全に無いわけではなく…‥‥獣人やエルフ、ドワーフと言った亜人種族がいる国家と言えども、人間の国とも変わりない部分もある。
内容に対しての色々な言われようや、将来を見越しての繋がりを得たい者たちなども数多くおり、中には何をどう狂った情報を得ているのか、彼女を妾とかそういうものにできれば安泰であるという話まで出ていたようで、その事に関する求婚状などが多く届けられていたのだ。
しかも、学園ではなく彼女の実家の方に送られていたので‥‥‥帰郷当日には、部屋の扉を開けた途端に手紙の洪水に流されたのであった。
何にしても全部丁寧に目を通しつつ、お断りやふざけているようであれば訴えるなどの脅しも入れつつ、全部に対して彼女は真面目に返答の手紙を出した。
「というか、多すぎなんだけどニャ‥‥‥」
なお、ルナティアの父と母は、その手紙の山を見て苦笑していたりする。
「あららら、ルナちゃんモテモテニャ」
「‥‥‥」
にこにこと母親は笑いつつ、父親の方はそっと懐にメモを隠す。
そのメモの内容は、ルナティア向けに出してきた差出人たちの名前が全部つづられており、所々に罰点や赤字があるが‥‥‥その用途は知らない方が良いだろう。
「モテモテって言えるわけじゃないニャ。これ大体が面倒な類であるし、疲れるのニャ‥‥‥」
「そう、だったらゆっくり休むと良いニャよ」
机に突っ伏す娘の頭を、彼女は優しくなでて慰める。
母親の優しい撫で方は居心地がよく、疲れも取れるので癒されるのだが…‥‥
「あ、お茶飲むのニャ」
「良いわよ。ところでルナちゃんはあっちで好きな人との進展はあったのかニャ?」
「ぶっつ!!」
ずずっと落ち着いてお茶を飲もうとしたところで、母親のその言葉に思わず吹き出してしまう。
「ごえべっふげふっふ‥‥‥す、好きな人って、何でその話題にかニャ?」
「だって、議長様方から聞いているのニャ」
「…‥‥」
母親の言葉と、父親からのじっとした目に、ルナティアはどう告げた物か頭を悩ませる。
確かにそちらの方からの任務もあるが‥‥‥それに関する内容であるからこそ、返答に困るのだ。
‥‥‥任務内容。そのうちの一つは、ディーとの関係構築‥‥‥さらに深めたものとして、願わくば結婚である。
現在は森林国やそのほか他国も交えての新しい協定案などが出されており、彼に関しての扱いはそれぞれの国で共同で行おうとしている類のがあるらしいが、それでも何かで優先して確保したいというのがある。
そこで、血縁関係なども入れてしまって親密になってほしいという任務があったりするのだが‥‥‥それに選ばれたのがルナティアであった。
まぁ、別に悪い任務でもない。ディー本人が物凄く性格の悪い愚者とかそう言う者ではないのは分かっているし、以前の騒動時に行動を共にしていたこともありつつ、乗り気でもある。
助けてもらったこともあるし…‥‥同年代の異性の相手としては、非常に好感が持てる。
まぁ、しいて言うのであれば、彼の召喚獣が滅茶苦茶すぎるので、そのあたりでの自身のツッコミ力不足に胃を痛めそうになるというのはあったりもするが‥‥‥そこはもう、考えない方が良いだろう。
すべてが完璧な人はいない。ちょっとした欠点があるぐらいで良いのだ。
なので、結婚を考える相手としてもかなりの優良株であるし、文句もないのだが‥‥‥進展を問われても、どう答えるべきなのかいまいちわからない。
何しろ、ルナティアが留学してからも、彼は色々と騒動に巻き込まれているので、仲を深める機会がちょっと少ない。
外堀を埋めるのが良いという話があるので、彼の召喚獣たちとも仲を深めることなら出来たのだが‥‥‥ちょっとミイラ取りがミイラになるという言葉のような状態になっている気もするのだ。
「一応、一緒に買い物へ向かったり、楽しくしゃべることぐらいはできているのニャ」
はっきりとした進展とまではいかないが、関係自体は着実に構築できているだろう。
