女の子のお尻を追いかけ回していたら美人のお姉さんが出てきて逃げ道塞がれたお話
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粉々に砕けた石材と吹き散らされた炎がキラキラと宙を舞う。
ティティスは足を止め、呆然とその光景を見つめていた。
いや、違う。見つめていたのはその光景を生みだした張本人だ。その存在を心が拒否しただけだ。
柱の影に身を隠し、姿を見せると同時にこの破壊を行った目の前のファータの存在を、だ。
「マゾ絵さん……」
呻くように言葉を絞り出す。
マゾ絵さんの背後に見えるフォセッタが底意地の悪い笑みを浮かべる。
(嵌められた……!)
追いかけていた時は頭に血が上っていたから、考えが回らなかった。
「んっフフ。ティティスちゃんとは久しぶりね。なかなか相手してくれないんだもん」
艶かしく腰をくねらせながら、にじり寄ってくるマゾ絵さん。
――マゾ絵さん、本来の名前はマゾエという。
熊の特徴を持ち、修道服でそのボリューミーな身体を包んでいる。
両手に装着した無骨な籠手が修道服とはミスマッチで不気味だ。
彼女のことを一言で言えば、行き過ぎた被虐嗜好である。
対人戦で痛めつけられることに快感を覚える性癖を持っていて、対人戦を積極的に仕掛けてくる。
対人戦は消費するリソースに対してリターンが少ないため、普通のファータは避ける傾向にある。
そんな中、マゾ絵さんは対人戦に特化したビルドをしていることもあって、ランキング狙いのティティスとしては『本戦』で2番目に遭遇したくないファータである。
にじり寄るマゾ絵さんに対して、ジリジリと下がるティティス。
「逃げてもいいのよ?」
「……この状況までいったら、ボクが逃げないこと分かってて言ってますよね?」
「もちろんよ。私のティティスちゃんはこんなトコで逃げないわ」
「あなたのじゃないです」
訂正と共に入れたティティスの冷たい視線を浴びて、マゾ絵さんは身体を震わせる。
「やっぱ、いいわ。ティティスちゃんのその目。ゾクゾクしちゃう」
相手を悦ばせるだけだと解かってはいたけど、感情を隠せない。
その視線を受けてマゾ絵さんが更に身悶える。
――付き合っていられない。強引に思考のスイッチを切り替える。
戦闘モードに入ったティティスの行動は迅速だった。
いまだ悶えるマゾ絵さんに斬りかかる。
しかし、右から放った斬撃はいともあっさりと防がれる。マゾ絵さんの手にする武器によって。
ミョルニル。北欧神話の雷神トールが持っていたとされる鎚をモチーフとした武器だ。
兇悪な外観のミョルニルは、その見た目に違わない威力を持っていることは身をもって知っている。
「せっかちね」
不敵な笑みを浮かべるマゾ絵さん。
構わずティティスは一歩、踏み込む。
ミョルニルはその重量ゆえに取り回しは良くない。
(手数で押し切る)
左手の剣を突きこむと同時に右手の剣を引き戻す。
突きこんだ剣は籠手で弾かれたものの、軌道を修正してかろうじて肩口に刺さる。
僅かに怯んだ隙を逃さず右手の剣を打ち込む。
ガードされるが想定内――ガード地点を支点にして旋回するように回り込む。
勢いを殺さずに対応が難しい足を斬りつける。確かな手応え。
「ダークオーキッド」
至近距離ゆえかハッキリと聞き取れたその声に全身が粟立つ。
緊急離脱を図る。少しでも遠ざかろうと飛び退りながらマゾ絵さんに視線を移す。
紫電を纏い、今まさに振り下ろされようとしているミョルニルが見える。
そして、破滅的な破壊力が解き放たれ、石造りの床を叩く。
ミョルニルの紫電が衝撃波となってサークル状に広がる。
ティティスは眼前で両手の剣をクロスする。
ガードごと衝撃波に弾き飛ばされ床に叩きつけられる。
多少ふらつきながらもすぐに起き上がり、構えるティティス。
(く、4割近く持ってかれた――こんなに威力のある技じゃなかったはず)
原因を探るべくマゾ絵さんを見る。一目で原因を理解する。
マゾ絵さんの全身が仄かなオレンジ色の光に包まれている。
「思ってた以上の威力になるのね。ティティスちゃん大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないです」
見覚えのある光だ。攻撃力上昇のバフ。マゾ絵さんの力じゃない。
その後方で杖を片手に声援を送る白い人影。フォセッタだ。
ソロでの戦いが基本のフロンテで回復と支援だけに特化した変態である。
ちょっかいをかけておきながら、何食わぬ顔でギャラリーと化したその姿に歯噛みする。
(二人がかり?…………違う、フォセッタはそんなプレイはしない)
フォセッタは一匹狼ならぬ一匹兎だ。
戦闘能力を持たないくせに誰とも群れない。
そして、フォセッタの援護にはひとつの法則がある。それは攻撃側にしか魔法をかけないことだ。その魔法は支援の場合もあるし妨害の場合もある。守勢に回った者に彼女は決して微笑まない。
フォセッタの支援をマゾ絵さんに集中させて勝つことなど不可能だ。
(――なら、出し惜しみは無しだ)
カラーピースの温存を諦め、チャージを開始する。
――カラーピース。
それはゲームで言うところのスキルのようなものだ。
エネルギーをチャージすることで使うため即応性には欠ける、赤、黄、茶、緑、青、紫、白、黒の8系統の属性からなる色の欠片。
色とセットになる形で効果はファータ本人が好き勝手に決められる。ただし、性能が意図したものになるとは限らない。
一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結させるといった厨二病魔法を再現することだって出来るが、その効果で相手は死んでくれない。
『本戦』に持ち込める数は7個まで。『円卓』にいる段階で選別しておかなければいけない。
チャージしたカラーピースを使わない限り、次のチャージが行えず、基本的に連続使用が出来ない仕様だ。
つまり、予め使うカラーピースを決めてチャージしなければいけないのだ。やり直しも出来ない。
さっきのマゾ絵さんにかけたバフといい、この前の森で仕掛けられた拘束といい、フォセッタは何の打ち合わせもなく適切な魔法を辻斬りの如くかけていく。
業腹だけども、支援に関しては天才だと認めざるをえない。
そんなことを考えていたら見つめていたのか、視線に気付いたフォセッタが笑顔を返してくる。
乱れそうになる心を抑えつけ、マゾ絵さんに向き直る。
「マゾ絵さん。斬られるのが好きなら大人しく斬られてくれませんか?」
無意味な問いかけ。
でも、問いかける意味はある。時間稼ぎなのだから。
「ダーメ。もったいないじゃない、ネ?」
「……そこをなんとか」
「んー、そうね。じゃあ、全力の一撃でなら受けてあげてもいいわよ」
やっぱりそうだ。この人もブレない。
「全力でならいいです?」
「んっフフ」
答えはない。どのみち他の選択肢はない。後戻りは出来ないのだから。
「これが今の全力――ファイヤーレッド!」
一本の大剣となった両手の剣とティティスが渦巻く炎に包まれる。
――それは長い消耗戦の始まりだった。