19 炎を纏う狼(3)※挿絵あり
「外……?」
ポーシャが眉を顰める。
メラメラと狼の全身を纏う炎が大きくなった。
「ポーシャ、気をつけろ! あいつは手負いだ!」
ディランはアランの腕のなかで叫んだ。彼女も見抜けるはずだが、言わずにはいられなかった。
「わかった」
返事をしたポーシャは狼から視線を外さない。相手も同じだ。息つく間もない状況だったが、魔法使いが口火を切る。
「言葉が通じるならば提案します」
揺らいだ空気がカサカサと落ち葉を躍らせる。
「あなたに傷を負わせたのは子供でも、アヒルでもない。もちろん私でもない……無駄な血を流さないためにも――」
「黙れ!」
狼を包む炎が周囲の空気を巻き込みはじめた。
「魔法使いは信用ならん! 魔力を秘めたアヒルを飼う者の言葉などだれが信じるか!」
狼の言葉にポーシャは動じなかった。
――ポーシャ?
彼女にとっては驚く事実ではないのか。狼の言うことは本当なのか。魔法使いの表情からは読み取ることができなかった。
「なんか、熱い……?」
少年の声でディランは我に返る。アランの言うとおり先程は感じられなかった炎の発する熱がじりじりと人の肌、アヒルの羽毛を刺激しているのだ。
「あの狼って何者なんだ?」
「精霊の仲間……みたいなもの!」
狼が吠える。同時に熱を放った炎が渦を巻き人間たちに襲いかかった。
「守れ、風の盾!」
ポーシャが咄嗟に紡いだ言葉と同時に、目に見えない壁が炎を食い止める。
「熱い……っ」
直撃は避けたが、熱気はじりじりと肌を刺激している。ディランを抱きしめる少年の腕により強い力が加わった。
――たしかに熱が……炎の勢いが増してる!
しかし、炎に照らされた魔法使いの横顔はひどく冷静だった。
「大地よ、風と共にわれに守りし指標を示せ!」
「なにっ!」
狼を円で囲むように大地にひびが入る。風で巻き上げられた土や岩の檻が獣を閉じ込めた。
「やった! 閉じ込めた!」
「一時的なものよ、長くはもたない」
ポーシャの言葉にアランの身体が再び委縮した。
「ディラン、ここで変身を解く呪文を唱えるわ」
「は?」
ディランは自分の耳を疑った。
「なんだよ、解くって……解けるのか? 戻せるのか?」
「今のところ五分五分! 何日もまえから、あなたが寝ているあいだに呪文唱えて少しずつ魔力への耐性確かめてたけど、悠長なこと言ってられないわ!」
狼が魔力を秘めていると言っていたのはそのことか、ディランはやっと合点が入った。
「いきなり解いて大丈夫なのか? ぶっつけ本番で上手くいくのかよ?」
「このまま焼き鳥になってもいいの?」
魔法使いの言葉にそれ以上の反論はできなかった。
「それほど勝算が低いのか?」
ディランの問いにポーシャは答えない。この危機的状況で人間に戻らなければ助からないということだろうか。
「呪文を唱え終わったら、あなたたちを一気に屋敷までかっ飛ばすからすぐに扉に鍵をかけなさい。あそこにいれば誰も手出しはできない」
「か、かっ飛ばすって……?」
今度は完全に無視された。
魔法使いは深く息を吸いこみ呪文を唱える。
水よ、子の血を導き 流れを正せ
強き戒めを解き放て
風よ、炎よ、捻じれた力を断ち切り
あるべき姿を見出せ
すべてを生み出す光よ
在りし日の姿を今ここに導け
最後に聞いた呪文は、ディランがはじめて星屑の森にやってきた日に彼女が唱えたそれと同じだった。
ディランの混乱はまだ終わらなかった。
「さぁ、風よ。このままふたりを導け!」
ポーシャの高くかざした腕が、思い切り振り下ろされたのが合図になった。
「わっ、なんだなんだ?」
「えぇ~っ? 飛んでる!」
強風――豪風と呼んでも差し支えないだろう――が少年とアヒルの身体を大地から巻き上げる、魔法使いの屋敷へと連れ去った。
玄関の扉は勝手に開き、悲鳴をあげる少年たちを屋内へと招き入れた。
廊下に敷かれた絨毯が衝撃を和らげる。
「いったぁ……」
尻もちをついたアランが小さく呻いた。
「大丈夫か、アラン! ケガはないか?」
身軽なアヒルは苦も無く着地して、すぐに少年の安全を確認する。
アランの無事を確認したディランは、玄関へと視線を移した。扉は開いたときと同じように人の手を借りることなくパタリと閉じた。




