07 交渉の時間
「人間を攻撃するばかりではなにも解決できません。あなたたちも本当はわかっているんでしょう?」
魔法使い――ポーシャがあたりを包囲する気配に向けて語りかけた。相手は目に見えないが、自分を取り囲んでいるものはたしかに存在するのだ。
「ここ何年かで人間の出入りは減る一方なのに、森の状況は悪化しています」
人間への偏見を拭うよりも、明白な事実だけを突きつける。
森の命の躍動を感じとっている精霊たちのほうが誰よりもわかっているはずだ。その証拠に否定する声は聞こえてこない。
「村人は、森を傷つけるつもりはありません。精霊たちの存在、森の生き物たちのことをきちんと説明すれば、手を貸してくれます」
「手を借りる? 人間に、なにができるというのだ!」
空気を震わすほどの怒声が響き渡る。しかし、ポーシャは怯まなかった。
「森の荒れた地域に手を入れてもらうのです。自然の力では解消できない作業を、人間に頼みます」
「バカな……そんなことで森が、再び力を取り戻すというのか?」
精霊たちの動揺が、森の草木をざわつかせる。
「根拠はあるのか?」
「たしかな保証はありません。しかし、なにも手を打たずに放っておけば、事態は悪化の一途を辿るでしょう」
一呼吸おいてからポーシャははっきりと断言した。
「そうなれば、いずれこの森は死にます」
誰も望まない未来。
だが、精霊たちは人と生きる時間の長さが異なるゆえに事態が深刻であることを理解していない。心のなかで、少し時をやり過ごせば状況がよくなるにちがいないと信じているのだ。
「そんなのいやだよ!」
背後からの声にポーシャは振り返った。
アランと、案内役として彼についてきた小さな精霊が固唾を飲んでこちらの様子を窺っている。
「この森がなくなっちゃうなんていやだよ……秋になったらお母さんときのこ狩りにくるって約束をしたんだ!」
声を震わせてアランが訴える。
「村の人たちは怖がっているけど、森のお花が大好きだし、木の葉っぱが色づくのを毎年楽しみしてるんだよ?」
話すうちに感情が昂ってきたのか、少年の双眸から涙があふれ出した。
突風がアランを襲ったが、ポーシャの守護魔法が効いているうえ、小さな助っ人がいる。
森に入ってからずっと行動をともにしていた小さな、幼い精霊がアランを庇い、風を中和していた。
「アランを傷つけてはいけない! 森がなくなれば私たちも困る!」
小さな精霊も声をあげた。ふたつの叫びは損得のない純粋な声だ。
「悪い人間が森のものをたくさん盗むなら、僕が捕まえるよ! きっと村の人たちだって協力してくれる……だから、森を助けて!」
「……」
両者の間に沈黙が流れた。
ポーシャにはそれが、精霊たちの逡巡であることがわかる。
長い時間の流れに寄り添ってきた数多の精霊。
人間という短命の生き物に自分たちの命運を託すこと自体受け入れられないのだろう。
だが、躊躇って当然だ。
「われわれは、互いに知らないことが多すぎます。でも、歩み寄りは大切です……彼らのように」
魔法使いが視線を送ったさきは、アランと若い精霊だった。どういうわけか精霊のほうがアランを気に入ったようだ。
怯えることなくそれを受け入れてしまったアランの純粋さが目に留まったのだろうか。
「先入観がないからこそ、互いに理解し合おうとしているんです」
「われわれでは手遅れだろう……」
投げやりなつぶやきが聞こえてきた。
「いいえ。諦めなければ道は開けます。そのために私はここへやってきたのですから――」
森のなかでさまざまな声が響いてきた。
動揺とある種の興奮。聞きたことのない言葉にそれらが滲み出ていた。
アランにも聞こえるのか、声の出所を探してあたりを見まわしている。
肩を竦めたポーシャがおどけて言った。
「だって……あなたがたの寿命のほうがうんと長いのですから、気長に構えないでどうするんです?」