閑話 精神修行のその中で
ヴィステルダム王国の王城内の議会室では、届けられていたその報告の山を見て、情報量の多さに集まっていた者たちは頭が痛くなっていた。
「‥‥‥未知の採掘技術というか、こちらの裏をかかれたというべきか」
「学園の方に仕掛けが施されていたとは‥‥‥いや、前日には確か、地下のチェック済みだったはずだ」
「そこを抜けてトラップか…‥‥フェイスマスクに情報が漏洩した可能性も否定できんな…‥‥」
「もし、情報の横流しが確認できた場合は、その人物は地獄よりも恐ろしい目に合わせマス」
「儂の魔法で、魂をずぼっとぬけば、後は死ぬこともできぬ拷問地獄ができるからのぅ」
「「「「ううっつ‥‥‥」」」」
本来、この議会室の場には、国王及びその他王族、議会参加権のある臣下たちぐらいしか入ることはできない。
だがしかし、今回は特例として入って来たノインとゼネの言葉に対して、全員恐怖で震えてしまう。
それもそうだろう。彼女達の主が、今回下手をすれば命の危機を迎えていたのだから。
それも、既に検査済みであった場所から起きた事件であり、国の落ち度と言えるような物でもあったのだ。
‥‥‥しいて言わせてもらうのであれば、彼女たち自身の油断も落ち度にはなるだろう。
けれども、それをツッコミできないほど、この二人から溢れ出す静かな怒気は身をすくめさせるのだ。
「あー、やっぱりディー君の召喚獣だけあって、滅茶苦茶怖いね…‥‥見た目が綺麗な分、本当に恐ろしいよ」
「父上、ここは責任をもって生贄に‥‥‥」
「ならないからな!?」
王子二人に流されないように、国王はツッコミを入れるのであった。
とにもかくにも、少々恐怖が場を支配しているとはいえ、今回手に入れた情報は非常に大きいものだろう。
何しろ、今まで後手に回ってばかりではあったが、発見された研究所からは山のような資料を確保することができ、調査し損ねていたことなどが次々と明るみに出たのだから。
「…‥‥欲望は人を変えるというが、それを組織は利用しているようだな」
「資金源を得るために、まずは便利な道具や化け物を売りつけ、さらに向上させる名目で資金を流してもらい、互に関係を築き上げているが‥‥‥」
「これを見る限り、最終的には使い捨てにするとしか思えん。この程度の契約内容を理解できない輩もいるという事か‥‥‥」
強制怪物開発部第12研究所という事もあり、その他にもフェイスマスクの研究所や部門ごとの施設がある事が確認できる。
資料によればその多くが地下や山の中に埋められているそうで、普通に探せば見つけられないような深い場所にも存在しているようだ。
「しかし‥‥‥ここまでの深さの採掘技術は、他国でもないはずだ」
「ええ、そのようデス。ですがこの組織は何らかの採掘技術を有し、こちら側からは発見が不可能な域で作業を行っていることが判明いたしまシタ」
第12研究所とやらがあったのは、地上から地下50キロの地点。
それだけ地面の厚さがあったという発見も驚きだが、その域に施設をつくるとなると、地中内の圧力や熱、施設内の空気の循環方法などに多くの問題を抱え込むはず。
それなのに、調べて見ればその問題をすべて解決しており、技術力だけを見れば非常に高いことがうかがえた。
「また、移動手段ですが魔道具が多めで、足が付きにくいものばかり。それに、組織製の怪物による輸送手段など、規模としては大規模な可能性も存在していマス」
「むしろ、それだけの規模の組織があるならば、なぜ今まで表面化しなかったのが不思議なのだが‥‥‥」
室内の一人の言葉に、その他の者たちもうんうんと頷く。
技術力などを含めた総合的な力だけを見れば、下手をすると一国を凌駕するほどの組織。
だがしかし、これまでの怪物騒動なども数えるほどしかなく、それだけのものであればより大きな動きがあっていいはずなのだが、今までにないのが不思議なのだ。
