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閑話 観察して損はないと思う

「‥‥‥むぅ、やっぱり油断はできないかも」


 ディーの妹、セラはそうつぶやきながらも兄の周辺の召喚獣たちの動向を観察していた。



 適正学園から帰郷してきた兄であるディーの召喚獣たちとは久しぶりに再会したが…‥‥どう見ても、前の時から数が増えていた。


 というか、明かにより愛情があるというべきか、ここでも先日堂々と増えたというべきか、妹という立場としては色々思うところがないわけでもない。


 今は亡き父もそれはそれは色々なやらかしもしていたが…‥‥その父に負けず劣らずのやらかし具合だなと思えてしまうのである。


 まぁ、やらかしの方向性としては、あの父の場合は捕食されやすい(物理)ではあったが、兄の場合は捕食されそう(性的)である。


 いくら何でも、召喚獣に捕食される召喚士とは笑い話にもならないだろう…‥‥聞いた話では、絆が最悪過ぎた場合に召喚士が物理的に肉塊にされたとか言うこともあったらしい。



 とにもかくにも、妹としては大事な兄なのだが、その兄がどことも知れぬ女たち(召喚獣たち)に狙われていそうなのは気が気ではない。


 できるだけ太刀打ちできるように、前の出会いから密かに鍛錬を見よう見まねで行いつつ、村の女性たちの護身術のけいこなどにも混ざり、自身の力量をちょっとは上げたつもりではあったが…‥‥


「足りないかも」


 力も頭脳も、生憎まだまだ成長途上の身であり、完璧ではない。


 容姿に至っては、ほぼ確実に負けている事実も悲しく思いつつ、それなりに磨く努力はしているが‥‥‥どうにもならない、非情な現実という名の壁がそびえたっているのに変わりはない。


 というかそもそもの疑問なのだが…‥‥彼女達は、兄に対してどのように思っているのか?


 その感情によっては色々と脅威度がありそうだと思い、それぞれに話を聞いてみることにした。





「‥‥‥ん?主殿に対して、どう思っているってことでござるか?」

「うん、お兄ちゃんの召喚獣さんたちって、皆従っているけれど、普段どう思って仕えているのかなって思ったの」


 まずはちょうど暖炉の方で、火を調整しているルビーに近づき、問いかけてみる。


「主殿に対してでござるか…‥‥まぁ、色々とでござるな。拙者、口下手なところもあるでござるが、大事な主とは思っているでござる」

「大事ってどういうところから?」

「そうでござるな…‥‥そもそも、拙者の召喚理由時にあるかもしれぬでござる」


 もともとルビーを召喚した時には、どうやらドラゴンを召喚するようなものを使っていたらしいが、一応ドラゴンの仲間でもある彼女が呼ばれた。


 どうも想像していたようなドラゴンとは違ったそうで、最初こそは嘆かれもしたようだが‥‥‥


「でも、速攻でそこは気にされなくなったでござるな」


 共に過ごすうちにこだわりもなく、普通に接するようになっていた。


 というか、苦労を分かち合う羽目になった。


「苦労?」

「ノインとカトレアがいるでござろう?今でこそ、人数が増えた分収めやすいのでござるが…‥‥喧嘩を良くしていたでござるし、それを止めるのに主殿と必死に協力したりしたでござるよ」


 あははっと遠い目をしながらそう答えるルビー。


 まだここまで数がいなかった頃は、二人の喧嘩はそれぞれが実力があり過ぎる分、相当苦労したが‥‥その協力で色々信頼関係が築き上げられたそうだ。


「数が増え、収めやすくなったとはいえ‥‥‥それでも、共に過ごすことには変わりないでござるし、仕える身でもあるでござるし、大事な主という言葉が一番でござろう。失いたくないでござるしな‥‥‥」


 そう言う彼女に、ちょっと影が差したような気がした。


 聞けば、ディーが数回ほど失われかけた例があったそうで、その例を思い出したらしい。


「失われると、本当に喪失感が凄まじいでござるからなぁ‥‥‥召喚獣として仕える身ゆえか、それとも失いたくない想いゆえか…‥‥だからこそ、失わぬように、強く繋がっていたいとも思えるでござる」

