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138 うっかりというものは怖いものでもある

「…‥‥こっちか」

「何を考えているのかは知らないが、自ら人の目に付かない所へ入ったのは助かるな」


 こそこそと何かを追うように動くのは、4人ほどの集団。


 仮面をつけているわけでもなく、人込みに紛れてもおかしくない普段着でありつつも、その一糸乱れぬ動きはただものではない。


「近道のつもりでどこかに向かったのだろう。だが、足跡ですぐに場所が分かるし」

「何とか先回りは‥‥‥いや、無理か。相手の方が土地勘があるだろう」

「だが、物陰に隠れて襲えるのであれば問題ない」


 そうつぶやきつつ、ささっと目的の者へ向かって、駆け抜ける一団。


 彼らはとある目的があって、目的の人物に対してある事を行おうとしていたのだが‥‥‥先に進むと、ふとおかしなことに気が付き始めた。



「‥‥なぁ、まだ昼間だったはずだよな?」

「何で、先に進むにつれて薄暗くなってきているんだ?」


 狭く、さほど日の光が入り込まない路地裏とはいえ、何故かだんだん周囲が薄暗くなってくる。


 いや、空を見れば…‥‥


「なんだ?時間が異常に早くなったわけでもあるまい」

「なのに、なぜ夕暮時の色になっているんだ?」



 まだ昼間だというのに、青い空が広がっているはずが、上を見ると何故か夕暮時の空。


 何事かと思い、足を止めて振り返ってみると、さらに驚くべき光景がそこにあった。


「なっ!?」

「どこだここは!?」


 路地裏であるはずが、振り向けば何もない草原。


 そして周囲を改めて見渡してみれば、どういう訳か夕暮時の大草原へ彼らは入り込んでいたのである。


「ありえんだろ!?」

「路地裏からどうやってここに入った!?」


 景色の急激な変化と、ありえない光景に慌てふためく一団。


「お、落ち着け!もしかするとこれは幻術なのかもしれん!!要は幻だ!」

「ま、幻だと!?」

「にしては本物のようにしか思えませんが!?」


 その可能性に気が付き、一旦冷静さを取り戻したように見えたが、直ぐにその感触などに触れ、再びパニックに陥り始める。


 どうしたものかと動くも、どうしようもない。


「とりあえず、これが幻の可能性の方が高いだろう。ならば、一気に取り払えるような、強い衝撃を与えれば揺らぐかもしれん!!」

「だが、そんな衝撃を与えるものは‥‥‥」

「いや、あるにはあるな。ほら、我々の目的の内、不利益であると判断した場合に投げつければ良いとされていたものがあるだろ!」


 そう言って一団の一人が手荷物から取り出したのは、一つの導火線が付いた球体。


「予備だったが‥‥‥ここで使っても問題はあるまい!」

「それもそうだな。何かにまかれる前に、さっさとこの幻から抜けた方が良いだろう」


「ところでですが、それって何じゃったかのぅ?」

「忘れたのか?聖女とやらがそぐわなかった場合に使う、爆殺用ヘ…‥‥ん?」


 ふと、後方から聞こえた言葉に思わずそう答えたが、何やらおかしなことに気が付いた。


 恐る恐る、振り返ってみればそこには人影があり…‥‥



「ほぅ、聖女とやらか。儂はもう違うのじゃが‥‥‥お主らの行動を見る限りでは、この儂に対して何かをしでかそうとしておったようじゃなぁ」

「「「「‥‥‥」」」」


 その姿を目撃し、目を大きく見開き、数秒ほど彼らは硬直する。


 そしてそっと懐からとある姿絵が描かれた紙を取り出し、その人物と見比べ…‥‥事態を理解した。




 だが、事態を飲み込み、自分達の口走ったことに対して弁明を直ぐに述べようとしたところで、それは聞かれることが無かった。


 何故ならば、注目しすぎたせいで、背後から近づく気配に全く気付くことなく、声を発しようとした瞬間、衝撃が彼らの頭や首を襲ったからだ。


ごっす!

どごっ!

べごぅ!!

がきーんべぎぃ!!

「「「「ぎゃあああああああああああああ!?」」」」」


「‥…なんか一つ、音がおかしくなかったかのぅ?」

「金属を仕込んでいた者がいたようですが、一旦防御しても砕けたようデス」

「グゲェ」


 なにやら会話する声が聞こえたが、彼らの意識は闇へと沈み込むのであった‥‥‥‥









「‥‥‥さてと、何者じゃよこいつら」


 ふわっとゼネが持っていた杖を軽く振ると、周囲の夕暮の草原が消えうせ、元の路地裏の光景へ戻る。


「何やら、貴女の方を狙っていたようですが‥‥‥なるほど、なかなか物騒な道具を持ってますネ」


 倒れ伏した者たちを見てゼネがそうつぶやき、ノインは彼らが持っていた物を回収する。


「ふむ、火薬は確かに仕込まれてますが…‥‥質悪いし、保存状態は最悪で、失敗時の見掛け倒しに頼る脅しにしか使えないでしょウ。ある意味、捨て駒にされた者たちとも言えますネ」


