02 散策のさなか
屑の森に魔法使いがやってきた。近隣の村に住む少年アランは謎多き魔法使いの正体に興味津々。
意を決して森へ魔法使いを探して出かけたアランは、そこで思わぬ事態に遭遇して…
両親は早い時間から弁当を持って畑へ出てしまう。帰宅はおそらく夕方だろう。
アランも自分の食事の用意をして冒険の旅に出発した。
森に入って一時間が経ったころ、朽ちて倒れた木に腰かけて休憩をとった。
星屑の森。この土地にだけ自生している星屑草の名前からそう呼ばれるようになったとアランは聞いている。
――魔法使いにも、この森の妖精が見えるのかな?
アランが魔法使いに会いたい理由はほかにもあった。この森で見かける「モノ」の正体がなんであるかを尋ねてみたい。
木々の隙間を吹き抜ける風が不思議な声を届ける。
「いらっしゃい、人間のおチビさん」
子供のような、大人のような声。ときには小さな羽を持つ小人の形で話しかけてくる。
アランは今よりもさらに幼いときから、そういった声が聞こえ、他の者が見えないものが見えた。
「こんにちは、妖精さん。僕の名前はアラン。こないだ引っ越してきた魔法使いに会いたいんだ。どこにいるか教えてくれる?」
「お安い御用。さぁ、ついてきて」
こちらから話しかければ、好意的なものは応えてくれる。
羽音はしないが、背に生えた光の羽根をはばたかせた妖精はアランを森の奥へと誘った。
畑の農作物で収入を得ている村の農夫たちは、冬になると畑が雪に閉ざされるので大半は都市へ出稼ぎに行ってしまう。アランの父親も例外ではなく、秋の終わりには家を空けていた。
森に入るときは父親が同行する約束だったが、収穫で忙しい夏の間、父親を散策に誘うのは気が引けた。
この春、アランの父親は手の甲に大きな傷を負って街から帰ってきた。慣れない仕事でケガをしたという。本人は大したことはないと笑っていたが、家族は初めてのことだったのでひどく心配をしたものだ。
アランも子供ながらに親に気を遣うようになった。
――僕が大きくなったら、街へ働きに行こう。お父さんやお母さんが楽できるようにいっぱい働くんだ。
村の子供たちは学校を出ると大きな都市に仕事を求めて出ていくか、親のあとを継いで村に残るかの二つの選択を迫られる。
家は長兄が継ぐことになっているので、アランはいずれ自分が村を離れることになるとわかっていた。
それまでに、自分の好奇心を満たし自立に役立つことを覚えようと躍起になっているのだ。
「気をつけてアラン……幻惑の声に耳を貸してはダメ!」
「え?」
妖精の言葉の意味を悟ったのはその直後だった。
「人間の子供だ」
「また森を荒らしにきたのか」
ざわざわと頭のなかに低い声が響いてくる。まるで大勢に糾弾されているかのようだ。
「森をこわすヤツらだ」
「私腹を肥やすヤツらだ」
耳を塞いでも声が頭の中で反響する。
――こわい!
「走って、アラン!」
森の入り口から案内してくれた声だけは他の声と聴きわけることができた。その声に従ってアランはひたすら走る。
方向を失いそうになると妖精が軌道修正をしてくれる。
走って、走って、喉が渇くほど夢中で走った。
「あ……っ」
梼に躓くと、走ってきた勢いのまま転倒し、小さなアランの体は傾斜の緩い土手を勢いよく転がり落ちる。
――誰か助けて! 助けて!
アランは頭のなかで叫んだのか、実際に悲鳴をあげたのかもわからなかった。
だが、幸いにもアランの体は岩や大木にぶつかることなく転がりながら減速し、苔が生す地面に辿り着いた。
「いたた……イタい……」
落下したショックが大きくて、自分がどうなったのかアランは理解できていない。
「しっかりして、アラン!」
妖精の呼びかけにアランは応えられなかった。体を動かす気力も……おそらく体力も奪われたにちがいない。
体の傷を確かめるまえに、アランは意識を手放してしまった。