「恐らくですが、こちらの資料から確認できることにあるカト」
っと、その質問に対して、ノインがすっととある資料を複製した者ものを全員に手渡す。
そこにかかれていたのは…‥‥
「『完全創造計画』…?なんだ、このいかにも怪しげすぎるものは」
「研究所の主任の部屋にあり、本人を拷問して隠されていたものを見つけ出した際に、ついでのように会ったものデス。ただ、表紙は普通に読めるのですが‥‥‥」
中身を写したものを見れば、そこに書かれている文字は意味が分からない。
そもそも文字なのかというよな奇妙奇天烈な模様が多いようにも感じられ、全然読めないのだ。
「どうやら組織内の暗号表のようで、解読ができまセン」
「魂を引っこ抜いて読ませたのじゃが‥‥‥どうもこれ、厄介な類のようでな‥‥‥」
普通の暗号文であれば、法則を読み解いて解読したり、今のゼネの言葉のように無理やり読ませて中身を解読させるというのもできるだろう。
だがしかし、フェイスマスクの暗号文は暗示というべきか、それとも人が入ることが許されないような領域にあるのか、解読もできないうえに、読ませても撥音がおかしなものとなり、わかるものしか理解できないような仕掛けが施されているようなのだ。
「分かっているなら、そこから文字にしても同じようなものとなり、内容を発してもらおうにも言語が不明。中身が鍵という可能性があるのに、その鍵を現状はつかめないのデス」
「ううむ‥‥‥これまた厄介な仕掛けか。‥‥‥何をしたいのかが見えそうなのに、それが見えないとはもどかしいな」
「その代わりに、その他の資料では取引をしていた貴族たちが書かれてましたので、まずはそちらから潰していくことをお勧めいたしマス」
最大の目的が分からないのであれば、末端から叩き潰していけばいいだろう。
トカゲのしっぽ切りのように切り捨てられていくだろうが、それでも徐々に駆逐していき、囲んでいけば解読する資料などを得られるかもしれないのだ。
「なるほど‥‥‥まずは資料にあった場所や取引相手から潰していくの先決か。中身の解読は可能になれば進めるとしよう」
幸いというべきか、今回の研究所を取り押さえたことで、かなり大損害を組織に与えることはできるはずである。
また、こちらが到達しえない領域にまた同様の施設が建造される可能性もあるのだが、こちら側も押収で来た魔道具などで対抗することができるのだ。
「あと、もちろんのことですが…‥‥ご主人様を危機にさらした組織は潰したいので、定期的な連絡をください」
「ああ、御前様には内密でお願いしたいのぅ。儂らだけで、徹底的に潰したいからじゃ」
「う、うむ。善処しよう」
迫力あるというか、美女が怒ると恐ろしすぎるというべきか…‥‥冷や汗を全員びっしょりとかきまくる。
「では、今回は資料の補足説明などで来ただけですので、退出させていただきマス」
「そろそろ湯治の時間じゃしな‥‥‥抜きでやらせる前に、さっさと帰宅するのじゃ」
そう言って、ノインとゼネの二人が退出した後に、その場にいた者たちはほっと安堵の息を吐くのであった。
「うおぉぉ‥‥‥い、生きた心地がしなかった‥‥‥」
「情報だと、ゴーレムとアンデッドだが…‥‥素性を見ると、万能すぎるメイドに、神聖国の元聖女‥‥‥どちらも会議の場では主導権を握れてしまうようだ」
「まぁ、あそこまで怒るのも無理はないというか…‥‥召喚主を危険にさらした部分で、国にも自分にも、許せない部分があるのだろうな‥‥‥半ば八つ当たりをされていた気しかしないが」
各自ごりごりに固まった体をほぐしつつ、緊張から解放されたその喜びに、生きている実感を得る。
「しかし困ったな…‥‥学園自体の調査は既に終わっていたはずなのに、そのすぐ後に仕掛けられるとは‥‥‥やはりどこかで情報が洩れているのだろうか?」
