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白衣の女医と秘密のお話


 なんとなく保健室を想起させる研究所の一室。


「ほれ」


 彼方(かなた)はコーヒーの香りを漂わせたマグカップを受け取る。

 マグカップを置き手慣れた動きで、傍の棚から砂糖とミルクを取り出しコーヒーに加えていく。

 確認をとることもしない。目の前に座る美女がブラックしか飲まないことは知っている。砂糖とミルクは来客用に用意されたものだ。


「さっきはすまなかったな」

「いえ、それはいいんですが、いつから聞いてたんですか?」

 

 コーヒーをすすりながら上目がちに見上げ、尋ねる。

 

「アレがティティスたんとか言ってたあたりだな」

「はぁ、聞き耳とは(あお)ちゃんも人が悪いですね」


 アレとは高陽(たかあき)のことだろう。

 蒼ちゃんとは目の前に座る美女のことだ。

 スラッとした長身で平均的な男子高校生の彼方よりも高い。

 眼鏡をかけた小顔にショートヘア、白衣を纏ったその姿は美人女医という感じだ。

 

 本名、神楽蒼華(かぐらそうか)。ここ、カグラ・ラボラトリーの所長。

 ファータ・モルガーナ研究の最前線に立つ若き天才科学者である。

 彼方がファータに覚醒してからの付き合いで、かれこれ5年程になる。

 

 彼方は自身が実験や研究に必要な存在であったことはわかっていたが、良き理解者でもあり今では全幅の信頼を置いている。

 ちなみに蒼ちゃんというのは、彼女がそう呼ばせているのだ。理知的な姿に似合っていない。


「許せ。割って入る必要があると思ったのでね」

「必要って結婚うんぬんの話ですか?」

「間接的にはそうだな。直接的には以前に話した例の件だ」

「ああ、あの話ですか……」


 例の件とは、とあるファータのプロデュースのことだ。

 ファータの容姿や武装は本人の意志である程度自由に決められる。

 容姿に関しては覚醒したてのファータならともかく時間が経ってイメージが固まってしまうと大幅な変更は出来なくなる。

 

 反面、戦い方に関わる武装に関しては、かなりの自由度がある。だけど自由度が高いということは決めなければいつまで経っても武装はノービスのままということだ。

 今話題にしているファータはまさにその状態にある。

 

 彼方としては本人が決めることで、他人に頼ることではないと思っている。


「前にも言いましたけど何故、僕なんですか?」

「他に適任がいると?」

「そうじゃありません。本人がやるべきだと言ってるんです。開発室でもなんでも使えばいいじゃないですか」

「そう言うな。出来ない理由があるんだ。」

「それはなんです?」

「理由は私の口からは言えない。そういう約束だからね」


 わけがわからない。一体何の理由があれば出来なくなるというのか。


「わかりません。何故、僕なんですか? 僕以外でもいいんでしょう?」

「その通りだ。キミである必要はない」

「じゃあ」

「でも、キミが適任だ。第一、拒む理由はなんだ?」

「それは…………」


 言葉に詰まる。

 それは彼方にとっての聖域だからだ。

 ゆえにそれを他人に委ねることなど考えられない。

 ゆえにそれを他人から託されるなど重すぎて受け入れられない。


「そう重く受け止めるな。キミが与えてあげることに意味がある」

「言ってること矛盾してます」


 ジト眼でツッコミを入れる。


「いい顔だ。キミはやはりそうでないとね」


 またもや意味がわからない。いい顔ってどんな顔だ。


「それはだな……――いや、いいのか。うん、何も問題はない。むしろなくなったのか。よし、キミの好きなようにやりたまえ」

「は? イキナリなんです?」


 唐突にお願いが取り下げられた。何か納得してるようだけど、頭のいいヒトの思考はわからない。


「何、今回の件は私にとっても渡りに船だと思って、キミに引き受けてもらおうとしたのだが、必要なかったと気付いてな」

「どういうことです?」

「そうさな。まず、キミはティロノエ君とパーティーを組むことになる」

「まだ決まってません」

「組むさ。断言してもいい」

「……」


 断言されてしまった。

 悔しい。悔しいが否定が出来ない。


「そして、パーティーを組んだならキミはあの娘の状況を放っておけない。キミは――いや、ティティスという娘はそういう娘だ」

「…………」

 

 言い返せない。それが事実であると彼方には。

 ティティスが『フロンテ』においてランカーになれているのは、たまたまとか運が良かったという類ではない。

 全精力をもってファータ・モルガーナ(あの世界)での頂点を目指しているからこそなれているのだ。

 もし、そんなティティスが、初心者装備のままラストダンジョンに来ているような者を仲間にしたときどうなるか?


 放っておけるはずがない。

 彼方は心を決める。いや、最初から決まっていたのだ。気付いていなかっただけで。

 だけど、完全に見透かされてしまっていることと、相手の思い通りの展開になってしまっていることが悔しくて素直に認められない。


「納得いったようだね」

「納得いきません」

「そうかそうか。心を決めてくれて助かるよ。何しろ彼女はデリケートな問題を抱えているからな」

「……蒼ちゃんはサイテーです」


 彼方の言葉などお構いなしだ。加えて入り込んだ質問をすることも封じられた。

 分かっている。訳ありなんだろう。

 

 アヴァロンに住むファータは多かれ少なかれ何かしらの問題を抱えていることが多い。

 

――アヴァロン。妖精保護区と言われるファータの大部分が住まう、人工の浮島である。

 

 実は、ファータの能力というのは結構簡単に失われてしまう。

 ファータとして覚醒するためには、ファータ・モルガーナへの関心の高さが必要だ。

 そして、現実世界でのしがらみや欲望がその関心を上回るとファータとしての能力を失い一般人に戻る。

 一度、一般人に戻った者が再びファータになれることは、ほぼない。

 

 ファータは金の卵を産むガチョウだ。学術的、商業的、軍事的に大きな可能性を秘めている。

 ゆえにファータは様々な欲望や悪意に晒される。

 本人だけでなく周囲も巻き込む。実際、家族が金に目が眩んで家庭崩壊した例は少なくない。

 そうした中でファータはその能力を失っていくのだ。


 そんな中で最先端の技術を駆使して造られた人工の島がアヴァロンだ。

 ファータの能力の保護(・・・・・)を目的として造られた隔離施設(・・・・)にして実験施設である。

 官民から莫大な予算が出ているらしいが、実態はすべて非公開。そんな住んでいる場所からして、いわく付きなのだ。住民も基本訳ありな者が多くなる。


 

 本題が終わった後も、彼方は蒼ちゃんと話を続けた。

 ファータ・モルガーナのこと、アヴァロンでの生活のこと、最新の研究のこと――


 すっかりコーヒーも冷めた頃、耳慣れた電子音が部屋に響く。『フロンテ』発生のしらせ。


「来たな、どうする? ここから行くか?」

「そうですね。ここからで」


 どうせ自分の部屋まで戻る時間はないのだ。ならばここでいいだろう。


「奥のベッドを使ってくれ」

「お借りします」


 靴を脱いでから、ベッドに横たわる。

 蒼ちゃんがカーテンの端から顔を覗かせる。


「あの娘のこと頼んだよ」


 それは娘を託す母親の表情にも感じられて、柄にもなく彼方は右手でサムズアップを返す。

 そのまま左手で首元のチョーカーに指を添える。


「アプリーレ・ポルタ」


 ――抜け殻になった体を残し、彼方の精神はファータ・モルガーナへと旅立っていった。

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