脱出2
階段はまだまだ続く。私でも少し辛いのだ。リンゴくらいの歳の子供だともっと辛く感じるだろう。なんて思うが弱音の一つも吐かないリンゴに少々の違和感を覚える。
「リンゴ。辛くないか」
「はぁ、はぁ、だ、だいじょうぶです」
「そうか」
大丈夫らしい。本人がそう言うなら止める事はできない。
「あー、痛いなー。さっき痛めた足が痛いなー」
「ゆうしゃさま?」
「すまないリンゴ。先程の敵で負傷した傷が痛みだした。少し休もう」
「私が見てた限りだと無傷で勝利していたと思うのですが……」
「いいから休むぞ。すぐには座るな、少し息を整えてから座れ」
リンゴは頭の悪い子ではない。察したのか、少し自分の不甲斐なさにムッとした後、素直に応じる。
「ごめんなさい、ゆうしゃさま」とリンゴは階段に座る。私もリンゴの隣に腰を下ろす。
「私が休みたかっただけだよ」
リンゴの赤い髪を少し撫でる。本当に綺麗な赤。何故だか見つめれば見つめるほど目が離せなくなる。柔らかい。サラサラだ。仄かに暖かさを感じる。リンゴ本人の体温が高いのだろうか。それが心地よくて安心する。ミルクのような甘い香り。太陽の下で日なたぼっこをするような……そんな暖かい感覚。眠くなる。風などないのに風を感じる。落ちる。すーっと落ちていく。深い。落ちる。眠い。落ちる。落ち
「ゆうしゃさま……?」
リンゴの声で正気に戻る。
気が付けばリンゴ自身を抱き寄せていた。
「……すまない。心地よくて、つい」
「い、いえ……。大丈夫です」
リンゴを解放し背を向ける。
なんだこの言葉に言い表せない不思議な感覚は。
「私、だから嫌いなんです。この髪が」
リンゴはまた髪を手で隠すようにうずくまる。
「この髪のせいで沢山迷惑をかけました。初めは、皆私の事が好きなんだって、そんな風にしか考えていませんでした。でも、何回か誘拐されそうになるたびに犯人の方が言うんです」
悪魔の赤髪は高く売れるぞって。
リンゴは自分の赤髪を握り潰すように掴む。
「ああ、悪魔に呪われてるんだ……私の髪は。そう思いました。それからは出来るだけパパとママの言うことを聞きました。部屋からも出ず、窓から外を眺め、勉強ばかりしていました。でも、破りました。私は、何年も部屋の中にいたのだから、もう大丈夫。心の弱さが、意思の弱さが、迷惑をかけたという事実を忘れさせ、外に出させたのです」
小さく震える肩を見て、抱き寄せ、大丈夫だよ。と慰めてあげたい。事情は知らないが目の間で女の子が泣いていればそうする。
だけれどそれはできない。
先程の落ちる感覚が、私を止める。
リンゴを苦しめる理解のできない力。聞いただけではにわかに信じがたいが、身をもって経験したからこそ、今は触ることが出来ない。
「私ね、ゆうしゃさま。私ね? バレないうちに戻れば良いやって。そんな事を考えていたの。でも、甘かった。外に出て、空を見上げ、数年ぶりの風の香りに心が踊った。すぐに目の前が暗くなった。なにか布のようなものを被せられたんです。怖かった。持ち上げられて、投げられて、痛くて、でも声がでなくて、心の中でパパとママに謝り続けて、泣いて、また持ち上げられて、投げられて、布をとられて、ここにいて……」
「悪魔の髪なんかじゃないよ」
不意に、発していた。ただ聞いている事に耐えられなかった。
「リンゴ。君の髪はとても綺麗だ。君の髪が呪われているなら、君を守るためにパパとママは頑張ったりしない。確かに君の髪は吸い込まれるように魅力的だ。でも、それは悪魔に呪われてるからなんかじゃあない」
極力リンゴの髪に触れないように、彼女の頬に手をあて、涙を拭う。
「天使だよ。君の髪には天使が宿る。触った私だからこそ分かる。心地よかった。安心した。気持ちが良かった。暖かい。久しぶりに幸せな気持ちになれた。これが呪いだなんて、悪魔だなんて、私には思えないよ」
「でも、それでこんな目にあうなら、こんなのいらない」
「リンゴ、よく聞いて。私は君を助けるよ」
「え?」
「本当に呪われているなら、助けなんかこない。さらわれた時点で終わりだ。でも、私は来た。君を助ける為に、何かに引き寄せられるかのように、ここに来た。これは偶然ではない」
「ほんとうに?」
「ああ、本当だよ。君を無事に救いだし、証明しよう。君のその髪が呪いではなく、祝福だと言うことを」
随分と臭い台詞を吐いたものだな、私は。
天使だとかは単なる思いつきだが、あながち間違いではないと思っている。何故なら、艶のある髪の毛に光が当たると浮かび上がる、髪の毛を一周するような光の輪──エンジェルリングがリンゴにはあったから。