122 やれるところはやっておくけれども
「‥‥‥‥これ、本当にバレていないよな?」
「そのはずじゃな。儂の幻術もこういう時に役立つのじゃ」
‥‥‥深夜、誰もが寝静まるはずの真夜中。
そんな中で、ディーたちは珍しく眠らずに、都市の中を駆け抜けていた。
明日には休日となるので、徹夜をするのであれば都合が良い時でもあり、俺たちは月明かりに照らされながら、いや、月明かりを透かしながら街中を駆け抜ける。
既に王子たちに色々と情報を提供し終え、国に丸投げする気で有った組織の件。
だがしかし、隠れ場所などを把握しても、怪物などがいる可能性もあり、国の騎士団でも対応できないような不味い輩がいないのかどうかという調査のために、わざわざ俺たちはこの真夜中に、人に見られないようにして進んでいるのであった。
一応、王子たちに提案しての先行調査という名目で動くので、ちょっと将来の仕事に役立つであろう。
とはいえ、闇夜に紛れて動くこともできようが、生憎今晩は綺麗な星空が広がっており、月明かりと星明かりのせいで良く見えてしまう。
相手がどう動くのかもわからないことがあるので、どうやってこちらから潜入すればいいのかと話し合った結果、ゼネの幻術を利用して透明人間のごとく進むことにしたのだ。
欠点としては、全員透明になると流石に進めなくなるので、一人づつ服の裾をつかんで互いの位置を確認する程度である。悪用できそうでもあるが、するつもりもない。
とにもかくにも、突き進む中で、ようやく目的地の建物の前に俺たちはたどり着いた。
「この内部、特に地下が怪しいはずか」
「そのはずデス」
ドアには鍵がかかっていたが、ノインがラクラクと開錠して、中へ潜入する。
一見、普通の建物のはずであったが‥‥‥中へ進むにつれ、ふとある事に俺たちは気が付いた。
「‥‥‥何かすっごい臭くないか?」
「ぐ‥‥‥き、きついでござるよ」
「悪臭、ひどすぎ、死亡する」
外部には何もなかったのだが、奥へ進むにつれて、ひどい悪臭が漂い始めた。
一旦、カトレアが木の根の部分を伸ばし、消臭効果があるという薬草をすりつぶして振りまいたが、効果はそこまでない。
「悪臭の方が酷すぎて、無理ですわね」
「消臭剤、効き目ないデス」
流石に悪臭が酷すぎるので、一旦全員リリスの箱に入り、幻術自体は箱そのものにかけ直してもらい、内部に消臭剤を振りまき全員臭いによる気絶死を免れる。
「し、死ぬかと思った‥‥‥」
「こういう時に、この箱娘は役立つでありんすな」
「グゲェ!」
えっへんと、誇らしげに胸を張るリリス。
とはいえ、この様子では蓋を開けようにもその臭いが入ってきそうだし、早急に対策を取らないといけないだろう。
「というかそもそも、あの悪臭ってなんだよ」
「腐臭ともまた違うようじゃよ。アンデッド系がうぞっといるわけでも無そうじゃしなぁ」
「どうやら床材を貫通して、地下の方から漏れ出しているようデス。外部に届いていないのは、まだ建物内だけに留まるレベルだからでしょウ」
「しかしこれ以上どうやって先へ進むでござるか?いつまでも籠りきりでは先へ進めぬでござるよ」
「蓋、開ける、悪臭来る。開けない、先へ進めない」
うーんと皆で首をひねり、この対策案を練った結果‥‥‥
「‥‥‥リリス、大丈夫?バランス崩さない?」
「グゲ!」
大丈夫だというように指を立てるリリス。
結局対策案としては、箱の隙間にカトレアの木の根やノインのアホ毛をそっと通して、周囲の様子をそれらで探らせつつ、箱の下にホバーブーツ(リリス専用特別版)を設置し、緩やかに進むことにした。
ふよふよと宙を箱が漂うことになるが、目撃されなければ問題ないはずである。多分。
「んー、右へ向かう方が良いですわね。こちらに空間があるようですわ」
「あと12度、下へ39度…‥‥そこに階段らしい反応を感知」
感知能力としては優れた物を持つ二人。
それぞれで周囲の状況を捉えつつ、リリスは本体の箱を細かく動かし、先へ進ませる。
下へと続く階段を発見し、そこを慎重に下らせていくと‥‥‥‥
「‥‥‥悪臭レベル、限界を突破確認。常人の嗅覚が破壊されるほどになりまシタ」
「外に出した根、枯れましたわ」