とはいえ、なかなか進まないような関係性に対して…‥‥ルナティアの母は目を細めた。
「なるほどなるほど‥‥‥まだ甘いわね、ルナちゃん」
「ニャ?」
「ええ、国の議会からの任務があるというのは理解しているのニャ。でも、貴女が良いのであれば、それで良いのだけれども…‥‥甘過ぎよ!!」
びしぃっと指をルナティアに突きつける母。
「良いかニャ?殿方の気持ちというのは、うつろ変わりやすい物…‥‥だからこそ、今ならまだ気のいい親友程度だろうけれども、留学が終わり、何事終えてしまったら、残るのはただの友情関係!!そこにはもはや恋の入り込む余地もない!!そのことが分かっているかニャ!?」
「ニャ、ニャァ?」
母の言葉に、ルナティアはちょっと後ずさってしまう。
「そう、しかも青春は短く、逃してしまえば二度と戻らない…‥‥その時にやりたいと思っても、今ではもうできなくなってしまう事も多い。だからこそ、ここぞという時には、貴女は身の中にある獣を解放し、ぐいぐいっと捕食する勢いが必要なのニャ!!」
「ほ、捕食…?」
母親の凄まじい勢いに、ビビるルナティア。
‥‥‥実は彼女の母も綺麗と言えば綺麗なのだが、年齢的にはちょっと行き遅れていた時期があった。
ゆえに、ルナティアのその報告を聞き、娘には自分と同じような苦労を背負わせたくないという想いが出てしまったのである。
なお、父の方は当時のぐいぐい襲われたことを思い出したのか、そっと退出して逃げていた。
そこから小1時間ほど、ルナティアはスイッチが入ってしまった母親に、相手をどう仕留めるべきかという講義をみっちりと受ける羽目になってしまうのであった…‥‥
行き遅れかけた人の講義が、利益になるのかどうかというのは、また別の話でもある。
「ぶえっくしょい!!なんか今、すっごい悪寒がしたなぁ‥‥‥」
「風邪でしょうカ?‥‥‥いえ、違うようですネ。ご主人様の身体状態は健康のようですので、誰かに噂でもされたのでしょウ」
雪かきをしつつ、思わずくしゃみが出たが、ノインにそう診断結果を下された。
「噂話で、くしゃみって出るものなのだろうか?」
「そう言う話は聞くでござるけれど、実際のところはどうなのか気になるでござるなぁ」
うんうんと皆で同意をしつつ、雪かき作業に俺たちは戻る。
‥‥‥先日の大公爵家子息入れ替わり事件から数日が経過し、既に王城の方では動きがあったようだ。
ダンジョンはコアの破壊と共に崩落したが、残されていた資料は何とか確保でき、現在は分析に回されているそうだ。
怪物たちの方は、元人間が多かったが‥‥‥どうにかして戻せないかという作業も行われたらしいが、時間を経たずして次々と絶命したようである。
ノインの分析だと、人間の怪物化というそもそも無茶苦茶な事をやらかしているので、体中の生命力だとか体力だとか激しく消耗した可能性があるので、寿命が元から短くなっていたと予想できるらしい。
まぁ、あくまでも予想であり、これまで出てきた怪物たちの長持ち具合から考えると、何か重要な工程とかを抜かれていて、蟲毒で生き延びたやつに施す可能性もあったようだが‥‥‥詳細は流石に分からない。
「そのあたりはどうでもいいか‥‥‥また来たらそれはそれで完膚なきまでに潰せればいいからな」
「出来れば後手に回りたくないのですけれどネ」
いつもいつも後手に回ってばかりだし、何処かで先回りをしていきたいのだが…‥‥まだ難しそうだ。
一応、相手の行動パターンなどもだいぶ集まって来たので、予測しようと思えばそろそろ可能になるそうだが…‥‥できれば早めにどうにかしてほしい所だ。
「あとは、第1王女が戻ればいいんだけどなぁ‥‥‥」
「薬品、ありませんでしたネ」
元々あそこに潜り込んだのも、解毒剤というか、解除剤になりそうな薬作成に利用できそうな子供化薬の捜索もあったが‥‥‥あいにくながら入手できなかった。