「なるほど‥」


 ディーを想いながらの言葉は、本当に大事に思っているらしい。


 とはいえ、まだ主従関係的なところが強く、飛びぬけていないような気がするが…‥‥それでも、ディーを見ている時の顔は油断できないものがある。


「まぁ、拙者はまだ繁殖時期にはないでござるが、その時が来たらちょっと籠るでござるよ」

「ん?どういうこと?」

「いやぁ、拙者のようなヴイーヴルは、繁殖時期だと相当盛るというか、襲うというか‥‥‥元々雌しかいない種族故に、本気でタガが外れるらしいことを学んでいるのでござる。本能的にも分かっているでござるし、主殿が良ければいいのでござるが、強制的になりそうなときは籠って逃れるつもりでござる」


‥‥‥訂正。油断できないどころか、最初から爆弾を引き当てた可能性が大きい。


 



 取りあえず、まだその時期はないそうなので、次の召喚獣にセラは話を聞くことにした。


「あたしか?我が君は良いとは思うが…‥‥まぁ、他の面子に比べて新参者だからなぁ」


 ナイフと鎖鎌を研いだり磨いたりと手入れをしていたティアに近寄り、問いかける。


「何しろ、元々の出会いが巨大なハイガドロンだったからな。あの姿の方が気楽でもあったというのは分かるぜ」

「見たけど、あのままの姿の方が良かったなぁって思っていたりするの」

「それは自分も同じだ。召喚され、手足を得られたのは中々良いとは思うけどな」


 そう言いながら、ティアは軽くナイフを振ったり、鎖鎌を振り回す。


「とはいえ、救われた、という身でもあるからな。その恩も返さないといけないとも思っているぜ」


 もともとティアの場合、場合によってはその場で絶命していた。


 でも、情報を聞き出す目的があったとはいえ、治療された後に共に居る道を選ぶことができたのは非常にありがたい事だと分かっているのだ。


「救う判断、情報を得ても殺さずに活かし、仕えさせてくれる機会を作ってくれた我が君には、それはそれは非常に大きな恩があるぜ。だからこそ、それも返しつつ、役に立ちたいと思っているんだ」


 ジャグリングをし、ナイフの調子を確かめつつ、ティアはそう語る。


「まぁ、場合によっては身を許してもいいけどな!」

「!?」


‥‥‥どうやら今のディーの現状を見る限り、中心となっているのは間違いないと見ているらしい。


 だからこそ、その主に対して見も何もかも捧げて仕えても問題ないようだし、共に過ごすのであればより仲を深めても良いと思っているようだ。


「お、お兄ちゃんに良からぬことをしないで!!」

「大丈夫だぜ?我が君の許しがなきゃやらないし、無理やり襲うような真似はしないぜ。というか、それをやったらこの間のノインのように‥‥‥」

「ん?」

「おっと、やべっ」


 何か今、口を滑らせたような気がするが…‥‥何を見たというのか。


 今の情報から、そう直ぐには喰われるようなことはないようだが‥ひとまず保留して、次の召喚獣に問いかけに向かうのであった。





「で、お兄ちゃんにどう思っているのか聞きたいの」

「ふむ、わっちがダーリンに対してでありんすか?」


 次に来たのは、部屋の方で冬眠中のリザのところである。


 冬眠中とはいえ、食事や風呂の時は起きてくるので、半冬眠と言ってよく、こうやって問いかける時も起きてくれるようだが‥‥


「まぁ、わっちもティアに似ているところがあるでありんすね。恩義で動くこともあるでありんすが‥」


 んーっと考え込むように、腕を組むリザ。


 見た目が見た目だけに、ちょっと艶めかしいような感じが、同性なのに感じさせられる。


「‥‥‥そうでありんすな‥‥‥執着していると言って良いでありんすかね?」

「執着?」

「元々は、助けられた恩もあったのでありんすが…‥‥何時からでありんすかねぇ、ダーリンに執着心を覚え始めたのは」


 最初はほんの、恩返しのつもりだった。


 出してもらい、助けてもらい、できるだけ返しまくろうと思っていたのだが…‥‥何時からだろうか、彼が本気で欲しいと思い始めたのは。


「…‥‥ダーリンの妹よ、わっち的に、あのダーリンはちょっと恐ろしいところがあるでありんす」

「というと」

「普段、何気なく接していても、いつの間にか欲しくなるような‥‥‥独占欲を生み出す相手でありんす。数が増え、それでも皆対等にかつ、きちんと相手をしてくれるその心。わっちらがいくら人に近い容姿を持っていても、所詮モンスターであり、心のどこかで怪物扱いしている人も多いのは、目を見るとよく分かるものでありんす。でも‥‥‥ダーリンはそういう目を持っていないのでありんすよ」


