搾り取られる黒猫幼女
◇
荒い息をつきながら、目の前の人物と対峙する。
相手の呼吸も乱れている。
「そろそろ、ティティスちゃんの本当の全力が見れる頃かしら?」
消耗を見て取ったのだろう、そう告げてくるマゾ絵さん。
実際、ダメージは深刻だ。HPの残りは2割を切っている。外気に触れる肌面積は広がっているが、そちらは体が火照ってよくわからない。
対するマゾ絵さんも身にまとう修道服はボロボロ――――アーマーブレイクに拘りを入れたカスタマイズをしているマゾ絵さんは瀕死であるほど、その見た目のギリギリさで残存HPがほぼわかってしまう――――かなり瀕死に近いことがわかる。傷一つない両手の籠手が対照的で印象に残る。
お互いに満身創痍だ。
そして、ティティスの持つカラーピースも残り2個。
カラーピース最後の1個はラストピースと呼ばれ、その威力に大幅な補正がかかる。
だからこそ、ラストピースはファータの持つ最大最強の決め技になっていることがほとんどだ。
マゾ絵さんの基本は防御主体で、たまに致命的な一撃を叩き込んでくる戦闘スタイルは、つまるところ相手にラストピースを撃たせることが主眼に置かれている。
最高の一撃をその身に浴びたいというドMの欲望に忠実に従った戦闘スタイルだ。
加えて、HPが少なくなるほどステータスに補正がかかる――要するに、脱げば脱ぐほど強くなる特性を持っている彼女は、瀕死になるほど削るのが困難になっていく。
ゆえに彼女と相対したファータは、使い切りの攻撃リソースであるカラーピースを、全部吐き出すことになってしまう。
ティティスがマゾ絵さんを忌避する最大の理由はそこにある。
マゾ絵さんの期待通りの展開――もっと言えば、いたずらウサギの期待通りの展開にもなっている。
完全に掌で踊らされていることは悔しいが、他に打つ手もない。
「スモーキーブラック」
6個目のカラーピースを使う。
両手の剣の先から黒い霧のようなものが噴き出す。
ツインテールにしっぽ、両手の剣先と5本の黒い尾を引きながらマゾ絵さんに迫る。
そのまま攻撃は仕掛けず、方向転換する。決して歓喜の表情を浮かべたマゾ絵さんに怯んだわけではない……はず。
フェイントを交えつつ、目まぐるしく立ち位置を変える。
剣の軌跡を追って残る黒い霧。この黒い霧は目くらましに過ぎない。
戦場の視界が少しずつ闇に閉ざされていく。
スモーキーブラックは目くらましをすると同時に次弾のチャージ時間を短縮する。
ラストピースを決めるための繋ぎだ。
マゾ絵さんのいる方向からエネルギーの高まりを感じる。
おそらくは向こうもラストピース。
間合いを調整し、集中力を高めていく。
チャージが完了するや否や、解放する。
「ラスト! カーディナルレッド!!」
展開される魔法陣。ティティスの右の瞳と両手が紅い輝きを放つ。
中段に構えた紅く輝く両手の中で双剣が合体し、一本の大剣となる。
両手の輝きが失われると同時に刀身に赤い光のラインが走る。
赤熱化して真っ赤に染まった刀身を水平に構える。
小柄なティティスでは上段からの攻撃は効果が薄くなりやすい。
下段への攻撃は躱しにくく、ティティスは好んで使う。
裂帛の気合とともに一歩踏み込み、剣を横薙ぎに振るう。
黒い霧の中の何かを斬り抜く感触。
(とった!)
次の瞬間、吹き散らされる黒い霧。
晴れた視界の先には左足首から先が斬り落とされたマゾ絵さんの姿。
切断面からは炎が上がっている。
動揺すら見せずミョルニルを床に叩きつけるマゾ絵さん。
打撃点から広がる衝撃波。
ティティスは返す刀で迫る衝撃波を切り裂く。
床から引き抜かれるミョルニルから雷が迸る。
マゾ絵さんの左脚を包む炎が、雷に吹き散らされ掻き消える。
雷に撃たれたティティスの動きが止まる。
動きの止まったティティスに向け、ミョルニルが振るわれる。
痺れの残る腕をどうにか動かし、剣でガードする。
マゾ絵さんの左の足が失くなっていたこともあり、威力の落ちたミョルニルとかろうじて拮抗する。
拮抗といっても一瞬だけだ。だが、その一瞬で事足りる。
ティティスは両手を剣から離して、ミョルニルをやり過ごす。
弾き飛ばされる剣には目もくれず、素手のままマゾ絵さんに飛びつく。
武器を手放すとは思っていなかったのだろう。現状への理解が追いついていない。
(これでトドメだ)
ティティスの両手が紅く輝く。
マゾ絵さんの両目が見開かれる。
「ヒートエンド」
残ったすべてのエネルギーを直接叩き込む。
マゾ絵さんの動きが止まり、その体がゆっくりと赤く染まっていく。
「そっか、武器じゃなかったのね……」
「奥の手」
ティティスはカーディナルレッドを武器に赤熱のエンチャントをかけるものだと思わせている。
実際のところは両手に炎熱の力を付与するものだ。
ラストアタックに使う技だし、決められなければ負けだと割り切って、武器を捨てる選択肢も考慮したのだ。
「アハ、アハハハ……」
満足そうに笑い声をあげるマゾ絵さんは光の粒子となって『円卓』に帰っていった。リタイアだ。
ペタンとその場でへたり込むティティス。
「つ、疲れた……」
まだ『本戦』は終わってないのが、今は動く気力が出ない。
脱力するティティスを白い光が温かく包み込む。
見る間に衣服が修復し、元に戻っていく。
「お疲れ様ー」
思っていたより近くから聞こえる気軽な声。
ティティスは、くたびれた表情で声の主に振り向く。
少しの汚れもない白いローブ、白い肌、白い髪、白いウサ耳――フォセッタだ。
「もー、元気ないなー。せっかく回復してあげたのに」
完全回復している。瀕死の状態だったというのに。
おそらく彼女のラストピースを使ったんだろう。
ジト目で返す。
「別に頼んでない。それに完全回復魔法があるなら戦闘中にやってよ」
「お断りいたします。誰も得をしないことはしない主義ですので」
「誰もって……」
突如丁寧な口調になったフォセッタに、少なくとも自分は得をすると言い返そうとして、あの最終局面で回復を貰うことはデメリットが大きいことに思い至る。
『フロンテ』では安全に戦ってはいけないのだ。もっとも、それはティティスにとっての話なのだが。
「ニヒヒ。わかって頂けたようだね。ほら、立った、立った。『本戦』は終わってないゾ」
「立ってどうすんのさ」
「そりゃもちろんミノタウロスを探して倒すのダ。……それとも、またわたしと追いかけっこ、する?」
手にした杖を剣を振るかのようにブンブンと振りながら、いい笑顔で告げてくるフォセッタ。
ティティスはジト目でフォセッタを見据えたまま、のっそりと立ち上がる。
「はぁ……、ミノでいい」
さすがにまた追いかけっこをする気力は残っていない。
そもそも、逃げられたらティティスでは追いつけないこともさっき分かっている。カラーピースもマゾ絵さんにすべて搾り取られた。
――かくして、ティティスは消化試合をミノ戦で終わらせた。それが初めての共闘であったことに気付かぬままに。