 回収した爆弾を手にとり、分析してそう口にするノイン。


「グゲェグゲェ」

「ええ、新しいその特技、今回役に立ちましたネ。都合のいい硬さで殴るにしても、ちょうどいいモノの調達は面倒ですからネ」

「グゲェ!」

「いや、宝石で殴るのもどうかと思うのじゃが。しかもリリス、お主の場合至近距離で一名急所に投擲したじゃろ」


 えっへんと胸を張るリリスに対して、そうツッコミを入れるゼネ。


 リリスの手には、先ほどまで持っていなかったはずの大きい宝石が輝いていた。



「ルナティアさんに習った狙撃のコツも活かしつつ、遠距離攻撃手段としては確かに使えますし、最適な回答とも言えるでしょウ」

「贅沢な攻撃方法とも言えるのじゃが‥‥‥まぁ、お主が作れるのなら問題ないか?しかも、質量を保持できる限界が30秒で、幻となって消えるのであれば別に良いか」



…‥‥そう、彼女達が手にしている宝石は、リリスが生み出したもの。


 けれどもそれは本物でもあり、幻でもある物体。


 元々、リリスはハニートラップボックスというモンスターであり、その箱入り娘に見える女体は、本来幻なはず。


 けれども、ディーの召喚の影響なのか、元々のミミックから突然変異や進化を起こしたのか、何故かその幻部分にきちんとした質量があり、人の体と大差がない。


 ゆえに、幻であるはずが本物として存在できるという稀有な特性を有していたのだ。



 そして今回、その特性を彼女は応用しつつ、他の面子ができる遠距離攻撃手段に対して、自分も可能なようにしようと試行錯誤を積み重ねた結果、幻の宝石を生み出し、自身同様に一時的に本物にして、投擲するという手法を生み出したのである。


 とはいえ、元が幻なのを本物にするにはちょっと無理があったのか、本物にしたところで30秒しか持たないという欠点があったのである。


 今後の鍛錬次第では、より維持できる可能性もあるが、まだ先になりそうである。


「グゲェ!」

「ひとつずつ投げる方法もあれば、大量のを吐き出す方法…‥‥活かし方は多様じゃなぁ」

「場合によっては、他の方々と組み合わせて、より凶悪化もできますネ」


 たかが宝石、されども宝石。硬度が不十分な場合もあるが、それでも使いようによってはえげつない攻撃手段へ転じさせることもできるだろう。


 可能性を考えるのであれば、まだまだ改善の余地も多く、考えるとちょっと恐怖もある。


「まぁ、それは置いておきまして…‥‥先に、この方々をどうにかしたほうが良さそうですネ」

「ふむ‥‥‥こやつらが確認のために出したこれ…‥‥儂の容姿が描かれているのじゃが、儂狙いだとしても何が目的なんじゃ?」


 元聖女であり、現在はディーの召喚獣としてのナイトメア・ワイトであるゼネ。


 彼女のその生まれ育ちなども考えれば色々な相手が想定できたりもするのだが、いかんせん情報を引き出す前に危険物を取り出されたようだったので、うっかり気絶させてしまったがもうちょっと喋らせればよかったかと彼女達は思った。


 後悔後先に立たず…‥‥とは言え、危険物の扱いによっては大惨事が引き起こされた可能性もあったので、早めに潰したのは悪手でもない。約一名、物理的に潰れたが、こちらも問題ない。多分。



「ひとまずは、衛兵たちにでも引き渡しましょウ。ゼネ目当てだったようですが、脅すなどの言葉も聞きましたし、どう考えても良からぬ類デス」

「それもそうじゃよなぁ。しかし、運ぶのが面倒じゃし‥‥‥ここはこれかのぅ」


 ほいっと言って、杖を振って魔法を使うゼネ。


 すると、倒れ伏していた者たちが気絶したままでありながらも、立ち上がった。


「『簡易傀儡』の魔法じゃが‥‥‥死人に扱うものだし、生者には効果が余り無いのぅ。簡易的な命令しかできぬが、ここは軽く衛兵たちの詰め所まで自力で歩いてもらうのじゃ」

「結構便利ですね、その魔法」

「まぁ、欠点としては対象が生者の場合後で無理に動かした影響で全身超・筋肉痛が引き起こされるのじゃが‥‥‥知った事ではないのじゃ」

「その口ぶりですと、実験したことがあるように聞こえるのですガ」

「召喚獣になる前、ダンジョンマスターになる前にも、彷徨っていた時期があるからのぅ。盗賊の隠れ家に出くわして、盗賊共に実験した結果全滅させちゃったことがあるのじゃよ」


 何にしても、運ぶ手間が省けるのは良い事だろう。


 少々、魔法名が物騒だが…‥‥魔法使いの職業を持つ者でも容易く仕える者でもなく、アンデッドのモンスターだからこそできるズルでもあるらしい。


「グゲェ、グゲ」

「ん?これを無機物でも応用できぬかって?ふむ、確かに可能じゃし、これを使ってお主の宝石を‥‥‥あ、いや、待てよ?これなら魅せる演目に使えそうじゃよなぁ」


 リリスの問いかけに対して思いつきつつ、頭の中で考えながら、彼女達は衛兵たちのいる詰め所へ向けて歩き出すのであった。



…‥‥数時間後、目を覚ました一団が、全身の強烈な筋肉痛で絶叫を上げたのは言うまでもない。


相手側にとって、ある意味悪夢だったかもしれない。

でも、ゼネの種族ナイトメア・ワイトとしては正しいやり方だったかも。

何にしても、目的が気になるが…‥‥どう考えてもろくでもない予感しかしない。



…‥‥さらっとリリス、新特技披露。考えて見れば、遠距離攻撃手段に乏しかったし、守りに固める彼女だからこそ、安全な場所から攻撃する手段も欲しかったのだろう。

宝石で殴る、投げる、潰すは物理的過ぎるが、満足ならそれでいいか。他の面子と組み合わせると、凶悪性が増すが‥‥‥‥

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