 いくら人に近い容姿、美貌を持っていたとしても、モンスターなのには変わりないだろう。


 一時的な色欲などに身を流されるような相手がいたりしても、怪物だとか、その外見上の部分でしか見る人が多い。


 でも、ディーは違う。当初のノインから始まった苦労の山があるせいか、それとも全員と分け隔てなく接するせいか、彼女達をきちんと見ているのだ。


「まぁ、中身の方を見ているからこそ、わっちらの本質も見ているのでありんすなぁ…‥‥とは言え、ちょっと面白い事もあるのでありんす」


 にやりと、怪しげな笑みを浮かべるリザ。


「容姿を区別しないとはいえ、ダーリンも男の子でありんすからなぁ…‥‥裸を見せたりすると思いっきり赤くなって背けたりするのは面白いのでありんすよ」

「は、裸!?」


 その発言に、セラは驚く。


 いや、でも流石に着替えの時とかぐらいに間違って出くわしたとか‥‥‥


「風呂に一緒に入った時は、できるだけ見ないようにしていたでありんすけどねぇ、あのまま普通に襲ってきても良かったのでありんすのに、よくもまぁ、耐えるほどの鋼の精神を持っていたでありんすなぁ」

「いやいやいや、ちょっと待って!?お兄ちゃんに何をしでかしていたの!?」

「何をと言われても、今行った通りでありんすよ。色々な事情もあったでありんすが、わっちら全員でダーリンと風呂に結構入っていたのでありんすよねぇ」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 思いもよらない爆弾発言に、思わず叫ぶセラ。


 間違ってどころか、思いっきり真正面から入っていたらしい。



‥‥‥詳しく事情を聴くと、どうやら兄が負傷し‥‥‥というか、手紙でも説明してくれていた体の変貌時に、どうやら動かない時期があったそうな。


 そのあたりがやけにぼやかされていたところがあったとは思ったのだが…‥‥どうもその部分でディーが動けない時期があったそうで、風呂のサポートとかを彼女達はしていたらしいのだ。


「な、な、な…‥‥」

「お、ダーリンの妹も中々面白い反応でありんすな。ツッコミ力だけで言えば、流石にダーリン以上とは言え許容範囲を超えたでありんすかね?」


 ぺちぺちと、その長い蛇の尻尾の先で軽く触られるも、直ぐには動けなかった。


 まさかの裸の付き合いの方に、驚愕しすぎたのである。


「え、ええ、えっと‥‥‥それって、お兄ちゃんと全員で?」

「そうでありんすよ。ああ、水着とかも無しでありんすけど‥‥‥常人だったら、理性爆発でありんすね」


 だがしかし、耐えきられてしまったところにちょっと残念であったとリザは語った。


「まぁ、元々ダーリンの精神はちょっと弱い部分もありそうであったでありんすからなぁ‥‥あれは鍛える目的でありつつ、全員性的な捕食も可であったでありんすよ。互いに同意の上であれば、合法的にできるでありんすからね」


 ふふふっと笑っているようだが、その笑みに獣のような物をセラは感じ取った。


‥‥‥なんというか、それぞれ忠誠心とか恩義だとか、色々な物を感じて仕えてはいるのだろう。


 でも、一皮を向けば魔性の女というべきか、モンスターなのである意味合っているというべきか…‥‥実は相当、不味いレベルで狙われているのではないかとセラは悟った。


 大人しいように見えて、全員狙う気満々。


 皆の話をまだ聞ききってないが、リザのその発言からして全員の合意はあるようで、下手すれば流されていた可能性もあった危機が存在していたのだ。


「結果的には鍛えられたでありんすけどね。体まで捧げるには至らなかったのは残念であったというか、まだダーリンは未熟であったというべきか…‥‥でも、でも、でもぉ、全員そこはあきらめていないでありんすよ」