全部使われたのか、あるいは持っていたけれど没収されたか‥‥‥それは分からない。
ただ、使えそうなものがあることに、俺たちは気が付いた。
そう、彼女が最初に盛られた時に呑んだ飲み物である。
あれに混入されて幼女になったという事は、その飲み物の中に薬が存在しているという事。
飲料水と混ざっているだろうが、そこから何とか抽出できれば、どうにか元に戻せる薬が作れる可能性が見えてきたのだ。
なので現在は解析も進めており、あと数日もあれば効果を打ち消せる薬が完成する見通しらしい。‥‥‥基にするだけであって、他の材料が育つまで日数がかかるらしいというのもあるが…‥まぁ、完成して治せたらそれはそれで良いか。
とにもかくにも、当初の目的とはややズレたとはいえ、戻せる見通しはついたわけだし、ついでのように組織の施設を潰せたし、結果としては悪くはない。
ただ、犠牲になった大公爵家のデッドリーとかに関しては‥‥‥‥当主が号泣していたと聞く。
何しろ、更生したと思われていた息子が、実は中身が全くの別人になっており、当の本人が材料にされたのに気が付かなかったという訳で、ふがいなさと失くした嘆き、後は組織への怒りなどの感情がごちゃ混ぜになり、情緒が超不安定になったようだ。
そして、ある程度泣き止んだところで‥‥‥当主の目に、決意が宿ったようだ。
自身の息子を奪い、利用した組織を絶対に潰すという復讐を。
国王の弟ではあるが、自身の王籍を完全に外し、血を利用されないように念入りに誓約書なども書き、組織絶対潰すマンとしての旅に出るということを決めたようだ。
国には任せておけず、自分一人で歩む、復讐のための修羅の道。
相手がどこに潜み、どの様な手段を盗ってくるのかはわからないが‥‥‥仮面の組織フェイスマスクを徹底的に壊滅させるまで、二度と国に帰ってくる気もないらしい。
凄まじい決意に王族は止められず、彼を出国させたそうだが…‥‥‥大丈夫なのだろうか?
「まぁ、情報じゃと職業も『武闘家』らしいからのぅ‥‥‥徒手空拳で殴り込みに行くのが目に見えるのじゃ」
「そんなのでいのだろうか‥?」
「場合によっては、そっちの方が強い時もありますからネ。私達がとやかく言える問題でもないでしょウ」
「それもそうか」
何にしても、復讐の道はたやすいものでもないだろうし、俺たちにできるのは当主の無事を祈るぐらいであろう。
この先、また出くわす可能性もあるが‥‥‥その時はその時だ。というか、組織に出会いたくもない。
「ひとまずは、この冬期休暇中にまた事件が起きないように願っておくぐらいかなぁ‥‥‥」
休暇なのに休暇ではないような休みに嘆きつつ、俺たちは黙々と雪かきの作業に取り組んでいく。
ピークもそろそろ迎え、それさえ超えればあとは減っていくのみ。
実家でゆっくり過ごしたいので、平和であれば良いなぁと全員で願うのであった…‥‥
「‥‥‥しかし、ちょっと解せないこともありますネ」
「何かあるのか?」
「組織の技術力、やけに短期間で向上しているなと思ったのデス。以前、ご主人様が攫われた時から時間もちょっとは経ってますが…‥‥怪物化への時間が短縮され、完成度もちょっとは向上しているようですし‥‥‥なーんか引っかかるんですヨネ」
‥‥‥彼女のその言葉に、一抹の不安を抱え込みそうである。嫌な予感がするというか、当たってほしくないというか…‥‥
ノインの話すその話題に、ちょっと嫌な予感を覚えてしまう。
考えて見れば、俺の時は自我を食いつぶすレベルだったのに、あの怪物たちは残っているのもあったような‥‥‥?技術向上?
謎が多いが、考えたくもないなぁ‥‥‥
‥‥‥考えて見れば、結構向上してはいるんだよね。最初は意味不明な化け物⇒何とか形になってきた化け物⇒何かしらの能力持ち化け物⇒人型に近づいてきた化け物…‥‥って、普通開発とかって年単位かかるのに、結構短期間で進んでいるんだよなぁ。