「うわぁ…‥‥」
そこはもはや臭いの地獄だった。
外で感知していた根は枯れ果て、ノインのアホ毛がしなびて、周囲の状況すら感知できない地獄。
これ以上先へ進む調査は、流石に俺たちでは出来なさそうだ。
「悪臭地獄か…‥‥あの仮面たち、ここで作業しているのか?」
「良く作業できるでござるな」
「恐らくは、あの仮面などに消臭・防臭効果があると思われマス」
それでも悪臭の漂う場所に長時間いることは避けたいところである。
それなのに、自ら入っていく仮面たちは何者なのかとツッコミを入れたい。
「‥‥‥あれ?そう言えばなのじゃが」
そこでふと、ゼネがつぶやいた。
「どうした?」
「ここに仮面の者たちが入って作業しているらしい情報で、儂らここに来たじゃろ?」
「うん」
「その肝心な仮面の者たち、まったく見かけないような気がするのじゃが」
「…‥‥あ」
言われてみればそうである。
潜入して、箱閉じて外を見れてないのだが、それでも人の気配がここにはない。
仮面をつけた者たちが出入りしている場所であるはずなのに、今の時刻に探ってみてもその者たちに出くわすこともなく、姿すら見ていないのだ。
「もしかして、潜入がバレた?」
「それは無いはずデス。王子たちのほうも、こちらの先行調査完了までは他の者に情報を洩らさないはずでしたからネ」
「周囲で聞いている者も他にいなかったでありんすな」
「となると、この無人状態は何でござろうか?建物内部の方で、全員寝ているのでござるか?」
うーんっと皆で首をひねりつつ、その姿が見えない原因が思いつかない。
‥‥‥ブシュ、ブシュ!
「ん?」
考え込んでいる中、ふと何か妙な音が聞こえてきた。
何かが外で、噴き出しているような音がしているが‥‥‥何だろう、この嫌な予感。
ブシュブシュブシュ――――――!!
ビンッ!!
「‥‥‥生命反応を感知。データ照合結果、怪物と似た波長を確認」
音が近づく中、ノインのしなびていたアホ毛がびんっと立ち、彼女はそう告げた。
「なんか、すっごい嫌な予感がするのだが」
「予感どころか、確定のようデス」
噴き出す音がどんどん近付き、気が付けば地面が揺れているのか一旦着陸していた箱が震えだす。
ブ、ブッバアアアアアアアアアアアアン!!
次の瞬間、何かが猛烈な勢いで噴き出した音が聞こえた。
「グゲェ!?」
リリスの箱がその何かに吹き飛ばされ、宙を舞う。
「うわぁぁぁ!?」
「何事でござるかぁ!?」
「きゃあああああああ!?」
箱の内部にいた俺たちもその衝撃に驚愕し、危く激臭漂う中へ飛び出しかけた。
感覚的に2,3度は地面をバウンドし、なんとか着陸に成功する。
「グゲェ…‥‥グゲグゲ」
「箱の外部で、猛烈なガスの噴出?」
「ふむ…‥悪臭発生源からの一撃だったようですが…‥‥早期撤退したほうが良さそうデス」
防御力が高い箱とは言え、元はリリスの本体でもあり、この悪臭にはそろそろ限界が来たらしい。
今の猛烈なガス攻撃らしい一撃は、鼻が無い箱すらも悶えさせるような強烈さだったらしく、リリスがぐったりとし始める。
「緊急撤退開始!箱外部のブーツ起動!」
リリスの箱に装着したブーツを起動させ、急いで俺たちはその場から避難し始める。
悪臭、いや、それすら凌駕するような激臭漂う空間にこれ以上滞在することもできず、素早く逃げる。
先行調査だったし、逃げるが勝ちのこの状況、逃げない手はない。
そのまま駆け上がり、地下から脱出し、建物の外部へ飛び出す。
「さらに緊急封鎖開始!!」
あの悪臭の主が出てこられると困るので、速攻で封じ込めの作業を行う。
ノインが素早くすべての窓や扉に板を張り付け、カトレアが消臭植物を張り巡らせ、アナスタシアがさらに氷の囲いで全体を封じ込める。
そしてすぐに、この非常事態の報告を俺たちは王城の方へ知らせに向かうのであった‥‥‥‥
強烈な悪臭・激臭ゆえに逃走を図る。
戦う前にまず近づけさせない目的があるのならば、相手にとっては成功なのかもしれない。
だが、それはそれで自殺行為ではなかろうか…‥‥
「リリスの箱に染みついてないよね?」
「大丈夫でしたが、気分的な問題ですぐに洗浄開始デス」