「組織の調査報告自体は、各部門で行っているはずですが‥‥‥絞り込むのは難しい所でしょう。情報では、仮面の組織の仮面そのものにも認識を阻害するような仕掛けもあり、どこで情報漏洩が起きたの分からない可能性もあると思われます」
「見つかったら厳重に処罰しなければいけないが…‥‥この情報があのメイドと元聖女、いや、彼の召喚獣たちに洩れると、命もなくしそうですね」
その王子の言葉に、全員同意して頷く。
ちょっとばかり、たかが一人の持つ召喚獣が参席する程度ならばどうでもいいと思っていた者たちもいたのだが、今回の事で認識を改めさせられたのだ。
あれは簡単に手出しをして良い存在もでもなく、怒りを買うような真似はしてはならないと。
「‥‥‥本当に、ディー君は何てものを召喚してくれるんだろうねぇ。今の時点でさえ、とんでもない召喚獣が多いし…‥‥国を下手すれば乗っ取れるよ」
「いや、ここに参席された時点で乗っ取られているような気がしなくもないが…‥‥それでも彼に野心が特にないのが幸いしているか」
本気を出されれば、彼の召喚獣だけで制圧されるのが眼に見えてしまう。
けれども、彼女達をある程度制御できているからこその均衡があり、召喚主の彼自身にも国を得ようとする野心がないのは奇跡とも言えるだろう。
‥‥‥まぁ、野心がないというよりも、非常に面倒そうだと思われている可能性の方が大きいが。
とにもかくにも、胃痛が悪化してきた気がするのだが、それでも国のために、そして組織の脅威から国民たちを守るために、今後さらに得た情報を活用しつつ、やらかして国を滅ぼされるようなことがないようにしようと、全員の心が一つになるのであった…‥‥‥
「ところで、湯治とか聞こえてきたけど、ディー君と入るんだっけか。確か今、彼は体が思うように動かせないからなぁ」
「美女と入浴できるのは、かなり羨ましい事だとは思うのだが?」
「いや、そうでもないだろうな。他者から見れば羨ましいかもしれないが…‥‥理性との戦いというべきか、男としての尊厳で苦しむだろう。親しい女性と入るとしても、気恥しいのは変わらないだろうしな」
「しかも、召喚獣とは言え皆美女だからなぁ。…‥‥復帰した時に、彼が廃人になっていないことを祈るよ」
「いやいや殿下、流石にそうなる可能性は‥‥‥‥」
王子の言葉に、気分を変えようと笑いながら言葉を否定しようとした者がいた。
けれども、先ほどまでの緊迫しまくった状況を思い出し、その者以外の者たちも笑い話ではなく、本気で精神的にヤられるような気がして、この場にいないディーに対して思わず同情するのであった…‥‥
「さぁ、ご主人様、湯治の時間デス」
「いや、流石に何とか一人で‥‥‥」
「だめじゃな。装備の強制移動手段でやろうとしても、衣服を着ては入るのと変わらんのじゃ」
「なので、きちんと皆で運びますわ」
「じゃあせめて水着とかしろよ!!」
「んー、こういう機会、中々無い」
「主殿との湯船も良いものでござろうし、大人しく裸の付き合いをするのでござる」
「ふふふ、抜け駆け無しの全員一緒でありんす」
「グゲェ」
「ふむ、仕える者との湯船も、良いものだなぁ」
「誰か助けてえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
‥‥‥精神もとい理性とは、大根おろしのようにゴリゴリと削れるものなのだろうか。
メンタルを削る例えとしては、大根おろしかもみじおろし、どっちの方が合うのだろうか。
そう考えながらもどうにか逃げたいディーであったが、力では悲しいことにかなわない。
リハビリ中の身ゆえに自由も聞かず、目を閉じるか目隠しをすればいいと思えば、解体時の治療の一環で目薬をするために開けられたり…‥‥様々な対抗手段は潰されているようであった。
…‥‥はた目から見れば羨ましい光景。けれども本人からすれば、理性との戦いと精神修行‥‥‥




