12 魔法使い(3)※挿絵あり
ディランはあることに気がついた。
一、魔法使いとして優秀。長老のバールからも信頼されている。
二、年齢は二十代で、ディランよりも年下。
三、星屑の森に住んでいて人間と精霊の仲をとりもっている。
四、料理は上手いが薪わりは苦手だった。
五、カタルの村の住人たちとも関係は良好らしい。
…それ以外は、ポーシャ・ウォレンについてよく知らない。自分よりも親しく見えるアランでさえ詳しく知らないときている。
この屋敷にやってきた直後は切羽つまっていたせいで全面的に信じると言ったが、相手についてあまりにも知らないことが多すぎた。
――詳しく知ったところでどうってことはないけどな。
頭ではそう言い聞かせても、自分の好奇心には逆らえなかった(半分暇つぶしでもあった)。ディランは屋内を歩きまわって、各部屋のなかに忍び込み探索活動を繰り返すようになったのだ。もちろん施錠されていない部屋限定である。
しかし、一軒の館にも関わらず捜索は途方もない労力を費やすことになった。
収穫された薬草が大量に逆さに吊るされている屋根裏は薬草の乾燥室として使われていて、乾物類の見本のなかにヤモリの燻製を見つけたときには、さすがにディランもたじろいだ。
一階の書庫は王都の図書館のように分厚い本が棚に収められている。背表紙に書かれた本の題名は見たこともない文字で書かれていてディランには判読不能だった。あとになって知ったことだが、古代魔術文字といって専門の勉強をして習得した者だけが読めるものだという。
ポーシャが勤勉であることを物語る場所が多い屋敷内で、ディランの興味を引いたのは物置部屋だった。
天井の四隅には蜘蛛の巣が張っており、床にも塵が積もっていた。家の主さえ出入りがないらしく、室内に足を踏み入れるとディランのアヒルの足跡が床に捺されていく。
他所の土地の置物や、お面など使い道のない民芸品が箱にひとまとめにされている。
壁際に覆い布をかけられた品物が妙にディランの気を引いた。
他の品が埃を被っているのに、それだけは質の良い布をかけられて保管されている。
隠されているものほど正体を確かめたくなり、ディランは翼の先端を使って覆いを外す。勢いにまかせて包装紙も剥がしてしまった。
「!」
姿を現したのは一枚の絵画だった。美術に疎いディランでさえ高価なものだとわかる額縁。そこに収められていたのは一枚の肖像画だった。
「これは……」
椅子に座り、描き手に向かって穏やかな眼差しを向けるのは豊かな白金色の髪を持つ女性。
白い肌に薄桃色の唇。重ね合わせた手に細い指。
なにからなにまでポーシャそのもので、実物と異なるのは目の色だけだった。
ディランが直に確認できるポーシャの目は暗緑色。一方、絵画のなかの女性の目は、冬に見かける蒼空の色をたたえていた。
その美しさに素直に感動した。
――ポーシャ、じゃないのか……?
美しい肖像で、アヒルは絵画のまえで立ち尽くした。作品に見入ってしまい背後から忍び寄る気配に気づけなかったほどだ。
「それはミレッタという魔法使いよ」
「どわっ……」
いつの間に、とディランは飛びのく。彼の反応に笑みを浮かべつつ、ポーシャは鏡で自分を映したような肖像に目を細めた。
「ミレッタ……?」
「ミレッタ・ウォレン……私の母よ」
母親。そういえば出身地はもとより家族の話も聞いていなかった。
「母親か……さすが親子だな。瓜二つだ」
ディランは絵画の女性とポーシャがそっくりであることを殊更強調した。
「魔法や薬草の貴重な文献はたくさん残してくれたけど、思い出の品物なんて言えるのはこれくらいよ」
ディランには、ポーシャの表情に翳りがさしたように見えた。
「思い出?」
聞いてしまってからディランは後悔した。
「もうだいぶまえに亡くなったの」
思い出の品と言えば、大体が「形見」と呼ばれるものがほとんどだ。すぐに気づけたはずなのにと罪悪感を覚えた。
「そうか……妙な話をさせて悪かったな」
「いいえ、こうやって思い出せるくらいが幸せなの。ひとりでは話題にものぼらないし」
――ひとり?
その言葉にディランはハッとした。
「でも、その、なんだ……すごく豪華な絵だな。画廊にも置いてもらえそうだ」
話題を誤魔化しているわけではなく、この絵を描いた画家の技術を褒めたつもりだ。
「昔、依頼主から相談料の一部として描いてもらったらしいの。私が生まれるまえのことよ? 預ける先もないし、かといって処分するのはちょっと……だから引越しのたびに持ち運ぶ羽目になったの」
優しい目で絵画を見つめるポーシャに、ディランはそれ以上の質問ができなくなっていた。
――父親はどうしたんだ?
簡単な問いだが、彼女を傷つけてしまいそうでとても言葉にはできなかった。




