08 静寂
魔法使いの言葉でざわめきが止んだ。アランが不安げにそばに歩いてくる。
「答えは急ぎませんが、私たちの命は森の木々よりも短いものです。私が直接協力できる間にお願いします」
ポーシャは肝心な要求も忘れなかった。
「あなたがたが捕えているその男性を解放してください。彼はこの少年の父親です」
魔法使いは冷静に自分の主張を展開した。
「盗人ではありません。わが子の身を案じて日暮れの森に危険を冒して探しにきた善良な父親です。捕らえて裁かれる罪はなにも犯してはいません」
アランの父親はただ呆然と成り行きを見守っているしかない。それは息子も同様だが、ポーシャが味方であると知っているだけも心持はだいぶちがうだろう。
「どうか正しい選択をしてください。罪なき人を断罪することがあなたがたの目的ではないはずです」
精霊たちは、本来は人間に干渉しない存在だ。誤った結論を出したことで、まちがった手段で対応するしかなかったのである。
「今が道を改めるときです」
「……」
手足を拘束していた蔦が緩み、アランの父親の身体が地面に放り出される。地面には草が茂っていたため衝撃は少ないように思われた。
「お父さん!」
少年がすぐさま父親のもとに駆け寄る。
「アラン! 無事だったか? あぁ、よかった……!」
父親は安堵してアランを掻き抱いた。
「今日は仕事が早く終わったから、久しぶりにおまえと森へ散歩に行こうって思ってたんだ。それなのに留守番してるはずのおまえはいないし……」
親は息子が足を運びそうな場所を把握していたのだ。
「約束しただろう、父さんか母さんが一緒じゃなきゃ森に入っちゃだめだって!」
「……ごめんなさい」
結局約束を破ったのは事実なのでアランはしょんぼりして父親に謝った。
「まったく……いったいどうしてこんな目に遭うんだ?」
当然の疑問だが、アランはその答えを上手く説明できそうもないので魔法使いに助けを求めた。少年に笑みを返したポーシャを、森からの声が呼び止める。
「なるべく早く……答えを出そう」
真っ向から拒絶されたわりには、たしかな手ごたえを感じた。
ポーシャもすんなりことが運ぶとは思っていない。厄介な案件だからこそ、自分が派遣されてきたのだから。
「よろしくお願いします」
一礼した魔法使いは親子を連れて村を目指す。
「ところで魔法使い。そなたの名前は?」
振り返ってもそこには誰もいない。だが、魔法使いは声の主にむかって応えた。
「ポーシャ。ポーシャ・ウォレンです」
森にやってきた交渉役はそう名乗ると、静かにその場を後にした。