190 大人しくしていても幼稚な事もあるもので
‥‥‥寒さも深まり、雪がヴィステルダム王国のあちこちを覆ってきた頃、本来であれば当の前に王城の方にたどり着いているはずのとある馬車は今、立ち往生させられていた。
「ぐぅ‥‥‥無事に手に入れてきたとはいえ、ちょっと深く潜り過ぎていたか‥‥‥時間を見誤ったな」
「殿下、当分ここから動けなさそうですし、王城の方から迎えが来るまで近隣の宿屋で泊まる方が良いと思われます」
「そうするしかないのか」
王国の第3王子にして、先日までちょっととあるダンジョンに潜っていたエルディムは、従者たちのその言葉に従い、近隣にあった宿屋で宿泊することにした。
幸い、連絡手段は雪道であろうとも生きており、やり取りをして見れば到着まで3日ほどかかるらしい。
長期にわたって入国できないのであれば留学先の国に戻ることも検討していたが、この様子であれば問題ないようだ。
「まったく、無事に手に入れてきた代償が、この雪なのだろうか?」
そう言いながら、エルディムは自身の懐で大事に持っている小さな宝箱を持ってそうつぶやく。
‥‥‥その箱の中身は、ここへ来る前に挑戦したダンジョン『リリペディア』で手に入れた秘薬。
目的の者かどうかを確認するために、人体実験‥‥‥は流石に行わず、木々などで試して確認した彼にとっての夢のような薬である。
名称は決めてないが、とりあえず『超・若返りの薬』とでも言えば良いだろうが‥‥‥使い道を想像するだけで、エルディムはにやにやと笑みを浮かべたくなった。
それもそうだろう。この秘薬さえあれば、彼にとって夢のようなことが行えるのだから。
しかも、全てを不幸にするわけでもない、場合によっては投与された相手も喜ぶだろうし、色々な問題なども解決する可能性を秘めている、まさに夢の薬なのだから。
盗まれないように、大事に懐に持ちつつ、いつ、どこで使用しようかと計画して、想像して笑みを浮かべてしまう。
その楽しみな気持ちは、例えるのであれば遠足前に眠れなくなるような子供のようなものであり、雪道で立ち往生されて待つ羽目になっても、想像するだけで何十日、いや、何年も過ごせるようなほどであった。
「ああ、早く使いたいなぁ…‥‥これさえあれば、どんな老人であろうとも…‥‥くくくくくぐふふふ」
ちょっとばかり気持ち悪いような笑い声が漏れてしまうが、それも仕方が無い事だろう。
彼の性癖は、ちょっとばかりアレなのだから。
とにもかくにも、迎えの馬車が来るのを待つため、宿屋で一晩過ごした翌日‥‥‥‥悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあああああああああああああ!?」
「ど、どうなされましたか殿下!?」
「何か問題が!?」
第3王子の悲鳴を聞きつけ、護衛をしていた従者たちが室内へ嗅ぎつけると、彼は真っ青な顔になっていた。
そしてその先にあったのは、後生大事にしていた宝箱があったが…‥‥その中身が失せていたのだ。
「く、薬が盗まれたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
手に入れ、使用する時まで待ち遠しくて、手放さないよう注意深く持っていた薬。
だがしかし、それが盗難されてしまったのである。
「何でだぁぁぁぁぁ!!」
遠足前の眠れなくなるような子供の気持ちがあったとはいえ、流石に睡眠はとっていた。
それに宿の周囲には従者たちが護衛に当たっており、そう簡単に盗めるはずがないのだ。
けれども、それなのに薬だけが見事に奪われ…‥‥彼は思わず絶望の叫び声をあげてしまうのであった‥‥‥
「…‥‥雪も結構積もって来たけど、あんまり関係ないというか、割と早く終われるな」
「この程度ならば、問題ないですからネ」
太陽が昇り、昼食を食べ終えた頃。ディーたちは家の前で雪かきを終えていた。
ノインがアップデートとやらでパワーアップしたのか雪かきの処理能力がケタ違いに向上しており、そもそも雪女であるアナスタシアもついていたので、毎日やっていても苦労がほとんどないのだ。
そして今は、雪かきをして集めた雪を再利用しようということで、北の国々で多く作られるというかまくらを建設し、その中で暖を取っていた。
‥‥‥なお、かまくらづくりは一晩かけてやることもあるが、今回は1時間程度で済んでいたりする。
皆で雪を集めて山にして、ティアが水魔法で水をかけ、それをアナスタシアが瞬時に凍結させ、強度を上げた後に掘って作ったのだ。
というか、装備品の中にあるガントレット、ドリルに変形したからな…‥‥思いのほか使いやすかったけれど、崩し過ぎないように調整するのが大変だったなぁ。
ついでに、かまくらだけでも中は暖かいのだが…‥‥
「このコタツとかも、結構良いなぁ…‥‥」
「掘りごたつ形式ですが、それでも皆入れますネ」
さらに暖かいものを投入ということで、ノインが考案した掘りごたつとやらをやってみたのだが、これはものすごく居心地が良すぎる。
中の熱源はルビーが掘った穴の中で火を吐きつつ、他の皆も掘った穴のふちに体を落とし込んでちょっと無理やり入っているような感じもするが‥‥‥それでも、暖かい魔性の暖房器具と言えるだろう。
「これ、中々良いですわねぇ‥‥‥木の根とかも、じんわりと温められますわ」
「おおぅ、中々良いぜ。乾燥する分、ちょっと水が欲しいけどな」
「あー、生き返りそうな感じじゃなぁ…‥無理じゃけど」
「階段も付けたから、出るのは楽だが…‥‥これは良いな」
全員緩んだ表情を浮かべ、思い思いにコタツに入り込み、その魔性に浸かり込む。
「溶ける、でも、気持ちいいのは確か‥‥‥」
「アナスタシアが液体化しているんだが…‥‥濡れる前に、バケツ用意してくれ」
「了解デス」
一名、ちょっとコタツに利用している布団を濡らしかけたので直ぐにすくってもらったが、それでも暖かさが抜けることはない。
「ルビー、中で火を吐いているだけでいいのかー?」
「大丈夫でござるよ!もっと火をつけるでござるか?」
「んー、いや、そろそろ押さえておいてくれていいかな」
中のほうで熱源と化しているルビーに気を遣いつつ、コタツの机にもたれかかる。
ああ、真の緩い暖かさとは、ココにあったのか…‥‥楽園ともいえるなぁ。
ずずずっとノインが用意してくれたお茶を飲みつつ、俺はそう心の中で思う。
寒い日のはずなのだが、この場所は今、物凄く暖かくて楽園と化していたのであった…‥‥
‥‥‥なお、後日その様子から、村の人たちが同じようにやり始め、一時的に村全体の活動が停止したのは言うまでもない。
「あ、でも直ぐにその辺の奥さんとかにボコられて出てくる人が続出しているな…‥‥」
「作業せずにサボっていたら、そりゃそうなるじゃろうな」
「中にはドスコイと勢いよく破壊する人もいマス」
「おお、あの体当たりはちょっと挑みたくなるぜ!」
流石にそれはシャレにならないような‥‥‥あ、でも見た目的にはなんかティアの方が負けそうなのはどうなんだろうか?
雪の降る時期には、魔性のコタツが猛威を振るう。
そう、それは快適さを提供しつつ、人々の働く意欲を奪う者。
そして気力を充実させつつも、動く力を抜き取る、恐るべきものなのだ‥‥‥!!
‥‥‥ところで何やら、何処かで面倒ごとの気配がするような。巻き添えになりたくないなぁ。