 いつのまにか、シュルシュルと蛇の部分で周囲を囲んでいるリザが、ニヤリと笑みを浮かべてセラに近づく。


「…‥‥まぁ、ここまでは深く、不気味にわざと見せた感じでありんすけどね」


 ぱっと直ぐに離れ、何事もなかったようにそう取り繕ったが…‥‥内心、穏やかではなかった。


 その時はまだ、ディーが耐えられたからよかったのだろう。


 けれどもこの先、まだまだ彼女達はアプローチをする気満々らしい。


「ダーリンの妹よ、一応安心しておくでありんす。わっちらはダーリンに対して深い愛情を持っているでありんすけれども、むやみやたらに主に対して襲うことはない。でも‥‥‥求められたら、その時は全員、捧げる覚悟はあるでありんすよ‥‥‥」


ふふふっと笑うように、彼女はそう告げ、布団の中に入っていく。


 どうやら眠くなってきたようで、そこで話は終わった。










「…‥‥お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!」

「っと、そんなに慌ててどうした、セラ?」

 

 召喚獣全員に聞いて回るつもりではあったが、今のリザとの会話で不安を感じ、セラは全速力で兄の下へ駆け寄った。


「お兄ちゃん、絶対に今後、気を抜いてはいけないの!!抜いて流されたら、食べられるよ!!」

「はぁ?何にだ?」

「色々とあるけれど、お兄ちゃんのしょ、」


‥‥‥最後まで言おうとしたが、ふと寒気を感じ、セラは黙った。


 首をかしげる兄の背後の方には、他の召喚獣たちがそれぞれ作業していたが、彼女達がこちらに目を向けてきたのだ。


 そしてそれぞれ、どうしたのかという目を向けていただけであったが…‥‥先ほどのリザの話を聞いて、何となく口に出せなくなった。


「しょ、食事だよ!!大好物が出たら取られちゃうよ!!」

「どういうことだよ?…‥‥いや、全員好物は違うからそれはないけど」


 取りあえずは一旦ごまかすも、兄の貞操が気が気ではない。


 聞いてよかったのか、それともあれは冗談が混じっていたのか分からないが‥‥‥‥少なくとも、話を聞いた限りでは、全員仕える気持ちもあるが、その度合いがどこかで一線を越えようとしているが分かってしまう。






‥‥‥そしてセラは決意した。


 兄を全員思っているのは良いのだが、その想いの度合いが過ぎると貞操の危機があるので、それを絶対に守ろうと。


 大事な兄が、肉欲の海に沈むことがないように、できるだけ防止するために動こうと。


 あと、できれば兄には彼女を作ってもらった方が、彼女達の暴走を抑えられそうな気がするし‥‥‥そっち方面での後押しは絶対にしようと心に決める。


「お兄ちゃんの貞操は守るの!!」


 ぐっとこぶしを握り締め、そう決意するセラ。


 妹という立場上、禁断の愛は出来ないが、兄のために動くことはできる。


 そう思い、できる限りのことはするように、何ができるのかをまずは徹底して確認することにしたのであった…‥‥



「…‥‥ふふふ、ダーリンの妹は面白いでありんすなぁ。流石でありんす」

「何か慌ただしく動いてましたが、不安になるように煽ったのですカ?」

「いやいや、単純にダーリンを想って、まずは妹を動かそうと思ったのでありんすよ。個人的には正妻よりも愛人でも良いと思っているでありんすからねぇ‥‥‥‥ダーリンの幸せを考えるなら、まずは身内から動いてもらおうかなっと‥‥‥ん?」

「ご主人様の、妹様に心的負担は見過ごせまセン」

「いや、ちょっと待つでありんす。これはわっちの、ちょっとした、そう、いたずら心的なもので…‥‥」


‥‥‥その日、リザの冬眠はさらに深められたのであった。




ちょっとしたいたずらのつもりだった。反応が面白かったと後で彼女は語る。

とは言え、煽り過ぎたような気もしなくはない。

・・・・・ま、自業自得か。



反応が面白くて、ちょっとやり過ぎてしまったのかもしれない。

この兄にしてこの妹ありというべきか似ているとこがある。

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